考察と歴史
「それで、そのエヴラドニグス?っていう竜について何か知っているか?」
気絶から目を覚ましたヨスミはウッキウキな気分でフィリオラに問いかける。
その問いに関しては誰もが予想していた内容だったわけだが。
「そうねー。その子等は元々竜じゃなく、小さな炎の精霊なのよ。」
「精霊なのか?」
「ええ。【火食い】って名前で、赤大陸”シャヘイニルン”にはごく普通に居る子たちなのよ。名前通り、あの子たちは火を主食としているの。でも、自分より大きな火なんて食べられないし、火力の高い火元になんて当たったら自分自身がその火に飲まれて死んでしまうほど弱い子、赤大陸では最弱といっても過言ではないわ。」
「うーん、エヴラドニグスとは別の魔物じゃないのかそれ・・・。アイツらの話をしていた様子からしてたいそうヤバい存在として認識されているみたいだったが・・・。」
しかも精霊じゃなくて、禍竜なんて呼ばれるようになっている。
つまり、竜樹根と同じような原理、とか?
「さっきも言ったけど、あの子らは赤大陸に棲む子で主食は火よ。でも食べているのはただの火じゃないの。赤皇龍の体から漏れ出ている魔力が火となって地上に漏れ出たもの。そんな火を食べ続けていれば、火の精霊から竜に変わるなんてことあるかもしれないわね。」
・・・ん?
その言い方だと、そうなることって極まれに起こるかもしれないなんて言い方だな。
つまりニグラドは、赤皇龍の魔力が火となって地上に漏れ出たものを食べ続ければ竜へと昇格することがあるかもしれないが、基本的にはそういった事態は起きないって解釈で良いのか?
そんな疑問を抱いたのはヨスミだけではなかった。
「フィリオラ様、もしかしてそうならないのが普通であるということでしょうか?」
「ええ、その通りよ。ハルネ、何か適当なコップを貸してもらえない?」
と、ここでフィリオラはハルネへコップを要求し、一旦その場に留まって背負っていたバッグを開き、中からヨスミが使っていたコップを取り出した。
・・・なぜ僕のコップを取り出したのかは置いておくとする。
「これがニグラドの体だと思ってね。ここに主食である赤皇龍の魔火を入れるわよ。」
そういってコップの中に水魔法で作り出した液体をコップへと注いでいく。
「火を食べる理由は他の生物と同じ、生きるためよ。特に火は何もしなければその内消えてなくなってしまうわ。だから他の、それも特別な火を自らに取り込んで自分自身を絶やさないようにしているの。ただの火じゃあっという間に消えてしまうからね。ここで一つ質問するわ。レイラちゃん。あなた達が普段食事を取るとき、摂取した食事で自らの体が変わってしまうほどの力を得る事はある?」
「・・・ありませんわ。食事とは本来、肉体の維持と精神の回復がメインですもの。特別な食べ物を食べたからと言って影響を受けるのは精神的な部分ですわ。」
「そうよね。それは何も人間たちだけじゃないわ。エレオノーラ、あなた達竜人は多種の肉を喰らうことが多いあなたたちも同じよね?」
「はいなのです。色々な魔物たちの肉を食べますが、それで特別な力を得たなんて話は聞いたことがないのです。」
「そう。人間種だけじゃなく、それは亜人種も同じこと。ただ食事をするだけで特別な進化をする生物はいないわけ。そして食べ過ぎた分はこうして溢れてしまう。もしこれが密封した入れモノだったら破裂してしまうわ。」
・・・そういうことか。
火を食べるということはただ生き続けるために必要な行為で、たとえそれが特別な火を取り込んでいたとしても同じということ。
そして食べ過ぎたり、取り込みすぎた個体は死んでしまう。
だから、【火食い】が【炎を喰らう者】に進化することはほとんどありえないというわけか。
だが、ありえないというわけで実際に進化することができる個体も居る。
その差分は・・・。
「・・・強くなることよ。」
「強くなる、こと?」
「ねえ、ハルネ。自らを害するような天敵が存在せず、何もしなくても目の前にご飯にありつける、そんな環境に身を置かれたら、あなたは仕事をしたり、強くなろうと自らを鍛えたりする?」
「・・・そんな夢のような場所にいるのであれば、私はしないと選択します。」
「でも【火食い】は赤大陸”シャヘイニルン”では最弱なのでしょう?一体誰に勝てるんですの?」
「・・・同じ【火食い】を倒しているんだろう。【火食い】自身の体も火であると言っていたし、そいつは漏れ出た魔火じゃなく【火食い】を喰らう同族食いの類ってところか。」
全てを察したであろうヨスミが口を開く。
その言葉を受け、メンバー全員は納得したようだった。
フィリオラも、ヨスミの冷静で正確な推察に
「さすがね。」
と言葉を返す。
「【火食い】が【炎を喰らう者】になる条件、それは同じ【火食い】を喰らい、経験値を得て強くなって進化すること。【火食い】自信も同じ火なのだからお腹も膨れるし、魔火とは違って精霊だから倒すことで経験値も得られる。つまり一石二鳥ってわけね。そして魔火は赤皇龍の魔力そのものだから、それを食べ続けていくうちに自らの性質も竜に近づいていき、やがて竜と成ったのね。まあそうなる前に天敵に見つかって食べられることが殆どだから、エヴラドニグスの名前を聞いた時は吃驚したわ。」
相当確率が低いのだろう。
