彼女の思い
遠くの方で起きている大きな魔力爆発を眺めていると、非難させた小型船から何事かと外に顔を出し、外で起きている出来事に茫然としていた。
だが、よくよく見ると中型船2隻からバリアのようなものが張られており、直撃は免れていたようだった。
「ほー・・・。まあ、さすがにそういった対策はしているわけか。」
ただやはり無傷とはいかなかったようで、魔力爆発の余波に巻き込まれた小型船6隻全てが大破し、バリアを張っていた中型船も至る所が燃え上がっている。
海賊船の先端に取り付けられている何らかの魔物の骨の先から砲台のようなものが突出してきた。
狙いはどうやらバハムンドのようで、先ほど放った砲撃のために隠密機能は停止してしまい、彼らに見つかっている様だった。
その存在はもちろん、下にいる小型船に乗っていた白猫の獣人である彼女にも知られているようで、
「な、なんなんやこのでっかい船・・・!?」
明らかに関西弁のような訛りのある声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとー!?この船の乗員さん、いるんやろ?返事をしたってや!」
「待ってくれ。今それどころじゃない。」
「いやいや、あの海賊たちこっちに攻撃しようとしとるやあれへんか! このままだとウチの船も巻き込まれてしまう!そっちに乗り移らしてもらえまへん?」
「・・・その船に荷物とかは?」
「急いで逃げてきたからこの身一つだけやけど、なんでそんなんを聞くんですか?」
「なんでって、こうするからだよ。」
と彼女をヨスミのいるデッキの甲板へと転移で移動させる。
未だに見上げたままの姿勢だったが、視界が一瞬にして変わったことで目を何度かパチクりと瞬きをした後、ゆっくりと周囲を見渡し、自分が一瞬にしてこの甲板に移動していることを理解するのに数秒掛かってしまった。
「い、一体・・・何が起きたんですかこれぇ・・・!?」
急にわなわなと震え始めたと思ったらデッキの先にいるヨスミの姿を見つけ、駆け寄ってきた。
「これあんたがやったんですか?! 一体何をどないして・・・ひっ!?ま、魔王の瞳・・・!?」
と声を掛け、振り向いたヨスミの赤い瞳を見て腰を抜かしてしまったのかその場に座り込み、酷く怯えた表情を浮かべていた。
あー、そういや【赤い瞳】って【魔王の瞳】と同じだからこの世界では忌み嫌われているんだっけ?
つまり、一般的な反応としては目の前の彼女の反応が普通なのだろう。
今まで出会ってきた人に恵まれたんだな・・・。
とここで海賊船のチャージが終わったようで頭蓋骨の目が光ると同時に砲台から高密度に圧縮された魔力が込められている砲弾が発射される。
狙いも正確で、バハムンドの操縦室へ向けて飛んでいく。
だがその砲弾はこの船に近づく直前で突如として消失し、直後、海賊船の真上にその砲弾が現れ、これには海賊船たちも予想外だったようで左右の中型船のバリアも間に合わず、大型船のど真ん中に直撃した。
直後、船の中腹から大きな爆発と共に真っ二つに割れ、その余暇に左右の中型船も巻き込まれたようで、側面が大きくはじけ飛びながら空いた穴に海水が流れ込み、ゆっくりと沈んでいく。
海賊船の方では炎と悲鳴が絶え間なく上がり、やがて何かに引火したようで大型船が今まで以上の大きな爆発を起こし、周囲を統べて吹き飛ばしていく。
その爆風がヨスミ達のいるところにまで到達し、彼女は爆風に大きく吹き飛ばされてしまう。
痛む体を起こし、頭を打ったのか朦朧とする意識の中、顔を持ち上げると何事もなかったかのようにその光景を見続け、やがてこちらを振り向いた時に彼の赤い瞳と目が合った。
「ば、化け物や・・・。」
立ち上がって逃げ出そうとするが足に力が入らず、腕だけで必死に這いつくばって逃げ出そうとしていた。
そこにレイラ達が様子を見にやってきたが、そんな獣人の様子を見て駆け寄ってきた。
「あなたー!これは一体・・・」
「ああ、どうやらこの瞳に当てられたらしい。確かユリアと話していた時にわかったけど、赤い瞳は【魔王の瞳】とかなんとかで忌み嫌われているんだったか?多分それのせいだと思う。だからレイラとハルネは一応彼女を連れて地下の部屋に閉じ込めておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「あ、あなた・・・」
「・・・僕なら大丈夫だよ。今は彼女を頼む。」
レイラは最後まで心配そうに見ていたが、ヨスミの指示を受けて彼女を連れてこの場を去っていった。
この赤い瞳を見た者の反応が彼女のようなものだった場合、ユリアが己の見た目を隠しながら必死に隠れ住んでいた理由も納得できる。
もし隠れ住んでいるところでバレたりでもすれば住民たちに捕まって殺されたり、何らかの生贄にされたり、人柱にされたりするんだろう。
そんな世界でユリアは必死に生きてきて、最終的には実力主義のヴァレンタイン家に入った。
見た目も、経歴も、種族でさえ関係なく、純粋なる強さだけを求めるヴァレンタイン家はユリアにとって最高の居場所になってくれるだろう。
家に帰ったら可愛い妹をたっぷり甘やかしてやらんと。
「海賊船の方は・・・、生き残ってる奴はいないな。」
一応、海賊船内を千里眼で確認した際は、他の生存者や奴隷のような存在は確認できなかった。
