結局、最後には愛が勝つものだ
あれから幾分か時間が経ち、ようやっと目的の漁港が見えてきた。
だが果たしてムルンコールで盗んだこの魔導戦艦なる、明らかに漁船には見えない船をあの漁港に留めてよいモノか・・・。
などと考えていた時、グレースは
「うちがいるからなんとかなるで。」
と、自信満々に言っていた。
・・・だが、果たして本当に大丈夫なのだろうか?
状況を整理してみると、彼女は王族との結婚が嫌で逃げ出した。
逃げ出した時期がわからないから何とも言えないが、もし結婚式の前日なんかに逃げ出したなんてことであればとんでもないとばっちりを食らう可能性がある。
なんなら、王族の花嫁を連れ去った誘拐犯として罪を問われる可能性が高い。
・・・果たして、本当にグレースの言うことを信じてこのままあの漁港に船を止めに行っても大丈夫なのだろうか。
「・・・やっぱり漁港に行くのはなしだ。」
「え、なんでや?」
「どうあがいても面倒なことになる未来しか見えないからだよ。グレース、今君は第2王子との婚姻から逃げ出した身であることを考えれば、このままあの港町に入った場合、僕たちは君を攫った誘拐犯に仕立て上げられる可能性がある。だから、このまま漁港には入らず、この船を隠せそうな場所に留めてステルス状態にしてから僕の転移で近くの陸地に入れば、とりあえずは面倒事を先延ばしにはできる。まあ、今のグレースを連れ歩くだけでもかなりのリスキーであるわけだが・・・」
「まさにうちは罪な女っちゅーわけやな!」
「全く持って笑えませんわ・・・。」
うんざりしているレイラはテーブルに浮かび上がる地形を眺め、最適な場所を探す。
岩陰か、それともどこか崖に隣接している洞穴でもあれば・・・。
「・・・あなた、この地形マップから得られる情報だと隠れそうな所がどこにもありませんの・・・。」
「わかった。僕の眼でこの辺りを調べてみるよ。」
「一体何をするつもりなんや?」
ヨスミは操縦室の外に出て、目の前に広がる地形を千里眼を通して見てみると、崖の裏側に海底に繋がっている洞窟のような大きな空間が広がっているのがわかった。
操縦室に戻ってきたヨスミは、
「よし、見つけた。それじゃあ移動するぞ。」
とレイラ達に告げる。
「さっきからヨスミはんは何を・・・。」
とグレースだけは一体何を言っているのか、その意味を理解していなかったが目の前に広がっていた景色が突如として代わり、薄暗い洞窟の景色へと変わったことで、転移で魔導戦艦ごと移動したことを理解した。
「・・・何度見ても凄いわ。でも、ヨスミはん。どうして崖の裏側にこんな場所があるってわかってん?前にもここに来たことがあるんか?」
「いや、ここに来たのは初めてだよ。ただ、この場所が見えたから来ただけだ。」
「見えただけって・・・」
まあ詳しく話す理由はないか。
こういった手札の内を簡単に晒して、どこからそういった情報が洩れて僕に不利益を被るかわからないからね。
それにグレースは出会って数時間しか経っていない間柄だ。
出会っていきなり信用するほど僕は他人を信用しすぎるお人よしではない。
「ここの侵入ルートは2カ所のみだ。その一か所はこの下に広がる海底洞窟。もう一つはどこかの森のような洞窟だ。位置からしてそう簡単に見つかることはないだろうから、暫くはここを隠れ蓑にするよ。」
天井に広がるヒカリゴケが薄暗い洞窟内を仄かに照らし、完全なる暗闇が広がっているわけではないことが幸いした。
「今から大体1時間後、準備を終えたらあそこの甲板に来てくれ。みんなの準備が終わり次第、先ほど告げた通り、僕の転移で地上に移動する。ひとまず解散ってことで。」
ヨスミがそう告げ、各々居住区へ続く階段を降りて行った。
それぞれの部屋に戻り、荷物の準備を進める。
ヨスミは右肩にミラを乗せ、船長室へと戻ると散らかっている荷物を整理していく。
其処へフィリオラが部屋の入口に立ち、作業を進めるヨスミに聞こえる様に開けたままの扉をノックした。
その音に振り向き、フィリオラと目が合う。
「どうした?何かあったか?」
「いえ、特に何も。一つ言うとすれば、度重なるその魔眼の使用による体への負担を治療しに、かしら。」
「いやー、僕の事をよく見ているね。」
「レイラちゃんのためなら、一切躊躇せずに全力で無理するって知っているからよ。ほら、集合時間までまだ時間があるわ。だから少し横になりなさい。」
どうあがいても、竜母のフィリオラの前では、隠し事はできそうにないようだ。
まあ、愛しのドラゴンの前でそんな後ろめたい事なんてするつもりはないけどねっ!
