精霊の愛しさを、僕は理解しているつもりだ。
「よし、そろそろエラウト樹海に入ろう。これ以上、ここで足止めを喰らうわけにはいかない。」
ヨスミ達一行は未だエラウト樹海を前にして行動できずにいた。
その理由として、渋々帰ったはずのリュウスズメが事あるごとに戻ってきてはヨスミに群がり、そのモコモコの海に沈めてしまうためだ。
現に今もヨスミはリュウスズメに埋もれていた。
「その足止めになっている原因はヨスミ、あんたにあることを忘れちゃダメよ?」
「・・・このモフモフがいけないんだぁ。このモフモフに抱かれてみろ・・・絶対誰もが尊死するからさぁ・・・」
あれから何度もリュウスズメのモフモフによって尊死を何度も迎えた結果、ようやっとそのモフモフに体勢を得たのか、数十分は冷静さを保てるようになっていた。
「無駄に説得力高いからやめなさいよ。ほら、あんたたちも自分の巣に戻りなさい。ヨスミの傍が居心地良いのはわかるけど、これじゃあヨスミを困らせることになるわよ?それでもいいの?」
「「「ぴっ!?」」」
全てのリュウスズメが、”ヨスミが困る”という単語を受け、すごく悲しそうな表情を浮かべ、潤んだ瞳を一斉に向ける。
「ああ、僕は全然迷惑に思ってないから、そんな顔はしないでくれ・・・。」
「「「ぴぃっ!」」」
「あぁー!だから甘やかさないで!!」
「し、仕方ないだろう・・・。」
こんな調子が小1時間ほど続いているのである。
そしてもう一つ。
「ああ、リュウスズメちゃんったらくすぐったいですわ・・・っ」
「確かにこれは癖になりますね・・・。」
「あ~ぅ~・・・」
最初はあんなにも警戒していたレイラたちだったが、1日も経てば慣れてしまうわけで。
そしてヨスミの番だと理解してからは、特にレイラには信頼を寄せるようになっていた。
それからハルネにも続いて警戒しなくなり、今ではすっかりヨスミと同じようにモフモフに埋もれる仲間になっていた。
ディアネスには元々警戒はしていなかったが、どこか恐れ多いみたいな反応を示してはいたがまあ以下同文である。
結果として、フィリオラとエレオノーラ以外の仲間はもれなくリュウスズメに埋もれるようになった。
「だが、確かにこのままここで足止めをされるのはダメだな。すまない、リュウスズメたちよ。どうか僕たちを先に進ませてくれなぁぁぁああ・・・・」
「ちょっとヨスミ!大事なところで理性を失わないで!最後まできちんと言いなさいよ!」
「ふわぁぁぁぁ・・・・」
とうとう保てていた理性が崩壊したのか、リュウスズメのモフモフに再度脳がやられ、無事尊死を迎える羽目となった。
「ぴ、ぴぃっ!」
とここでミラが突然声を上げる。
リュウスズメたちは一斉にミラの方を見やる。
その姿はまるで威嚇しているようにも見えた。
ミラもどこか焦ったような様子で委縮している感じではあったが、
「ぴぃっ!ぴーっ!!」
と再度鳴き、リュウスズメたちは互いに顔を見合わせた後、ヨスミ達から離れていく。
「ミラ、ありがとう・・・。ごめんね、怖かったでしょうに。」
「ぴぃ・・・。」
フィリオラが申し訳なさそうにミラに謝る姿に、ヨスミはそんな様子を見て腑抜けていた状態から我に返り、何かを察したようだった。
「ミラ、おいで。」
「ぴっ?」
ミラを手招いて、自分の手に乗せると優しく指で包み込む。
空いている手で頭から背中、腹部辺りを交互に指先で優しくなぞる様に撫でながらそっと微笑む。
「ありがとう、ミラ。君が勇気を出してくれたおかげで僕たちは先に進めそうだ。」
「ぴ、ぴぃ・・・っ!」
きっと、この子はその見た目も相まって他の子たちから仲間外れにでもされていたのだろう。
群れとしても、1つだけ異質な存在がいればどういう風に扱えばいいのかわからず、結果的に排他的な行動に出てしまうのは仕方がないことでもある。
それなのに、ヨスミを助けるために勇気を振り絞って彼らに立ち退くようお願いしたのだ。
とてつもないほどの勇気が必要であったに違いない。
現にミラは嬉しそうに鳴いてはいたが、小さく小刻みに震えている。
その勇気を、無駄にするわけにはいかない。
「あの子等が戻ってこないうちにさっさと進みましょ!」
「そうだな。さっさと抜けて、その先にあるとされている獣人たちの町に行こう。」
「あんな数のリュウスズメたちが棲んでいるみたいですし、危険な魔物はいないはずですわ。でも気を緩めず、注意していきましょう!」
「はい、レイラお嬢様。」
「とてもすごい数のリュウスズメたちだったのです・・・。」
そして一行は2日目になってようやくエラウト樹海へと入っていった。
「・・・本当になんもない。」
ゴブリンでも居るかと思っていたがそんな魔物たちさえおらず、そもそも魔物事態この森には一匹もいないようだった。
だが、魔物ではなく精霊たちの姿が至る所に存在していた。
このエラウト樹海は魔物がいない影響で、代わりに精霊たちの住処になっているのだろう。
様々な精霊たちが闊歩しており、その光景はまさに神秘的なものだった。
「・・・本来、精霊たちがここまで姿を見せることはないはずなんだけど。」
「まるで、精霊たちに見られているようですわ・・・。」
「わぁ~・・・、綺麗なのです・・・。」
