ムルンコールからの脱出
「いやあ、連絡ありがとう、ヘイル。おかげでこんな上玉の竜人を手に入れることができるわけだからねえ・・・!アヒャヒャヒャヒャ!!」
余りにも醜い笑い方をする彼にフィリオラは軽く引いていた。
彼はゆっくりとフィリオラに近づくと、フィリオラの顎を掴み、まるで見定めるかのように舌なめずりをする。
「・・・ねえ、その手離してくれない?それにそんな下品な視線を向けるのもやめてもらいたいんだけど。じゃなきゃ私、あんたらに対して正当防衛をする他なくなるから。」
「いやですねえ。こうして商品のチェックをするのは当然じゃないですかあ?アヒャヒャヒャヒャ・・・」
「ヨスミを気絶させておいてよかったわ、本当に。一応、警告したからね。」
そういうと、彼の手を軽くはたき落とし、再度竜の腕をその腕に顕現させ、彼の顔面を思いっきり殴る。
「ひゅあっ?!」
と声にならない音が彼の口から零れ、そのまま組員たちを巻き込みながら吹き飛ばされた。
手を払う様にパッパと叩くと、左手を腰に手を当てる。
「それで?次は誰が相手になる?いつでもかかってきなさいよ。」
右手を前に突き出し、挑発するかのように指先でクイクイと招き、拳を強く握る。
その挑発を受け、幾人かの組員たちがその挑発を受けてフィリオラへと殴りかかってきた。
だがそれら全てを寸での所で避け様に、反撃として急所に竜拳を叩き込んでいく。
8人ほど軽くのした後、他の組員たちはあっという間に倒された仲間の姿に怖気づいてしまったのか、中々動き出せずにいる様子だった。
「ぁにしてるんだ・・・、ぁっぁとやえぇ・・・っ!」
殴られ、顔の一部が変形したハイエナの獣人が仲間たちに命令を下す。
その命令を受け、組員たちは一斉にフィリオラへと襲い掛かる。
「さすがに数が多いわね・・・。面倒だけど、仕方がない。」
両腕が口の様に裂け、開いた内側から高密度に圧縮された炎を吐き出す様に組員たちへ放射した。
彼らに伸びていく白桃色の火炎放射が、次々と組員たちを飲み込んでいく。
彼らの体毛を一瞬にして燃やし尽くし、燃える物が無くなった炎は次に彼らの皮膚を燃やし、その次は筋肉を燃やし、血管を燃やし、骨を燃やし尽くす。
そして完全に塵と化したそれは、風に吹かれて宙へ舞っていった。
そんな強い幻覚に似た痛みを彼らは体験し、次々と白目を向いて倒れていく。
「ぎゃぁぁぁああああああああぁぁああ!?」
「お、ぉい・・・、どうぃたんだぉ・・・!?」
「やめろぉ・・・肉が、骨が、俺が燃えて、塵にぃぃ・・・・」
「何が・・・!?」
「まあ、全身が焼け焦がされ、毛や皮膚、筋肉とかそういったモノが焼け落ち、残された骨も塵になっていく。そんな幻覚でも見てるんでしょ。これは精神を焼く炎だからね。実際に肉体的なダメージよりも強力なダメージを与えられるのよ。」
「ちぃ・・・っ!てぇえら・・・!」
とそこで衛兵たちが申し訳なさそうに、でもどこか醜い笑みを浮かべてフィリオラを捕まえようとしていた。
先ほどまで共に尋問していたヘイルと呼ばれた犬獣人の姿もあった。
「・・・本当にヨスミを気絶させておいてよかったわ。」
再度、そう呟き、避けていた腕口を閉じると、竜の腕を再度顕現させ、襲い掛かってくる衛兵たちを次々と殴り伏せていく。
背後からは生き残りの組員たちまでもがフィリオラへと襲い掛かろうとしていたが、悲痛な表情を浮かべて気絶している仲間たちを見て、恐怖で足がすくんでいる様だった。
だがそれでもハイエナの獣人に威圧され、震える足に鞭を打って駆け出し、フィリオラに襲い掛かる。
フィリオラは後ろに目が突いているとでも言わんばかりに背後からの攻撃でさえ全て読み切って躱し、強烈な回し蹴りを繰り出し、数人を一度に伸す。
「本当にこの町の治安は酷いものね。これだとレイラちゃんたちの身も危ないかしら?」
と、その場から一気に跳躍し、翼を顕現させて空中で制止した後、レイラ達のいる宿屋の方へ向けて一気に飛行していった。
ものの数秒で目的地に着き、周囲を警戒する。
そのまま宿屋の建物内に入り、レイラたちのいる階へと戻ると、そこには警戒のために扉前で立っているハルネの姿が見えた。
フィリオラたちに気が付いたハルネが警戒を解き、一安心するかのように胸を撫で下ろす。
「フィリオラ様、ご無事でしたか。・・・ヨスミ様に一体何があったんですか?」
「いや、ヨスミは何も悪くないわ。ただこうでもしないとこの町の住民全員を殺しかねない案件が発生しちゃってね。やむを得なくよ。」
「本当にヨスミ様に一体何があったんですか・・・!?」
