傷だらけの彼女
「・・・道も険しくなってきたし、魔力溜まりの範囲が広くなってきたな。」
次の日、十分に休息を取れたヨスミたちは山を登り始める。
中層部を超えたあたりから、火口付近に近づいていることもあって周囲の熱気が上がってきた。
仲間たちからは汗がどんどん流れ出て服に染みていき、肌に張り付くようになり、体のラインがくっきりと見えるようになってきた。
もしここに僕以外の男性キャラがいれば、そいつの目玉だけを転移で地中に埋めているところだった。
各女性たちのスタイルは悪いわけじゃない、むしろ素晴らしいモノを持っている。
特にレイラは優里には持ち合わせていなかったプロポーションの持ち主が故に、今彼女を見るのはなんだか恥ずか・・・
・・・あれ、なんか悪寒がするぞ?
熱さで頭でもやられたか?
「あなた・・・?大丈夫ですの?」
「え?あ、ああ・・・。平気だ・・・。」
かといって、何かしら服を着せて今のレイラのプロポーションを隠そうとすれば、更に汗をかかせることになるためそういったことも出来ないし・・・。
「・・・ダメですわ、もう我慢の限界・・・。」
「だ、ダメですレイラお嬢様・・・。淑女たるもの、いついかなる時も・・・」
「そんなこと、言ってたら・・・それこそ、体が持ちませんわ・・・!」
そういうと、着ていた長羽織を脱ぎ、更にもう一枚着物を脱ぐ。
さらしを巻いているかと思いきや、綺麗な黒レース状のブラジャーを付けていた。
よし、しばらく僕の眼を転移で潰そう。
そうすればレイラの見られたくない肌を見るアクシデントは起きない・・・っ!
「ちょ、ちょっとあなた!何をしようとしているんですの!!」
とヨスミの様子がおかしいことに気付き、自らの瞳を抉り抜こうとしていることに気付いたレイラが急いでヨスミの前に慌てた様子で現れ、腕を掴む。
その時、強制的にレイラの汗に濡れた素肌がヨスミの赤い瞳にしっかり映った。
奴隷時代につけられたであろう無数の痛ましい傷跡が無数に付いており、だがしっかりと肌のケアは怠っていないようで、むしろ傷痕を無くそうとした努力が垣間見え、レイラの裸も同然な姿を見てしまったことによる恥ずかしさよりも、レイラと家族たちの懸命な努力を感じ、気が付けばそっとレイラの体を抱きしめていた。
レイラも自らの恰好とヨスミにそれを見られてしまった事に気が付くが、そんなことよりも自らの旦那が自分を気遣おうとして自分の目を転移でくり抜こうとしている方が勝っていたが急に抱きしめられ、混乱する。
「あ、あの・・・あなた・・・?」
「・・・綺麗だよ、レイラ。」
そしていきなり口説かれ、熱で頭がやられかけているところにヨスミからの甘い言葉により、レイラの思考は完全に飛んだ。
抱きしめていたレイラから急に力が抜けたのを感じ、倒れないように抱え込むと腕の中に納まるレイラの肌を愛おしそうに見ていると、急に目の前の視界が真っ暗に染まる。
「ほーら、いつまでも大事な嫁さんの肌を見てるんじゃないわよ。」
「あ、そうだったな・・・。」
フィリオラの尾が伸びてきて、ヨスミの頭を締め上げているようだ。
だがヨスミの視界を防ぐのが目的なようで、締め上げる痛みは一切なかった。
「あ、私も服を何枚か脱いでるからあまりこっちを見ないでくれる?」
「す、すまん・・・。んにしても熱いな。」
「仕方ないわよ、魔力溜まりの原因は【炎を喰らう者】から発せられたものだから、魔力溜まり事態が熱を持っていても不思議じゃないわ。」
「じゃあなんで下の方はまだマシだったんだ?」
「魔力溜まりが下層よりもより高密度で本体に近いからよ。逆を言えば、目的の【炎を喰らう者】がいるところに近づいているって事ね。」
それにしたってここまで熱いとは思わなかったな・・・。
