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それぞれの後悔


抱き着かれたガヴェルドは突然のことに思考が停止し、完全に動きが止まった。

誰かにこのようなスキンシップを取られたことがないのだろう。


「あ、あの・・・グレース嬢・・・?えと、なっ・・え・・・」


と慌てだし、先ほどの反応とは真逆に顔を真っ赤にしながらなんとか離れようとするがそんなのお構いなしと言わんばかりに抱きしめている腕の力を強める。


そこで初めて、グレースが泣いていることに気付いた。


「ごめんなさい・・・。うちは・・・ガヴェルド王子という成りを見ようとせず、周りの噂だけを信じてあなたに酷い誤解を抱いていました・・・。」


彼女が泣いている理由を知り、冷静になれたのか優しくグレースの肩を掴むと体を引き離す。

グレースは抵抗せじ、ガヴェルド王子に引き離され、その泣き顔を彼に見られたくないのか、両手で自らの顔を覆う。


「そのままで、聞いてください・・・。グレース嬢、あなたの抱いていた誤解は、あながち、間違いではありません・・・。あの悲惨な光景が、悲鳴が、彼等の顔が、絶望した瞳が、ずっと脳内にこびりついて、いついかなる時も、思い浮かんでくるのです。それから逃れたい一心で、戦いに身を投じてきました・・・。戦い、死と隣り合わせの戦場だけが、戦い続ける激情に支配されている間だけ、その時の記憶を、塗りつぶしてくれていたから・・・。だから、皆の言う【血濡れた狂牙】なんて別称も、俺なんです・・・。」


そう話すガヴェルドの表情は仕方なく笑っているようだった。

まるでグレース嬢を安心させたいがために無理に笑顔を作っているような、そんなハリボテの表情。


グレースは覆っていた手を離し、ガヴェルドの作り笑いを目にする。


ああ、彼はこんな時でも自分の苦しい感情は二の次にして、私の事を思って安心させようと・・・。


「実を言えば、グレース嬢の父上から、君が攫われたと聞いた時、内心ホッとしたんです・・・。俺の事が怖くて、会いたくなくて、結婚がしたくないから、逃げ出したわけではないんだって・・・、そう思えたから・・・。」

「あっ・・・」


そして初めて、自分が取った行動に酷い後悔をすることになった。


「彼らを見た時、わかりました。分かったうえで、彼等に八つ当たりのようなことをしてしまったんです・・・。」

「ガヴェルド王子・・・っ!ち、違う・・・」

「大丈夫です、グレース嬢。あなたの父上には、俺から、言っておきます。この婚約をなかったことに、しますので、安心してください。自分でも、わかっているのです。こんな、血に濡れた、血生臭い獣が、あなたのような、白くて綺麗な毛並みを持つ、グレース嬢の傍に相応しくないと。」

「そ、そんなこと・・・っ!」


彼女を優しく地面に降ろし、ゆっくりと立ち上がる。


「それに、丁度良かった。」

「え・・・?」

「近いうちに、大規模な戦いが起こります。俺は、その戦いに、駆り出されるでしょう。」


そこでグレースは彼が言った言葉の意味、その繋がりでガヴェルドが何をしようとしているのかを悟ってしまった。


きっと、その戦いで死のうとしているということを、グレースは理解してしまった。


「生きて、帰ってくるかもわからない、獣を待つ不安を抱えるよりも、君に、もっとふさわしい獣の傍にいた方が、君にとって幸せだと、思うから。」


そう話した時のガヴェルドの表情は、ハリボテの笑顔ではなく、本物の笑顔のように感じた。


つまりガヴェルドは本気でそう言っているのだ。

そのことが、何よりもグレースの後悔している心に突き刺さる。


こうして面と向かって話したのはこれが初めてのはずなのに、どうして彼は私の事をここまで慕ってくれているのだろう。


どうしてうちは初めて話す彼に拒絶され、こんなにも胸が苦しくなるのだろう。

がヴェルドはグレースから離れ、ヨスミ達の所に歩み寄っていく。


そしてヨスミ達の前に来ると深く頭を下げた。


「人間たちよ、すまなかった。」


ガヴェルドはヨスミ達に謝罪を述べる。


「別に構わないよ。あの一撃に殺意がこもっていないことはわかってたから。まあ、真っ先に僕を狙ってきた辺り、嫉妬でもしていたのかな?」

「ははっ、その通りだ。君たちと、関係性が浅いはずなのに、グレース嬢と、仲良さそうにしている、君たちの、君との親密度に、俺は、どうしようもないほどの、嫉妬心に、狩られてしまった。」


関係性が浅いと話す。

つまり、その言葉の裏を返せば、ガヴェルドはグレースという獣人を知っている様だった。


「君は、グレースの事を知っているのか?」

「・・・随分昔になる。戦争に駆り出されるより、随分昔の、子供の頃の記憶だ。その頃は、兄さんと同じ、美しい白い毛並みを、していたんだ。」

「今の君を見たら、全然そうは思えないな。」


成長過程で毛色が変わる獣人なんているものなのだろうか?