「はいはい、そうね。」
とベッドに横になり、その近くにフィリオラが腰掛けるとヨスミの閉じた瞼の上に手の平を当てる。
そして慣れた感じで、治癒魔法を掛ける。
何度、フィリオラの治癒魔法を受けても変わらぬ気持ち良さに抗えず、そのまま深い眠りについた。
「ヨスミはーん、うちは終わった、で・・・」
とそこへ準備を終えたのであろう、グレースが部屋の中に入ってきた。
横になりながら、フィリオラの治癒魔法を掛けられているヨスミの姿を見て、心配そうな表情を浮かべる。
「よ、ヨスミはん、治癒魔法を受けてるみたいやけど、大丈夫なん・・・?何かあったんか?」
「大丈夫だから気にしなくていいよ。そうだな、少し働き過ぎたと思ってくれれば大丈夫。」
「過労はあかんで・・・?それで死んだ奴、何人も見たからな~・・・。休んでるとこ悪いな。また改めてくるわ。」
そういってグレースは申し訳なさそうに部屋を出て行った。
「だそうよ?能力の酷使もほどほどにしないと、その内本当にヨスミの頭が弾けてしまうかもしれないんだからね?」
「あー、まあ善処するよ。」
「全然聞いてない奴ね、この返答は。」
ジトッとした目でヨスミの方を睨む。
とそこに焦ったレイラが部屋に駆け込んできた。
どうやらグレースに教えてもらったらしい。
「あなた!」
「レイラまで・・・、僕なら大丈夫だから落ち着いて・・・」
「そうよ、レイラちゃんもヨスミにもっと強く言ってくれない?私が何度注意しても聞こうとしないのよ。もしかしたら今後、ヨスミの頭が本当にはじけ・・・」
「は、弾け・・・え・・・!?」
「わーわーっ!わかったから!無理しない様に頑張るから!」
揶揄う様にレイラへそう進言し、レイラはそれを受けて恐怖で顔が強張っていく。
一瞬、フィリオラの
「・・・言い過ぎたかもっ」
とぼそりと呟いた言葉を、ヨスミは聞き逃さなかった。
そしてなぜそんなものを持っているのか、一体どこから取り出したのかわからないが、レイラの手にはロープと布が握られていた。
「・・・これであなたの手足を縛って、布で目を覆ってしまえば何もできなくなりますわ・・・。そしたら、わたくしがあなたを一生無理させないようにすることも・・・」
「ま、待てレイラ・・・落ち着け!フィリオラがさっき言ってた弾けるとかなんとかはただ大袈裟に言っただけだ!そう比喩しただけなんだ!」
「・・・そう、なんですの?」
と、レイラの瞳には明らかに正気とは思えない、どす黒い感情のような何かが宿っていた。
そんな瞳を向けられ、フィリオラは咄嗟に顔を背けてしまう。
「え、ええ!ごめんね!はじけ飛ぶことはないわ!まー、はじけ飛ぶとはいかなくても脳が焼き切れるなんてこと・・・」
「ふぃ、フィリオラ!」
「・・・あっ」
「ふーん・・・。」
じりじりと近寄ってくるレイラ。
治癒魔法を掛け続けないといけないため、フィリオラは逃げようにも逃げられない。
今すぐに掛けている治癒魔法をやめて逃げることは出来るが、現段階でこの治癒魔法を止めてしまえばヨスミの今後の状態が危ないと感じているために逃げ出すことができない。
そしてそれを伝えればヨスミはもちろん、今目の前で鬼になりかけているレイラに対して火に油を注ぐことになってしまう。
故に・・・、
「れ、レイラちゃん!」
「・・・なんですの?」
「レイラちゃんも、治癒魔法を覚えてみない・・・??そうすれば、私がもし傍にいない状況でヨスミが能力の使い過ぎで倒れた時、すぐに助けてあげられるのよ!?」
フィリオラの精いっぱいの賭けであった。
2人で一緒に治癒魔法を掛ける事が出来れば、効果も2重となるので回復効果も上がり、またヨスミの傍にいなかった状況に陥ったときの選択肢も増える。
「それに何より、私の代わりにこうして治癒魔法を掛けれれば、2人の時間ももっと増えるよー?なんて・・・」
「・・・っ!」
フィリオラの顔面まで迫ってきた般若を浮かべているレイラの表情が、その言葉を受けて満面の笑みが広がり、期待と希望に満ちた瞳を向けられた。
「それですわ・・・っ! フィー様、いえ竜母様!どうか、宜しくお願いしますですの!」
こうして、フィリオラは何とか危機を脱することに成功し、レイラに治癒魔法のやり方を伝授する。
最初こそうまくできない様子を見せてはいたが、さすが公爵家の令嬢ということもあって、あっという間に治癒魔法を完璧に習得した。
これには教えていたフィリオラでさえ驚愕するほどだった。
「・・・本来、治癒魔法は回復魔法よりもデリケートな魔法。つまり繊細な魔力操作を必要とされるために習得するまで1~2年以上は普通にかかるはずなんだけど・・・。」
「それをレイラはものの数分で会得できたと。」
「・・・愛の力ってすごいわね。」
そしてフィリオラは驚愕を通り越して呆れてしまった。
でも、心から嬉しそうに喜んでいるレイラの姿を見て、
「・・・まさに愛があるからこそ成せる御業ってことかしらね。」
と、納得したフィリオラだった。
ヨスミも、自分のためにここまで頑張れるレイラの姿にどうしようもないほどの愛おしさを噛みしめていた―――――。