禍炎竜”エヴラドニグス”
「ねえ、ふたりとも。」
「どうか致しましたか?」
「どうしたのです?」
汗で濡れた服を干しているハルネと、それを手伝っているエレオノーラ。
眠っているディアネスを抱いたフィリオラは決して入口付近を見ないように2人に話しかける。
「あの子らがあんなにも仲良さそうにしていることは、私にとっても凄く嬉しい事なの。」
「そうですね・・・。レイラお嬢様の事を理解し、ましてや今まで拒絶されてきた御体を見ても、それを全て受け入れてくれる器の大きさを持った方と出会えたこと、私としてもとても嬉しく・・・嬉しくて・・・うっ、ぅ・・・」
「うふふ、仲がいいことはとてもいいことなのですよ~。」
ハルネは突然その場に泣き崩れ、それを宥める様にエレオノーラが傍に寄って背中を摩る。
「それは確かにね。まあヨスミなら簡単に受け入れてくれるとは思ってたけど。それにしたってもう少し場を弁えられないのかしら・・・。」
「とても微笑ましい光景じゃないですか。」
「見ているだけで心が温まるのですよ~。」
ハルネが今まで見れなかった幸せな光景が見れてなんとも思わないようだ。
エレオノーラに限っては今までの境遇が酷かったこともあって、目の前に広がる幸せ空間は大事にしようとしている傾向だ。
「確かにそうだけど、キスするんならだれもいないところとか色々とあるでしょう!?」
「ああ、レイラお嬢様のキスしているところが見れるなんて、私光栄で御座います・・・。」
「キスは幸せになれるのです~。」
「あー、わかったわもう!ハルネ、にっがい紅茶をいただける?!」
「はい、こちらに。」
ハルネから受け取った苦い紅茶を受け取り、近くの岩場に腰を落ち着かせた後、笑顔を浮かべたまま眠りについているディアネスを優しくあやしながら、一度胸に溜まった羞恥心をため息と一緒に全て吐き出して入口の方を見る。
幸せそうにお互いが寄り添い合う2人の姿を見て、紅茶を口にする。
鼻を抜けるアールグレイの柑橘系の芳香な香りの心地よさ、口に広がるは茶葉特有の苦み。
だが砂糖は一切入っていないにも関わらず、舌が感じたのは”苦み”ではなく”甘味”だった。
思わず口をついて言葉がこぼれた。
「・・・甘いわね。」
服を十分乾かし、ミラを中心に残りの道を進んでいく。
だがすでに道と呼べるものはなく、ただ通れそうな場所を懸命に登っていくだけだった。
そしてヨスミたちはついに道が完全に途切れ、大きな絶壁に到達した。
「この絶壁を超えることが出来れば、頂上・・・つまり火口付近に到着するってことか。」
「ええ、【炎を喰らう者】もそこにいるはずよ。」
「でもこれを一体どうやって登ればいいんですの?」
「不用意に登って魔力溜まりに落ちてしまえば堪ったものではございませんし・・・。」
「ヨスミ様の転移も不用意に仕えないわけなのです・・・。」
「問題ない。」
そういうとヨスミは千里眼を開き、絶壁の方を見る。
直後、階段上に岩が出現した。
「え、階段・・・!?」
「どうしていきなりこんな・・・。」
「あなた、大丈夫ですか?」
「僕なら大丈夫。これは絶壁の埋まっている岩肌を任意の形にして横にずらす様に転移で移動させただけだ。いわば天然の岩階段ってところか。さ、進もう。」
そういって階段を躊躇なく上っていくヨスミの後に続くように、フィリオラたちも恐る恐る階段を上っていく。
「まさかこんな使い方があるなんて・・・。」
「何用にもイメージが大事なんだ。このスキルはこれしか出来ない、なんてことは絶対にない。使い方次第で、考え方次第でそのスキルの活用方法なんて無限に広がるんだ。」
「使い方次第で・・・」
「考え方次第で・・・」
「無限に、・・・」
「広がる・・・なのです?」
ヨスミの言葉を復唱するように、自分に言い聞かせるようにつぶやくフィリオラたち。
「レイラやハルネの武器やスキルなんかも、手合わせの時に見せてくれた使い方も中々良いとは思うけど、もっと別の使い方があるんだよ?」
「え?そうなんですの!?」
「まさか・・・」
「使い方、考え方次第で、君たちの戦いは、戦術は、立ち回りはもっと広がる。もっと強くなるよ。だからどうか考えることを止めず、止めないことだ。」
レイラ達にとって、ヨスミの言葉はまるで鈍器で頭を強打されたような感覚に陥らせた。
転移という力はただ瞬間移動するだけの力だと思っていた。
だがヨスミは瞬間移動だけじゃなく、戦いでは手に届く、目が届く範囲のあらゆるものを転移させ、武器を失わせたり、はたまた弱点部位を直接転移で直接狙ったりなんて奇抜な戦い方を見せてくれた。
また魔喰蟲戦の時には大きな岩を空高く転移させて落とし、まるで神級の炎魔法である<隕石落とし>に似た広範囲攻撃を行って見せた。
そして今度は岩肌に階段まで作り出し、道なき場所に道を切り開いた。
転移というたった一つのスキルが、こんなにも多種多様な応用技として活用できるなんて・・・。
もしかして、わたくしの【覚醒技】である<神速>にももっと別の使い方が・・・?
