彼にとって大事なもの
「暫くはここで休んでくださいまし。」
そう言いながら、ハルネの手を借りて白猫獣人の少女を一室のベッドに横たわらせる。
彼女は終始怯えた表情を浮かべたままだった。
この時、レイラは若干後悔していた。
自分がこの子を助けたいと思ったせいで、ヨスミに対して酷い言葉を聞かせてしまうことになった。
そして若干の苛立ちもあった。
彼女を助けたのは私の希望ではあったが、紛れもなくヨスミだからだ。
彼女を危険な状況から助け上げたのはヨスミだというのに、その恩を仇で返した彼女に怒りさえ湧き出てくる。
だが結局それは自分の我がままであることに変わりない。
勝手に彼女が困っていると判断し、勝手に助けたのもこちら側だ。
なのにわたくしは理不尽な怒りを彼女に抱いてしまっていることも事実・・・。
助けてくれと頼んでもいない相手に自分の理想を押し付けることは、ただの自己満足ですわね。
「わたくしたちは貴女に危害を加えるつもりはありませんわ。だから今は気持ちを落ち着かせ、また後で色々と話しましょう。もし何かあれば、扉の外にわたくしのメイドのハルネがいますので、彼女に伝えてくださいまし。」
そういってハルネと共に部屋を出る。
「ということだから、ハルネ。彼女の事を見張っておいて。」
「かしこまりました。・・・ヨスミ様なら大丈夫ですよ。」
「・・・うん。」
悲しい気持ちがこみ上げてきて、どうしようもない怒りと自分自身の不甲斐なさに目頭が少し熱くなる。
ハルネはレイラを慰めるために彼女の背中に手を置き、そっと優しく手を握ってあげる。
気持ちが落ち着いたのかレイラは先ほどとは打って変わり、きりっとした顔をする。
「それじゃあ頼みましたわ。」
レイラは階段を上っていき、操縦室に入る。
エレオノーラが心配そうな表情でレイラの傍に駆け寄ってきた。
「大丈夫なのです?」
「ええ。ヨスミ様は?」
「ヨスミ様なら竜母様と一緒にあそこにいらっしゃるのです。」
そう言いながら、正面のガラス壁に映る外の光景、先端部分の方を指さす。
そこにはヨスミとフィリオラがじっと前方で大破している海賊船の方を眺めていた。
レイラは操縦室から出てヨスミの元へ駆け出した。
ふとそこで親しげに話すフィリオラとヨスミの姿が目に映り、2人の表情を見て何故か胸がチクリと痛んだような気がした。
(今まで2人で会話していたことなんて何度もあったのに、なぜ今になっていきなり胸が痛むんですの・・・?それにフィー様もヨスミ様のことは決して恋愛感情なんかでは見ないって・・・。でもあんなにも楽し気に話している様子はどうみたって・・・。)
「・・・ん?レイラ、そこに突っ立ってどうしたんだ?・・・もしかして何かあったのか?!」
とここでレイラの姿に気が付いたヨスミが心配そうにレイラの元へと駆けつけてきた。
そんなヨスミの行動に、先ほどまでチクチクと痛んでいた胸の痛みが一瞬にして消え去り、自分の元にこうも心配そうに駆けつけて来てくれたヨスミの姿に先ほどの自分の心に湧き上がっていた嫉妬のような感情に恥ずかしく思い、結果としてそれは涙となってレイラの瞳からあふれ出した。
「う、うぅぅう・・・」
「れ、レイラ・・・!?」
「レイラちゃん!?」
ヨスミとフィリオラは、突然目の前で泣き出したレイラに慌てふためき、レイラはヨスミに抱き着く。
「ご、ごめんなさい・・・。わたくしが、彼女を助けようだなんて言わなければ・・・あなたにあんなひどい言葉を、聞かせてしまう・・・ことになるなんて・・・。」
「・・・あぁー、そういうことか!なんだ、よかったぁ・・・。」
「・・・へ?」
とここでヨスミが心底安堵したようにレイラを抱きしめてきたことに驚き、ヨスミの顔を見上げる。
「別に僕がなんて言われたって一切気にしないさ。なんだったら、君以外の誰かになんて言われたって僕の心は傷つける事なんてできないよ。だから安心して欲しい。」
「そうよ、レイラちゃん。あなたの取る行動全てが何よりもヨスミにとっては尊重されるべきことなの。その副産物としてヨスミに罵詈雑言が飛び交おうとも一切動じないと思うわよ。まー、ただレイラちゃんから罵られたりしたらダメージは入るかもしれないけどね?」
「わ、わたくしはそんなこと、しませんわ・・・っ!」グスッ
「あはは・・・。」
実際、レイラに一度だけでもいいから罵られてみたりしたいな~・・・なんて願望はないわけではない。
そんなこと言ったらドン引かれそうだから絶対に口に出しては言えないけどなっ!