フィリオラの体毛が織り込まれたローブ・・・今は着物に変形しているけど、この服には耐熱性能があったはず・・・。
その上でこの暑さはさすがに厳しい・・・。
「氷魔法で周囲の温度を冷やすことはできたりしないのか?」
「魔力消費が激しいし、あっという間に魔力が底を尽くからやりたくても・・・」
「ぴぃっ!」
とヨスミの肩に留まっていたミラが一声鳴くと、周囲を渦巻く空気がひんやりと冷え始める。
どうやらこの冷気はミラが作り出しているようだ。
「・・・おお、さっきまであんなにも暑かった大気がひんやりと・・・。だけどミラ、大丈夫なのか?魔力消費が激しいってさっきフィリオラが・・・」
「・・・そうね、リュウスズメの保有魔力量はトップクラス、そして周囲には魔力溜まりがそこら中にあって、リュウスズメは魔素を食べることができるからいくらでも魔力を回復できる・・・。まさに歩くクーラーだわ!」
「ぴぃーっ!」
『涼しいのー・・・。』
「本当にひんやりしていて気持ちいのです・・・。」
「ヨスミ様、レイラお嬢様を・・・。」
確かに今、熱に対する対策が出来たから半裸に近い恰好になる必要性もない。
逆にかいてしまった汗で風を引く可能性もある・・・。
目隠しされたままではあったが、腕に抱いていたレイラの重みがなくなり、顔を締め付けていたフィリオラの尾も解かれた。
ふと山道の先に洞窟のようなくぼみを見つけ、ヨスミはミラを先に行かせ、魔力溜まりがない事を確認させるとみんなを一斉にそのくぼみまで転移で移動した。
「いったん休憩しようか。各自、体中の汗を拭いて、汗で濡れた服を乾かそう。ついでに水分補給もしっかり取るように。」
ヨスミの号令に皆賛同し、各々着ていた服を脱ぎ、ハルネは汗で濡れた服を乾かすためにバッグから物干し竿を取り出してそれを器用に洞窟内の出っ張りに引っ掛け、濡れた服を次々と掛けて行く。
ヨスミは居た堪れなくなり、決して後方を向かないようにくぼみの入口へと移動する。
その横にはハクアが付いてきたようで、ヨスミに構ってもらおうと飛び掛かる。
それを受け止め、よしよしと撫でまわしてじゃれ合っているところに、意識が戻って状況を理解したであろうレイラが全身にバスローブのような大きな布を羽織った状態で、ハクアを挟んで座るとハクアのお腹を優しく摩る。
『くすぐったいの~!』
「うふふ、こう撫でられる本当に好きですわね。」
「レイラに撫でられるのが好きなんだと思うよ。」
「そうですの?」
『うんっ!』
「うふふ、それじゃあもっと撫でて揚げますわ~!」
キャッキャッとじゃれ合う2人を眺めるのもまたいいモノだと、そんな光景を優しく見守る。
と、視線はハクアの方を向けながらもレイラはヨスミへ話しかける。
「・・・あなた。」
「どうした?」
「その・・・、わたくしの、体のこと・・・なんですけど。」
「体?・・・ああ、傷痕のことかい?」
以前、カーインデルトで僕にその体を見せようとしてきたことがあった。
その時はレイラの心の準備もまだ整っておらず、僕は彼女に対して”まだ焦らなくていい。君の中できちんと整理ができた時にまた見せてくれ”的なことを伝えていた。
「そ、そのことで・・・」
「すまなかった・・・っ!」
「・・・え?」
レイラが何かを言う前に、ヨスミはレイラに深く頭を下げる。
「な、なぜあなたが謝るんですの・・・?」
「以前、君の整理が付いた時に、君の心が大丈夫になったときに見せてくれと言ったのに、このような形で君の体を見てしまったんだ。どんな形であろうと、君の意を無視したことになる。だからどうか償わせてくれ・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな、あなた!」