自らの持つスキルの使い方に希望を持ったのはレイラだけではなかったようだ。
ハルネやエレオノーラ、フィリオラでさえもその驚く表情に隠れている喜びは隠せない様子だった。
「僕たちは諦めず、止まらずに進み続けることで進化することができる生き物だ。逆を返せば、止まってしまえば死んでしまう生物とも言える。進化の無い生物に未来なんてないからな。いつだって滅びゆくは全てを諦め、歩みを止めた弱者であることを忘れないようにね。」
「・・・はいですわ。」
例えどんな絶望が立ちはだかっても、決して歩みを止めなかった者は生き残ってきた。
そしてその絶望を乗り越えるために進化し、その絶望を乗り越えてきたんだ。
まあ、それでも敵わぬ、乗り越えられぬ壁は存在するけどね。
それでも、いやだからこそそこでどう向き合うか、どう乗り越えるか思考することで、その者がどう変わるか、どう進化するのかが変わってくる。
レイラたちはどう変わっていくのか楽しみだな。
なんて話しながら階段を上っていき、頂上が見えてきた。
気を引き締め、ヨスミは一歩、一歩踏み出す足に力が無意識に入っていた。
そして視界が途切れ、火口の縁に到達した。
「ここが・・・、頂上か。」
「・・・あそこですわ。」
レイラは大きくへこんでいる火口部の中心を指差す。
そこには楕円形に燃え続ける何かがそこにあった。
まるでそれは炎に包まれた卵のようにも見える。
「あれが、【炎を喰らう者】?」
「卵のようにも見えますわ・・・。もしかして更なる進化をしようとしているのではなくて・・・?」
「もしそうだとすればマズイ気がするのですが・・・」
「降りて行ったら死ぬわよ。ほら、よく見て。」
フィリオラが警告する。
言われた通り、よく見るとその炎の卵には所々ヒビが入っており、そこから漏れ出る様に魔力が流れ出ていた。
確か前世での火山にも有毒ガスや致死ガスが漏れ出ているケースがある。
とある山を登る学生チーム、率いていた先生が靴ひもを結ぼうとしゃがんだが、その状態から全然動かなくなった先生を奇妙に思い近づいてみると死んでおり、原因はしゃがんだ場所にちょうど致死ガスが溜まっていたなんて話を聞いたことがある。
何も考えず、あの炎の卵をなんとかしようと降りて行ったら全員魔力溜まりに突っ込んで死んでいたな・・・。
「でもあのまま放っておいたらあの卵が孵化して、中から完全体の【炎を喰らう者】が出てくることになるのですわ。」
「この量をミラに食べてもらうことは・・・」
「ぴぃーっ」
できそうではあるが、絶え間なく流れ出る魔力をせき止めることはできないだろう。
すぐに限界がきて、この地域は魔力溜まりに埋もれ、危険な状態に陥る可能性がある。
「・・・何とかなるかもしれない。」
「この状況を打開できる方法があるの?」
「方法はあるよ。まあもしそうなった場合、完全体となった禍竜と対峙することになるけどいいか?」
「手が出せない今の状態よりかはマシになるとは思います。」
「ええ、魔力溜まりで近づけない今の状況を打開できるのなら・・・」
「そっちの方がいいかもしれないのです。」
皆の同意を得たヨスミは炎の卵を転移でとある場所に移動させた。
「ミラ、今のうちに周囲の魔力溜まりを!」
「ぴぃー!」
とミラはヨスミの頭から飛び立ち、火口部へと降りていくとそこに堪った魔力溜まりを吸い上げていく。
その時、地面が揺れ始めた。
「ヨスミ、あの炎の卵をどこに移動させたの!?」
「じ、地面が揺れているのですわ・・・!?」
「この山の最深部、マグマの中心地だよ。アイツにマグマの熱で孵化させようと思ってね。多分今猛烈に温められて孵化しようとしているんじゃないかな?」
「なっ・・・!?」
と、魔力溜まりを平らげたであろうミラがパンパンに膨れ上がったモコモコの羽毛の体になって帰ってきた。
「ぴぃーっ!」
「よし、いいぞ!」
そしてヨスミは千里眼を持って炎の卵の様子を見る。
ヨスミの予想通り、マグマによって強制的に温められている卵は蠢き、入っていたヒビが徐々に広がっていく。
それに比例するかのようにマグマが活発になっていき、地面だけじゃなく、山事態が揺れている様だった。
そしてついに卵が割れ、中から巨大な竜の形を模した炎の塊が姿を現した。
その姿を確認し、生まれたばかりのそいつを先ほど卵があった所へと転移で移動させる。
突然現れたエヴラドニグス、周囲の空気が一瞬にして熱気に包まれ、大気を燃やし始める。
ミラが急いで周囲に冷気の渦を発生させ、エヴラドニグスが周囲に及ぼす影響を中和させる。
「これが、禍竜・・・いや、禍炎竜エヴラドニグス・・・!」
「え、もう孵化したんですの!?」
「待って、明らかにアイツ怒ってない・・・?」
「【炎を喰らう者】が出現しただけで周囲の大気がこんなにも・・・」
「この外に出たら燃えてしまうのです・・・。」
『こ、怖いのー・・・』
「あぅ・・・」
エヴラドニグスが放った咆哮は熱された大気を引火させ、小爆発が周囲のあちこちで発生する。
フィリオラはミラの発生させた冷気の渦に合わせて魔法障壁を張り、爆発を防ぐ。
明らかに異質な強さを感じさせるエヴラドニグスの存在に震え、怖気ずく中、たった一人だけテンション高めな場違いの興奮を見せる男がエヴラドニグスへと高らかに叫んだ。
「僕と友達になってくれぇー!!」
その瞬間、エヴラドニグス含め、何もかもが動きを止めた―――――。