いや、この黒い毛並みはきっと違う理由で変色したものだ。


「もしかして、さっき言っていた10年前の件で?」

「ああ。この黒い毛並みは、【サハギン】を殺し続け、苗床になった民を楽にするために、首を落とし続け、浴び続けた彼らの血だ。何度、水浴びしても、落ちることはなかった。今は、戒めだと、そう思っている。我ら、王族が助けることのできなかった民の命を、忘れてはならないと・・・。」

「・・・そうか。」


王族だって万能じゃない。

救える命があれば、救えない命だって必ず存在する。


何もかもを救おうとするなんて、そんなの真面な奴がすることでも、できることでもない。

目の前にいる馬鹿は、救えた命を大事にするわけじゃなく、救えなかった命に後悔する生き方をしている。


それを戒めといって、自分を苦しめ続けている彼の黒い体毛は、単なる【呪い】でしかない。

存在しえないはずの、自らが生み出した虚構の存在に、彼は苦しめられ続けているんだ。


「それじゃあ、俺は消えるよ。人間、どうかグレース嬢を頼む・・・。」


そういって、ガヴェルドはヨスミ達の横を通り過ぎ、港町から反対の道を進んでいく。

だが、その後ろ姿はとても小さく見えた。


「・・・ガヴェルド王子殿下、それは戒めとは言えないですわ。」


そんな彼の言葉を受けて、レイラはガヴェルドの言葉を否定した。


「サハギンを殺して浴びた血ならともかく、魔物たちによって苦しめられ、苗床にされた民たちは本当にあなたの事を恨んでいたんですの?! もはや助かる術はなく、その先に待ち受けている絶望に満ちた拷問にも似た未来を断ち切るため、必死に助けに来たあなたや兵士たちに恨みつらみをぶつけたと思うんですの・・・!」

「レイラ・・・。」


レイラは我慢ならなかったようで声を上げる。


「グレース・・・!あなたはいつまで地べたでそうしているおつもりですの!いつまで悲観にくれて下を向き続けているんですの!もしかしたらあなたにはそのような姿が本当にお似合いかもしれませんわね!」

「・・・っ!」


レイラはグレースを煽る様に言葉を続ける。


「今、この場で苦しみ続けているのはグレース、あなたではありませんわ!あなたはただ、自分が見るべき真実の重さに耐えかねて逃げようとしているだけの愚か者ですわよ!あなたは船の上で決めたんじゃないんですの?見るべきモノと真正面から向き合う覚悟を決めたんじゃないんですの!?今ここで死地にガヴェルド王子を1人で向かわせるようなことがあれば、わたくしはあなたを心の底から軽蔑しますわっ!悲劇のヒロインぶってないでさっさとガヴェルド王子と向き合いなさい!このバカ猫っ!」


きっと2人のことを思って強めに、煽る様にレイラは言っているんだろう。

決して船の上で起きたグレースに対する私怨込みで、ボロックソに言っているわけではない。


そう、決してそうではないと、僕は信じたい。


(・・・あぁのアホンダラ・・・!好き放題言いたい事言っちゃってくれて・・・!しかも、反論ができないんだからなおさらむかつくんや・・・っ!あのバカレイラにも、そして自分自身にも・・・っ!)


拳を握り、ゆっくりと立ち上がる。


どうして気付けなかったのだろうか。

彼は明らかにうちの事を知っていた。


じゃなきゃあんな言動も、あんな態度もしてこない。


どうして、忘れてしまっていたのだろうか。

彼の優しさに、彼の口調に、彼の仕草に。


子供の頃、暗闇の部屋で泣いてばかりのうちを、光が差す外へ連れ出したのはガヴェルド王子殿下だ。

どうして見た目があんなにも変わってしまったというだけで、数年という月日の間会えなかったという理由だけで、どうして彼の存在に気付けなかったのか・・・。


子供の頃に見た面影があんなにも残っているのに、なぜわからなかったんだ・・・。


彼の黒い噂に流され、自分の特殊スキルに振り回された結果が今のこの状況なら・・・。

今度はうちが、彼を・・・暗い場所に閉じこもっている彼を、外に連れ出すんだ!


過去のうちを救ってくれたように、今度はうちが彼を助ける番や!


グレースはフラフラと立ち上がると、意を決したかのようにガヴェルドの元へまっすぐ駆け出した。

近づいてくるグレースの気配に気が付き、振り向くとそこにはガヴェルドに飛び込んでくるグレースの姿があった。


「ぐ、グレース嬢・・・、むっ!?」


グレースが怪我をしないように受け止めようとしたガヴェルドだったが、彼女はそのままガヴェルドの大きな口に自分の唇を重ね、そのまま押し倒す。


暫くの間、グレースはガヴェルドを抱きしめながらキスを続け、そしてゆっくりと唇を離す。


「ガヴェルド王子殿下・・・、ヴェル!うちと結婚してください!」


突然の事に理解が追い付かず、困惑するガヴェルドに追い打ちを掛ける様に求婚し、彼の思考は完全にフリーズした―――――。



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