フィリオラたちは警戒しながらも、敵意を向けず、ただただそこに存在する精霊たちに困惑するばかりだった。
ただヨスミだけは精霊たちに見向きもせず、ミラとハクアを交互に撫でまわしたり、構ったりして樹海を進んでいた。
「ヨスミ様はやはりドラゴンにしか興味がないのですか?」
そんなヨスミの姿を見て、ハルネはそっと問いかける。
「ん?そんなことないよ。でも今はハクアとミラが傍にいるからね。この子等を無視して精霊たちに目移りしたら可哀想だろ?」
「・・・そうですか。」
そんなヨスミの後姿を見て、フィリオラは小さくため息を吐く。
確かにヨスミはドラゴンに対して無上の愛を注いでくれる。
だが、彼自身も気づいていないのだろう。
その愛はドラゴンだけではなく、精霊のような存在にも向けられているという事を。
そして、その愛を精霊たちも感じ取っているようで、今ここに来ている精霊たちはヨスミのことに興味津々であることを。
彼が語ってくれた妹の愛奈という存在。
彼女の意志を、ヨスミは無意識に引き継いでいるのだろう。
竜と妖精は運命共同体である、と。
故に竜だけでなく、妖精の一種である精霊にも愛を注いでいることを。
以前戦った竜樹根は、見た目こそドラゴンそのものではあるが、結局は魔樹の特異個体なのだ。
そして魔樹は樹木に宿った精霊が魔物化した存在。
つまり、竜樹根は精霊に分類される。
そのことはきっとヨスミも気づいている。
それでも彼は竜樹根という魔物の誕生を祝福してくれていたのだ。
そして竜樹根のために怒り、嘆き、そして慈悲を示していた。
また大聖樹から生まれた大聖樹王虎も精霊と同じような存在だ。
だが魔物化し、異変の際には殺すしか手がほぼほぼなかった状況でも決して諦めず、その命を救おうとさえした。
魔物であれば問答無用で、容赦なく殺す、あのヨスミが精霊というだけでその命を尊び、守ろうとしていた。
今までドラゴンに対してあんなにも狂ったように愛を捧げ、ドラゴンにしか目を向けないあの竜狂いが、精霊に対してもドラゴンと同じ容易に慈悲を掛けることに違和感を感じていた。
その理由が判明したわけだが・・・。
「アイナ、か。一度、会ってみたかったわね。」
「ん?何か言ったか?」
「いーえ。ヨスミは本当にドラゴンしか興味がないんだなーって思ってね。」
「ドラゴンは尊い存在だからな!」
・・・ヨスミ、あなたは気づいているのかしら。
精霊たちがあなたを見る目の暖かさを。
そしてふと目線を外した時に、精霊たちに向ける瞳がとても優しい事に。
床を這う精霊たちを蹴ったり踏まないようにして慎重に進んでいることに。
とても小さな精霊たちがヨスミにまとわりついていても、決してそれを邪険に扱おうとしないあなたの態度に。
そして、一部の上位精霊たちがヨスミの封じられた右目から感じられる憎悪と嘆きを感じて胸を痛め、その内に広がる闇に怒りを向けていることに。
「あなた。」
「ん、どうした?」
何かを察したのか、レイラはヨスミの傍までやってくるとそっと左腕に自らの腕を絡ませるように腕を抱くレイラ。
暖かな、そして柔らかな感触が腕を通じてダイレクトに伝わっているのか、ヨスミの表情が若干赤くなっていることに、彼自身は気づいていない。
「えへへ、ただこうしたくて。だめですの?」
「そんなことないよ。一緒に歩こう。」
「はいですわっ」
『一緒に歩くのー!』
「ぴっ!」
ハクアは左肩に移動すると、自分の尻尾を伸ばして体を寄せてきたレイラとヨスミをひとまとめにするように絡めると、両翼を広げて2人の肩を抱き寄せる。
まるで、その姿は親子さながら。
突然の事に戸惑いながらも、恥じらいながらも密着するレイラに愛しさを感じ、嬉しそうにはしゃぐハクアの喜びを感じ、楽しそうに歌うミラの歌を聞きながらエラウト樹海を仲間たちと共に進んでいく。
その道筋を精霊たちが示しているかのように、一切の迷いもなく、たったの2時間程度でエラウト樹海を抜けることができた。
前方には大きな港町が見え、海が広がって見えた。
ヨスミはエラウト樹海の方を振り返ると、精霊たちが手を振っているように見えた。
そんな彼らの姿に自然と笑みがこぼれ、安全に送り届けてくれた礼も兼ねて手を振る。
それを見届けた精霊たちは一斉に森の中へと戻っていった。
「どうやらドラゴンたちだけじゃなく、精霊たちにも好かれているんですのね。」
「どうやらそうみたいだ・・・。まあ、僕はドラゴンが傍にいてくれたらそれでいいわけだが。」
「うふふ、あなたらしいですわ。」
「・・・まあ、精霊たちにも気は使っているよ。僕の唯一の理解者が残してくれた形見の1つだからね。」
そう言いながら、どこか遠い所を見ていた。
そんなヨスミの姿を見て、レイラは抱きしめていたヨスミの左腕に力を込める。
「ヨスミ~!レイラちゃーん!どうしたのー?」
と先に進んでいたフィリオラたちが立ち止まり、ヨスミの方に呼びかけていた。
「ああ、すまない!今いくよー! それじゃあ、いこうか。」
「・・・ええ、いきましょう!」
『いこー!』
「ぴぃー!」
そしてまた2人と2匹は歩き出す。
道の先に待っているであろう、仲間たちの元へ向かうために・・・―――――。