どこの世界にも自らの天敵となる存在がいて、それ以上の繁殖や進化、生態系に及ぼす影響もない、完璧なる自然の摂理というものが存在するわけだ。
故に、【炎を喰らう者】の存在はイレギュラーの中のイレギュラーなのだろう。
それこそまさに【特異個体】ということか。
「だからどうしてそんな存在が、遠く離れたこの地にいるのか疑問なのよ。誰かが手引きとかそういったことでもしない限りありえない話だもの。」
「・・・さっきがヴェルドは、赤大陸から追放されたとか言いかけていたが。」
「追放なんてしないわ。する前に殺して食べた方が他の魔物たちからしたらお得だもの。」
「ぴぃ・・・」
ミラがその話を聞いて、何か思うことがあったのだろうか。
ヨスミの服に隠れてしまった。
だが、考えれば考えるほど謎が深まる。
そしてヨスミはとある仮説が脳裏を過った。
「・・・もしかしたら、その天敵にとって食べられない存在になったんだとしたら?」
『どういうことなのー?』
「つまりそれって・・・」
「ああ。もしその天敵を上回る強さを手に入れてしまったとなれば、食べるどころの話じゃなくなる。それこそ、自分らの身の危険があるから、全力を持って赤大陸から追い出そうとしたんじゃないか?」
追放するにしたって、何がどうやってこの大陸まで生き延びてあの山に住まうことになったのかはわからないが、少なくとも天敵を上回るほどの強大な存在となってしまえば、色々と方法があるかもしれない。
フィリオラは少し考え、何か思い出したかのようにハッと顔を上げる。
「そういうこと。」
「何かわかったのか?」
「以前・・・と言っても数百年ぐらい前だけど、赤大陸にある巨大な火山”タイタングレイヴ”が大噴火したことがあるのよ。その時に飛んでいった噴石は全ての大陸に降り注ぎ、甚大な被害を及ぼしたことがあったの。もちろん、この獣帝国にも大きな被害をもたらしたわ。」
「もし、何らかの要因でタイタングレイヴの大噴火に巻き込まれ・・・」
「その噴石に乗ってきたのだとしたら・・・」
「全て説明がつきますね。」
この全大陸に降り注いだというのであれば、十分に考えられる。
天敵から逃れるためか、それとも天敵たちと全面戦争でも起こして火口付近まで追い込まれたか、もしくは更なる力を求めてタイタングレイヴの火を喰らおうとしたか・・・。
まだ前者なら問題はなさそうだ。
だが後の二つであれば、話が違ってくる。
もし天敵たちと全面戦争を起こし、火口付近まで追い込まれたのであれば、倒しきれないほどの強力な個体である可能性。
また、タイタングレイヴの火を喰らおうとしていたのであれば、その大噴火に巻き込まれている時点で相当数の火を喰らったはずだ。
なんにしても相当ヤバい個体があそこにいるということに変わりはない。
「その大噴火によってもたらされた影響で大陸が砕け、いくつもの島々になった話を聞いたことがあるのです。私の国も、もとは一つの大きな大陸だったのです。それが、あの大噴火で大陸が割れ、幾つかの領土は他の国に奪われてしまったのです。でもきっと、それは私たちの国だけの話ではなかったと思うのです・・・。」
「そうね・・・。あの時、大きな混乱に生じて色んな国のお偉いさんたちは、噴石によって分離した大陸を侵略、支配しようと戦争を起こしてたことを思い出すわ。支配権から外れた亜人たちが独立した国を作ったり、逆に噴石で滅亡した国もあったり・・・。」
まるで見てきたかのように言う彼女だが、実際に見てきたんだろう。
介入したのかどうかはわからないが、少なくともああ言うってことはフィリオラはただ見届けたんだろう。
彼女にとってはさほど重要なことではなかったから、人間や亜人たちが何をしようとも手を出すことはしなかった。
「フィリオラは様々な歴史を、その瞳で見て感じてきたんだな。」
「まあね。これでもだてに長生きしていないわよ。」
「私の国では、竜母様は大災厄の時から生き続けてきた存在と言われているのです。」
「大災厄?」
「以前聞かせたことあるでしょ、勇者と魔王の話。世界を作り変えてしまうほどの大戦争が起きたことを人々は【大災厄】って呼んでいるのよ。」
まあ確かに旧文明が滅び、世界が一度滅びかけるほどの大戦争は災厄と捉えられてもおかしくはないか。
「・・・え、そんな時代から生きてるの?もしかして、魔王と勇者の事も知ってたりするのか?」
「あの時は私も生まれたばかりで生き残ることに必死でね・・・。詳しくはわからないのよ。」
そう話したフィリオラの表情はどこか儚げに見えた。
でも生まれたばかりということは、彼女はそんな昔から生き続けてきたというのは本当なのだろう。
ガヴェルドはフィリオラの事を、【古龍】と呼んでいた。
きっと、永久にも似た長い時を生き続けたフィリオラにはきっと、僕に計り知れない思いをその胸に抱いているのだろうな・・・。
以前、彼女の頭をつい撫でてしまった時に見せた仕草も、きっと・・・。
「さて、着いたわよ。」
そんなことを考えていると、気が付けば目の前に目的地であるヴェリアドラ火山が見えていた。
山の山頂は黒い雲に覆われており、どこか禍々しい様子が見て取れる。
あそこに、【炎を喰らう者】という禍竜がいるんだろう。
『・・・オジナー、すごい顔してるのー。』
「ぴぃー。」
すぐ横にいたハクアとミラがドン引きしているかのように眉をひそめた―――――。