彼女なりの精いっぱいな思いやり
さて、【炎を喰らう者】はどこにいるのやら。
考えられるとしたら火口付近の所だとは思うけど・・・、見てみるか。
と千里眼を発動させようとしたが、目を瞑ったところで横にいたレイラの手に覆われてしまった。
「あなた、だめですわ。」
「ちょ、ちょっとぐらい・・・」
「だめですわ。そんなことで能力を使うのはいけませんわ。きっと頂上付近にいると考えられますから、昇っていけばきっと会えますわ。後、その姿を見るのも直接その瞳で見た方が感動も大きいと思いますわ。」
ダメだ、レイラに全部バレてるわ。
やろうとしていること、成そうとしていることも全部読まれてる。
「そんなにわかりやすいかな・・・。」
「少なくともわたくしには大体お見通しですわ。」
「あーぅ!」
ディアネスもレイラが覆う手の上に自らの小さな手も合わせてくる。
「ディアにもダメって言われてる気がするぅ・・・。」
「言われてる気がするのではなく、言っているんですわ。」
「あいっ!」
「仕方ない・・・。とりあえず、登ってみるか。」
トンネルの傍に上に続く獣道のような細道が見えた。
ヨスミたちはその道を辿って歩いていく。
所々、目に見えて空間が歪んでいるところが見える。
恐らくあれが魔力溜まりなのだろう。
【炎を喰らう者】の影響なのかどうかはわからないが、少なくともあの魔力溜まりに近づいたらよくないことが起こることだけはわかる。
「一応言っておくけど、あのグワグワしてるところが魔力溜まりよ。高密度の魔力が漂っていて、あの中に入ったら体中の魔力回路が壊れるだけじゃなく、体を構築している物質が魔素へと変質してその内その辺に漂う魔素と同じ存在になるから気を付けてね。」
「・・・それって死ぬって事か?」
「ううん、生きてるよ。生きたまま魔素になってその辺に漂う存在になるだけ。死ぬことはないから安心していいよ!」
「できるかぁ!!」
死ぬことができず、ただその場に漂う魔素になるとか恐ろしすぎるだろ・・・。
そんな魔力溜まりが周囲に転々と存在するとか・・・
「そんなん危険すぎる・・・。通りで立ち入り禁止区域に設定するわけだ。それで、原因は禍竜でいいのか?」
「まあ、【炎を喰らう者】の体から漏れ出ている高密度の魔力が影響していることは確かだと思うわよ。だから【炎を喰らう者】を何とかできたとしても、暫くはこのままでしょうね。自然に魔素が薄まっていくのを待つしかないわ。」
と、ここでエラウト樹海の事を思い出した。
確か魔素が薄いから強力な魔物が誕生しない、つまりは魔素が濃い場合、強力な魔物が誕生するということか?