そんなハルネの言葉を遮り、部屋の中に入ると、突然入ってきた者らに吃驚して警戒するも、それがフィリオラだと分かり、軽く息を吐いた。
「フィー様でしたの。それで、一体・・・あなた!?」
「ちょっとヨスミを御願いね。」
幸せそうな表情を浮かべて気絶しているヨスミに困惑しながらも受け取り、ベッドに寝かせる。
フィリオラは簡潔に今の状況をレイラたちに話すと、レイラは不愉快な表情を思い浮かべた。
「・・・ムルンコールはこんなにも治安が悪かったなんて話、聞いたことがありませんわ。」
「そういった情報が漏れないように表面では徹底してたんでしょ。領主でさえ言いなりなんて言ってたからね。町で起きたいざこざは大体握りつぶされてたんでしょ。」
「どこの国でも同じように腐っている連中はいるんですね。」
「でも、これからどうするの?船をここで調達しようにも、全て奴らの手中よ。」
「そうですわね・・・。文字通り、船の一隻を奪っていくのも一つの手段ですわ。ただ、そうなると本国に上陸した際に不法侵入として捕まる危険性もありますわね。」
「ならもう方法は一つしかないだろう。」
「あなた、起きましたの?」
と、ここでヨスミが起きたのか、フィリオラたちの会話に混ざってきた。
実際問題、この町全体が闇組織に支配されているならこれといった正攻法はほとんど通じないだろう。
この町の現状を憂いた誰かが立ちあがり、レジスタンスみたいな組織でも居ない限りはこの町に未来は存在しえない。
ただひたすらに闇組織に搾取され続け、悪行に手を染め、そして国からの討伐体が送られて滅ぶ。
そんな展開が簡単に予想できる。
「この町の闇組織をまとめ上げたボスとその幹部全員を殺して見せしめとして広場にその首を飾り付けでもすれば効果覿面だとは思わないか?」
「さすがにその方法はダメですわ。色々とダメです。」
「でも、彼らをなんとかしないと私や竜母様が狙われ続けるのです・・・。」
「話し合いでもできればいいんだけどな。」
実際、千里眼と転移を使えばあっという間にその計画を実行に移すことは出来る。
千里眼でこのムルンコール全体を視た後、【灰かぶりの無法者】の拠点を探し、見つけたら転移窓を開いて奴の姿を視認した後、頭だけ町の広場に転移で送り届ければいい。
「あなた。だめですからね?」
「・・・わかった。それで他に作戦は?」
「結局、船を一つ奪って逃げることにしたわ。だから急いで準備してここから逃げるのよ。極力戦闘は行わず、速やかに行動に移すべし、ってことで。」
「・・・そうか。なら早く準備してくれ。すでにこの港町全体はすでに視認してる。もちろん、どの船がいいのかについてもこの目で確認済みだ。準備が出来次第、僕の転移でその船に移動する。」
そういって、フィリオラたちは自分たちの部屋へと戻っていった。
一応、ヨスミも自分の部屋に戻ろうとした時、レイラがそっとヨスミの服を摘まんでいた。
「どうした?」
「その、ごめんなさい・・・。あなたにはこれ以上、その手を血で染めてほしくなかったんですの。だからわたくしの我がままを通す形となってしまって・・・ごめんなさいですわ。」
「別にレイラのせいじゃない。その気持ち、とても嬉しいよ・・・。ありがとう。」
「あなた・・・」
「・・・レイラお嬢様、ヨスミ様。イチャイチャするのはまた後にお願い致します。今は一刻を争う状況ですので。」
レイラとヨスミは互いにハルネへと謝罪し、今度こそヨスミは自分の部屋に戻って荷物の支度をする。
まあ、纏める荷物も少ないので短い時間で済んだわけなのだが。
転移で再度レイラ達の部屋に戻ると、彼女らは着替えの真っ最中だった。
「あ、ごめんっ!」
と言い残してまた一瞬にして自室に戻り、見てしまったレイラの下着姿が脳裏に焼き付いて離れず、壁にもたれかかるように座り込み、気持ちを抑える。
レイラたちの部屋からは悲鳴こそ上がってはいないようだったが、次に会った時は頬を差し出して殴られた方が彼女らの行き場のない怒りも抑えられるはずだ・・・。
そして次からは転移じゃなくて、扉を開けて部屋に入る様にしよう。
でも、転移で誰にも知られずに部屋に移動することで相手の不意を突くことも出来るから、場合によっては致し方ない・・・よな?
と自分に言い聞かせ、とりあえず自室を出てレイラたちの部屋に向かおうとした時、廊下の向こう側で首にハイエナの刺青が入った獣人たちと目が合った。
「あっ」
「あっ」
すまない、レイラ。
君の思いを、気遣いを、無駄にしてしまうことになりそうだ・・・。