これといった変わった物も積んでなかったし、躊躇なくあの砲撃を転移で返してあげたんだが・・・。
「さすがにやりすぎ・・・ではなさそうだな。まあ、海賊だし。」
「ぴぃ~。」
「おお、ミラか。お疲れさんだ。」
魔力を注ぎ終えたであろうミラが遠くから飛んできてヨスミの肩に留まる。
労いも込めて人差し指でミラの腹部を優しく撫でて揚げる。
「一応、私も頑張ったんだけど。」
「フィリオラもお疲れ様。調子はどうだ?」
「私はそれほど疲れていないわ。でもさすがリュウスズメね。注いでいた魔力だって、殆どミラの魔力だったし。」
「ぴぃ~っ!」
まるでどや顔でもしているかのようにきりっとしている。
「そうかそうか~!よしよし~!」
「ぴぃ~・・・っ!」
気持ち良さそうに撫でられるミラは力が抜けたのか、ヨスミの手の平に落っこちてきた。
そのままわしゃわしゃと体全体をモフモフする。
「ああ、手の平が幸せだぁ~・・・。」
「ぴぃ~・・・」
とモフモフしている最中、フィリオラはヨスミの横に並び立つように傍まで寄ると、遠くの方で黒い煙を上げながら燃え盛る海賊船を見る。
「あんなのがこの船に直撃していたら、この船であってもただではすまなかったでしょうね。」
「そうだろうな。あんな攻撃が出来ることと、海賊船としての規模からしてきっとこの海域では有名な海賊だったんだろう。もしかしたら指名手配とかもされてたりするかもな。」
「・・・そうね。あの海賊はかなり有名なところだったわ。それこそ、獣帝国が所有する海軍を持ってしても、ね。」
「知ってるって事か。本当に物知りなんだな。もしかしてこの世界について何でも知ってるとか?」
「・・・その返答は【いいえ】よ。」
フィリオラは視線を一切動かさず、ただ燃え上がる海賊船を見つめながら答える。
その横顔はどこか儚く、切なさがにじみ出ていた。
「どこか含みのある答えだな。知らないことも存在すると。」
「ええ。私はこの世界の神なんて存在じゃないもの。知らない事だってあるわ。だから私はヨスミとの旅を通じて、私の唯一知らない事を覚え、感じているのよ。」
「???」
「まあ、わからなくていいわ。・・・これだけは覚えておいて。あの日、あなたを保護したその時から、ヨスミは私の庇護下にいること。そしてどんなことがあっても私はヨスミを絶対に裏切らないし、ヨスミの味方でい続けることを、どうか忘れないで。」
いつにもなく真剣な顔でフィリオラはそう告げる。
どうやら先ほどの彼女とのやり取りを見られていたようで、フィリオラは慰めてくれているみたいだ。
彼女がそう告げる言葉の一つ一つが、慎重に選んで言っているかのように感じられた。
別に僕は化け物呼ばわりされて落ち込んでいるわけではないんだけどね・・・。
「・・・ありがとう。ちなみに僕がどんな選択をすることになっても、か?」
「ええ。絶対にあなたを見捨てないわ。なんならこの命に誓ってあなたに契約することもできるけど?」
「いやいや、そこまでしなくていいから!」
フィリオラの胸倉でも掴もうとする勢いにヨスミはたじろぐ。
「まあ、ドラゴンの母と称される君にそう言ってもらえて光栄だよ。でもどうしてそこまでして僕の事を?」
「言ったでしょ?ヨスミは私の庇護下に入ったって。そんな子を全力で守ることに理由なんて必要ないわ。」
「そういう、ものか?」
「そういうものよ、竜母なんて立場にいる私にとってはね。」
そういってにこやかに笑う。
その時初めて、フィリオラの笑顔を見たような気がした。
今までは呆れられたような表情や怒ったような表情ばかり見てきた。
故に、僕は油断してしまったようだ。
「・・・やっぱり笑った表情は綺麗だと思っていたんだ。想像通りだ。」
と無意識にフィリオラの頭を撫でてしまった。
あっ!と自分がやらかした行動に手を引っ込めてしまったが、フィリオラは顔を真っ赤にし、目を潤ませていた。
撫でられた頭をまるでその感覚を確かめる様に触れると、そのまま俯く。
「・・・そっか、これが・・・」
と一人でにボソボソと誰にも聞こえないようにつぶやいた後、
「安心なさい、ヨスミ。竜母であるこの私があなたの事を守ってあげるわ!」
そう高らかに宣言し、今まで以上にないほどの満面の笑みを浮かべる。
その表情にどこか胸を打たれるような感覚に陥る。
誰が見てもフィリオラのその笑顔を見れば、見惚れてしまうほどの破壊力はあった。
だが、ヨスミの心を満たすそれは恋愛などの欲情したものではなく、子を慈しむような温かさのあるものだった。
混乱しているヨスミを余所に、フィリオラはどこか嬉しそうにヨスミとの距離を縮める。
「いつでも頼りなさいよ、ヨスミ?」
「あ、ああ・・・。」
そしてヨスミは結論付けた。
自分がそう感じるのは、相手がドラゴンであるからだと。
ドラゴンであれば、誰であろうが我が子であると。
「フィリオラに対して父性を抱くとは・・・。全く、自分のドラゴン愛がこれほどとはな・・・。」
「まさに親バカならぬ、ドラゴン馬鹿だと思うけどね?」
なんてフィリオラから冗談めいたことを言われる始末である。
もう、この世界中のドラゴンは自分の子供認定で良いんじゃないかと、そんな馬鹿げた発想までしだすヨスミを余所に、フィリオラはそんなヨスミの苦笑する横顔を愛おしそうに眺めていた。
そんなフィリオラの視線を、この時はヨスミも気づくことはなかった―――――。