「ちなみに、魔力溜まりに魔物が触れたらどうなるんだ?」
「基本的には同じだけど、適応する個体もいて逆に進化することもあるわ。」
やっぱりそうか。
となるとこの付近の魔物には注意した方がいいかもしれないな。
魔力溜まりは一見、何もない様に見えるけど、目を凝らしてみれば周囲が歪んでいるように見えるから、気づかずに魔力溜まりに近づいてしまう危険性があるな・・・。
と考えながら歩いていると、突然頭にチクリとした痛みが3回走る。
「ぴぃーっ!」
どうやらミラがヨスミの頭を突いたようだ。
ミラは何かしきりに騒いでいる。
まるで何かを知らせようとしているみたいだが・・・。
と、ここで以前の記憶が脳裏を過り、その場に留まった。
「・・・あなた?どうしたんですの?」
いきなり止まったヨスミに問いかける。
「ストップだ。この先に濃い魔力溜まりがある。」
レイラたちもヨスミからその話を聞き、前方を注意深く目を凝らしてみてみると、一瞬空間が歪んだ様に見えた。
「・・・確かにこの先から濃い魔素を感じるのです。」
エレオノーラが冷静に言い放つ。
そして次にレイラとハルネが魔力溜まりの存在に気がついていく。
かなり目を凝らして注視しないと見えない、その魔力溜まりはまさに天然の即死トラップそのものだった。
「・・・あなた、もしかして千里眼をお使いに?」
「いや、ミラが教えてくれたんだ。」
「ぴぃっ!」
どこか誇らしげにミラは胸を張って鳴いた。
「こんな話を思い出したんだ。洞窟に入る際、炭鉱夫たちは必ずと言っていいほど、一匹の鳥を連れて潜っていくと。鳥はカナリアという名前で、毒に強い拒絶反応を示すそうだ。おかげで炭鉱夫たちは洞窟に漂う毒素を含むエリアを回避し、安全に作業ができるんだそうだ。」
「・・・つまり、そのリュウスズメが炭鉱夫たちのカナリアってこと?」
「ぴいっ!」
「だ、そうだ。」
リュウスズメは魔素を食べるという。
故に、魔力溜まりの場所が分かり、場合によってはリュウスズメたちの餌場になるわけだ。
そしてミラは魔力溜まりのある方へ飛んでいくと、その小さなくちばしを開き、まるで息を吸い込むかのようにその場に漂い高密度の魔素を吸い込んでいく。
数秒足らずでその場にあった魔力溜まりを平らげると満足そうに鳴いた後、ヨスミの頭へと戻ってきた。
「あれを全部平らげるのか・・・。」
「リュウスズメってすごいんですわね・・・。」
「私も初めて見ました・・・。確かにあの量の魔力溜まりを平らげられるのであれば、魔力の保有量が桁違いであるのも頷けます。」
そこからヨスミ達の道のりは順調だった。
魔力溜まりに近づけばミラが鳴いて知らせ、その後はその魔力溜まりを食べ尽くして先に進む。
魔力溜まりは時間が経てば発生するので、全てを平らげても元凶を何とかしなければ意味がないらしい。
それに加えて、リュウスズメにも食べられる限界はもちろんあるのだが、ミラはまだまだ余裕そうだ。
森や茂みといった道は抜け、岩場の道のりが続くようになってきたころ、魔物たちと遭遇するようになってきた。
【炎を喰らう者】の影響か、それとも火山付近のためか、出てくる魔物たちはこぞって火を扱ってくる。
ヨスミは転移を用いて魔物たちを対処しようとするがフィリオラに尾で縛られ、レイラやハルネ、エレオノーラの3人が魔物たちと戦い始めた。
「これ、僕の力を使えば簡単に対処できると思うんだけど」
「それで倒れられたら堪ったもんじゃないわ。ヨスミは大人しく私の尾に縛られてなさい。」
「あーう!」
ディアネス自身も、ヨスミが無理をする生き物だと認識しているようで、目を使わせないように顔面に張り付き、何も見せないようにしていた。
張り付いてきたディアネスからは優しく甘い匂いが漂い、体を締め付けるフィリオラの尾からは鱗特有のざらざらした感触と、さらさらした体毛の感触が伝わってくる。
「はあい。」
「・・・。」
どこか嬉しそうに縛られるヨスミに引いている様子のフィリオラだったが、ディアネスは逆にキャッキャッと楽しそうにしている様子だった。
先に戦い終えたであろうレイラが刀に付いた血を払い、鞘に納めながら戻ってきた。