と頭を下げるヨスミの頭を無理やり上げさせ、真剣な眼差しを向けるレイラの顔が目に映る。
が、視線の隅に映る彼女の体に申し訳なさを感じ、つい顔を逸らした。
「た、確かに本当ならもっと落ち着いた場所で、それこそ色々と計画もしていたから、こんな形であなたにわたくしのこの傷だらけの体を見せることになってしまったことは不本意ではありました・・・。でも、わたくしの中では、心はもう平気ですの。それに、さっきわたくしの体を見てまっすぐに言ってくれた言葉にわたくしは救われましたのよ?それとも、あの言葉は見せかけだけの、上辺だけの言葉なんですの?」
「そんなことはない!」
レイラの言葉につい反応し、真っ赤になったレイラの顔を真っすぐに見つめる。
そしてレイラの肩に手を置くと、優しく微笑む。
「君がどんな姿をしていたって、どれほど醜い姿になっても、心から君を愛すよ。それに、僕の瞳に映る君の体はどれほど傷痕が残っていても、僕が心からそう思うから何度だって君の体は綺麗だと言えるよ。」
本当に醜いモノを知っているから。
目にしたくない瞳を知っているから。
思い出したくもない醜悪な表情を知っているから。
それらに比べてしまえば、レイラの体は美しいと感じる。
薄くなった傷痕が無数にあるとはいえ、だからこそ白く透き通った肌がその美しさを際立たせるんだ。
「それに、君の体にはこれ以上の傷痕は決して残させないために僕が守るよ。」
「あなた・・・。」
「・・・なあ、レイラ。」
ここで僕は彼女に1つ、今までずっと考えてきた提案を出す。
「君が背負うその体に刻まれた傷を完全に取り除けると言ったら、レイラ・・・君はどうしたい?」
「・・・え?」
さすがにその提案を受け、驚きの表情を見せる。
長年向き合ってきたその体、女性であれば誰だって傷痕の無い綺麗な体を持ちたいと願うはず。
だが、レイラから帰ってきた言葉は意外なものだった。
「・・・どうもしませんわ。」
今度はヨスミが驚きの表情を見せた。
「だって、あなたがこの傷痕をその身に背負うのでしょう?」
「・・・なぜ、わかった?」
「なぜって、わたくしはあなたの”良き妻”であるために、どれぐらいあなたの事を見てきたと思っているんですの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。
本当に彼女は、僕の事をどれほど見透かしているのだろうか・・・。
「取り除けるとは言っても、あなたのその転移を持ってその身に移すことであって、完全に消し去ることはできないのでしょう?」
「・・・ああ。」
「なら、この傷痕は誰にも渡せませんわ。まあ、確かに一時期この傷痕に悩まされた時期があったのは確かですわ。でも、今となってはこの傷痕もわたくしの一部だと思えるようになったんですの。それに、他人を傷つけてまで得ようと思えるほど、”綺麗な体”というモノには価値を感じませんわ。だって、こんな傷だらけの醜い身体を見て、まっすぐな瞳で真剣に”綺麗だよ”って、わたくしが一番聞きたかった言葉を言ってくれた人が目の前にいるんですもの!だからもうそれで十分、わたくしは報われましたわ!あ、もちろん、わたくしが気づかぬ間に転移で移したら本当に許しませんことよ?」
彼女は、本当に強い子だ。
幼いころから壮絶な人生を送ってきて、齢18にも満たぬ子が大人顔負けしないほどの、こんなにも強い心を持っている。
無邪気な笑顔を浮かべているレイラを想う愛しさが溢れ出し、気が付けばレイラの唇に自らの唇を重ねていた。
この子の心は、僕が守る。
これ以上、彼女を傷つけさせやしない。
世界中が彼女を害するのであれば、僕は喜んで世界を滅ぼす魔王になるよ・・・―――――。