「・・・ヨスミ、あなたもしかして。」
「へっ!?あ、違うからね!?」
「あ、あなた・・・?」ズビッ
まるで心の声が読まれたかのように、フィリオラに的確にヨスミの心を言い当てる。
先ほど嬉しそうに笑っていた表情とは打って変わり、ヨスミを見る瞳は呆れた表情に戻っていた。
「その・・・あなたが、の、望むなら・・・」
「い、いや・・・。やめておこう!”言霊”という言葉があるほどだ。一度口に出してしまったら、それが本当に起こってしまう可能性が生まれてしまうからね!」
「ヨスミ・・・、あなたって人は本当に・・・。」
「そ、それよりも彼女はどうしたんだ?!」
「ほぇ・・・?えと、地下の居住区域の一室で休ませておりますわ・・・。」
よし、なんとか話題を変える事には成功したな。
このまま彼女の情報を探る必要があるから、僕とフィリオラ、エレオノーラは除外だ。
僕はこの瞳で怖がられているし、ドラゴン特有の魔力の波動を感じられる獣人からしたら、フィリオラとエレオノーラを当てるのは論外。
となると、レイラとハルネに彼女と対話してもらう他ない。
でもレイラはきっと、彼女と会話する際に私情を挟む可能性もあるから・・・
「彼女の様子が落ち着いたら、ハルネにお願いしてもらってもいいか?」
「わたくしは・・・?」
「今の君の状態だと、彼女と対話する際に私情を挟む可能性があるからね。だからレイラは僕とディアネスの傍にいてもらうよ。それでいいね?」
「・・・はいっ」
と、それぞれ方向性が決まったので早速行動に移りたいわけだが・・・。
「・・・あの、レイラさん?」
「なんですの・・・?」
「そろそろ離れていただけませんか?」
「・・・いやですの。」
そう、ただいまレイラは僕に抱き着いて離れようとしない。
それどころか、先ほどのヨスミの言葉を受け、完全にヨスミの腰にセミの様に抱き着いてしまった。
「レイラさん?その抱き着き方は淑女としてどうかと思いますけど?!」
「やぁー!このままがいいですのー!」
「それじゃ、お邪魔虫な私は失礼するわね。」
「ちょ、フィリオラさん!?」
「ちゃんとレイラちゃんを慰めてあげなさいよー?ミラ、私を手伝ってくれる?」
「ぴぃーっ!」
そう言い残し、フィリオラは翼を顕現させるミラと共に大破している海賊船の方へと飛び去って行った。
残された2人はそのまま立ち尽くし、
「・・・仕方ない。」
と諦め、レイラを若干上の方に転移で移動させる。
「・・・え?!」
と支えを失ったレイラはそのまま落下するかと思った時、すぐにヨスミに形を変えて抱き抱えられることになった。
所謂お姫様抱っこというっやつである!
「こっちの方が誰かに見られた時にも大丈夫だよ?」
「~~~!!!」
どうやらこの抱き抱え方はレイラにとって恥ずかしいようで、真っ赤な顔を隠す様に両手で覆う。
その後、観念したかのようにヨスミの首に腕を回し、肩に顔を埋めた。
その姿勢のまま、ディアネスとハクアがいる船長室へと歩いていく。
「・・・あなた。」
「ん?」
「・・・大好きですわ。」
「ああ、僕もだよ。レイラの事を心から愛してる。」
「~・・・!!」
誰も居ない甲板の上をレイラに振動を与えぬ様にゆっくりと歩き続け、2人だけの甘い時間を堪能する。
転移で移動せず、わざわざ歩いて向かうということは、ヨスミも今のこの時間を大切にしたいという意思表示の表れだとわかり、レイラはぎゅうっとヨスミを抱きしめる。
それから船長室の前まで時間を掛けてやってくると扉を開けずにここで初めて転移して中に入る。
中では大きなベッドの上でハクアとディアネスが仲睦まじい様子で眠りについていた。
レイラはヨスミの肩をトントンと叩き、下ろしてほしいと意思表示する。
それが伝わったのか、ヨスミは優しくレイラを下ろすと二人で手を繋いで眠る姫たちの元へと歩いていく。
ヨスミはハクア側に、レイラはディアネス側で横になると互いに視線を交わし合った後、ハクアとディアネスを優しく見守っていたが、気が付けばヨスミとレイラの意識もディアネスたちの寝顔に釣られるように目を瞑り、夢の中へと誘われた。
きっと、それぞれ幸せな夢を見ているのだろう。
その場で眠る誰もが、その顔に浮かぶ表情がとても幸せそうな笑みを浮かべていたのだから―――――。