「こちらは無事終わりましたわ。」
「お疲れ様、さすがね。レイラちゃんの動きが全然見えなかったわ。」
「これでもまだまだ遅いですわ。ここまでこれてようやっとヨスミ様の背中が見えた程度ですもの。」
そう言いながら、縛られているヨスミの体に優しく触れる。
「この人の隣に立って共に走るにはまだまだ遅すぎますの・・・。」
「そう?十分早いと思うけどね?」
「あうっ!」
「・・・ありがとうですわ。」
目の前で一体何が起きているのかわからないが、正直どうでもいいぐらい嗅覚と聴覚と触覚の3つが幸せ過ぎてやばい。
だってほら、幸せ過ぎてこんなにも苦しく・・・、いきがぁ・・・・
「・・・フィー様、ディア?そろそろ離さないと違う意味でこの人昇天してしまいそうですわ?!」
「あぅっ!?」
「あっ」
とフィリオラとディアネスが気づいた時には時すでに遅く、レイラがディアを顔から離して抱いたころにはヨスミは気を失っていた・・・。
あれからかなり順調に山を登っていたがすでに陽が傾いていたため、この辺りで休憩して明日また登ることにした。
またいつものようにハルネはバッグから机やら椅子やらを取り出し、食事の準備を済ましていく。
こんな場所で休んでも大丈夫なのかと聞いてみたが、ミラがいるおかげで問題ないそうだ。
ディアネスとハクアが楽しそうに遊んでいる様子を眺めながら、どこか思いにふけていた。
そこへ、レイラがやってくるとヨスミの傍に座り、ヨスミと同じようにディアネスたちの遊ぶ様子を見ながら微笑む。
「あなた、もう大丈夫ですの?」
どうやら先ほどの尊死かけたことを気にしている様だった。
「問題ない。むしろ僕にとってはご褒美の1つだったさ。」
「そ、そうですの・・・。」
喜々として話すヨスミの様子に呆れた様子を見せていたが、そっと自分の体をヨスミに預ける。
そんなレイラの肩に手を伸ばし、手を置く。
「あなた・・・」
「心配ないよ。きちんと覚悟もしているさ。」
どうやらレイラには見抜かれているらしい。
本当にどこまで僕の心情を察しているのやら・・・。
「でも・・・。」
「僕にとっては確かにドラゴンという存在は特別だ。だが、それ以上に僕の事を慕う仲間や家族の方が何よりも大切なんだ。どちらかを選べというならば、僕は迷わずにレイラたちを選ぶ。だからもし禍竜がレイラたちに危害を加えようとするならば容赦はしない。」
これは僕の本心であり、覚悟の表れでもある。
それがきちんとレイラに伝わっているようで、でもその表情は暗いままだった。
「それでも・・・、わたくしはあなたがドラゴンについて幸せそうに話す姿を知っておりますし、そんなあなたの事を愛しております。だからこそ、胸が苦しくなってしまうのですわ・・・。あなたにとって特別だと言わしめるドラゴンを、あなたにも攻撃させてしまう可能性があることを・・・。だから、もし【炎を喰らう者】が危険で相容れない存在だった場合、わたくしたちに任せてくださらないかしら!」
レイラはヨスミの瞳を真っすぐに見ながら、真剣な気持ちでそう告げる。
どこまでも僕の事を想い、心配してくれるレイラの事を心の底から愛おしいと感じてしまうんだ・・・。
「・・・ありがとう、レイラ。君の気持ちはとても嬉しいよ。でも、もしそれで君たちに何かあれば僕は決して自分自身を許せないと思う。僕なら大丈夫だよ。だからどうか、僕にも君の事を守らせてほしいんだ。」
「・・・あなた。」
レイラはヨスミの胸に顔を埋める。
ヨスミにとって、ドラゴンという存在はどれほど特別なのか彼女はわかりきっているからこそ、【炎を喰らう者】が自分たちにとって悪意ある存在だった場合、彼の目の前でドラゴンを殺さなくてはいけない事に不安を感じてしまうのだろう。
レイラ、君は本当に僕にとってどこまでも理解してくれる最高のパートナーだよ・・・。
その事を言葉にうまく出来ないことを、君に僕の思いを正確伝えられない事がために、好きだの愛しているだのと言った言葉でしか言い表せない僕をどうか許してほしい・・・。
ヨスミは胸に埋まるレイラの小さな体を優しく抱きしめた。
これ以上にないほどの彼女の思いやりを全身で感じるために―――――。