人間の醜さをどうして誰も理解してくれないのだろうか。
結局あれからもう一日経過し、フィリオラの説得によって渋々リュウスズメたちは自分たちの住処へと帰っていった。
ただその内の一羽、他のリュウスズメたちとは違い、白と茶色ではなく、全身が鮮やかな藍色の体毛を持った個体だけはヨスミから決して離れようとはしなかった。
「その子、恐ろしく頑固よ。私が何を言っても聞こうとしないわ・・・。」
「僕は構わないよ。そうか、僕と一緒に居たいのかい?」
「ぴぃーっ!」
「そうかそうか。よしよし・・・」
腹部辺りを人差し指でコシコシと撫でてやると、とても嬉しそうにヨスミの頬に自分の体を擦り付けてくる。
その感触が余りにも心地が良く、またその子の思いが嬉しくなり、ヨスミは釣られて笑顔を浮かべる。
「なあ、フィリオラ。この子に名前はあるのか?」
「ないみたいよ。せっかくだし、この子に名前でも上げたら?」
「ぴぃっ!? ぴぃーっ!ぴぃーっ!」
名前を付けるという話が聞こえた途端、先ほどよりも嬉しそうにヨスミにすり寄ってくる。
そしてつぶらな小さな瞳をヨスミに向け、今か今かと名付けられるのを待った。
「んー、そうだな。・・・ミラ。この名前に込められた意味に愛しさや可愛らしさって意味合いがあると聞いたことがある。」
「ミラ・・・、文字通りとても可愛らしい名前ね。」
「ぴぃ・・・ぴぃい・・・っ!」
初めて名付けられたことと、その名に込められた意味にミラと名付けられたリュウスズメはあまりの嬉しさに気が付けばその小さな目からは考えられないほどの大きな涙粒を流していた。
零れた涙は羽毛に弾かれ、ヨスミの肩へと落ちていく。
「お、おいおい、ミラ・・・。泣いているのかい?よしよし・・・」
「ぴぃー・・・ぴぃー・・・!」
「名付けられただけでこんなにも嬉しがるものなのか?」
「・・・そうね。どの魔物にも名前なんてないようなものだから。まあ、あってもなくても同じようなモノだけど、ヨスミに名付けられたことがこの子にとってとても特別な意味があるのよ。」
「僕に名付けられたことで?」
「ヨスミは特別だからね。」
フィリオラの言った言葉の意味を理解できずにいたが、ミラはその嬉しさを爆発させたみたいで、ヨスミの肩から飛び上がり、その頭上を円を描くように全力で飛んでいた。
その感情が魔力としてミラの体からあふれ出し、周囲の魔素に混ざってその場にいた者たちにも伝播していく。
「これは・・・」
「珍しいわね。リュウスズメの持つ力の1つ。<幸せの波動>よ。本来なら召喚者の召喚獣として呼び出されて契約し、従者への信頼度が上限値を超越した時に初めて発現する特殊スキルよ。効果としては周囲の仲間の士気と恐怖耐性を上げるだけのものね。士気が上がった仲間の性能は4割増しになるから馬鹿にならないのよね・・・。」
「どれほど僕の事を慕ってくれているのやら・・・。僕としてもとても光栄なことだ。」
「これは、すごいですわ・・・。」
<幸せの波動>を受けたレイラたちはその効果を感じているように自らの手を握ったりしている。
『どうしたの・・・あれ?なんかすごく気持ちが嬉しくなるのー!』
「空を飛んでいても感じられたよ!すごいねこれ!」
「ぴぃーっ!」
頭上を飛び回るミラのことが気になるようで、空を飛んでいたルーフェルースとハクアが地上に降りてきた。
『君の力なのー?すごいの!心地いいのー!私はハクアなの、君の名前は?』
「ぴぃー、ぴぃー!」
『ミラなの!よろしくなのー!』
「よろしくね!僕はルーフェルースだよ!」
互いに自己紹介を終えたミラたちは一緒になってあの青空へと飛び立っていった。
その後ろ姿を地上で見送り、ヨスミは嬉しそうに飛び回るミラの姿を見てふと脳裏にとある光景が過った。
「竜というよりも妖精みたいだ。ミラは愛奈がとても好きそうだな・・・。」
無意識に口から言葉が出た。
その言葉が聞こえたようで、レイラはヨスミに尋ねる。
「アイ、ナ?どなたですの?」
「あ、ごめん。口に出していたか・・・。」
別に誤魔化す必要のある間柄じゃないし、問題ないだろう。
「アイナは、僕の妹だよ。」
「妹様・・・ですの?」
「ああ。アイツはまさに僕の妹って感じの子だったよ。あの子は僕とは違って、”妖精”という存在をこよなく愛していた。僕が”ドラゴン至上主義”を掲げるならアイナは”フェアリー至上主義”を掲げていたような子だな。だからリュウスズメはドラゴンってよりも妖精に近いから、アイナが見たら喜ぶだろうなと思ってね。」
そう話すヨスミの表情は笑みを浮かべてはいたが、その左目からはとても苦しそうで、辛そうで、今にも泣きそうな感情が感じ取れる。
先ほどヨスミが言った、”僕の妹って感じの子だったよ”と言ったことから、妹様はすでに亡くなっており、ヨスミが記憶を失った原因の一部なのだろうかとすぐに考えられ、無意識に女性の名前が出たことでヨスミに聞いてしまった己の妬きもちのような感情を恨んだ。
「えと・・、その・・・。」
「ああ、大丈夫だから気にしなくていいよ。」
「ごめんなさいですの・・・。あなたの話を聞くなんてことがあまりなかったこともあったりして、つい深堀してしまいましたわ・・・。」
「そういえば、そうだっけか・・・。」
「そうよ?ヨスミは自分の事について全然喋らないから、ヨスミが誰かの名前を話したことに興味が出てしまうもの。まあ記憶喪失だからそういったことは話せないことはわかっているけどね。」
そう言いながら、フィリオラは近くの椅子に腰掛ける。
レイラはヨスミの傍に座り、心配そうにヨスミの瞳をじっと見てくる。
確か記憶喪失ってそういう設定にしたんだったっけか。
まあ、いうてこの話は前世の時の話になるからな・・・。
「アイナは僕の双子の妹で、さっきも言ったがフェアリー至上主義だ。だが、僕のドラゴン至上主義を貶すようなことは一切してこなかった。むしろ、口癖のように言っていたよ。”フェアリーとドラゴンはお友達で、大切な家族で、大事な存在なんだよ!どんな時でも一緒にいて、お互いに苦しい時も悲しい時も乗り越えて、楽しい時や嬉しい時は一緒に分かち合う、アイナとお兄ちゃんみたいな幸せな絆で結ばれてるんだよ!”って。だから僕たちはお互いの思想について言い争いは決してしなかった。お互いがお互いを尊重し合って、その関係はまさに互いの唯一の理解者になってたんだ。まあ、そんなアイナはまだ僕たちが11歳の頃に死んでしまったけどね。」
そう話したヨスミの瞳に一瞬、憎悪の炎が揺らめいたような気がした。
レイラはその瞬間を見逃さなかった。
きっとこれ以上聞いてはいけない様な気がした。
でもこの話の続きには、ヨスミが人間嫌いになった一番の理由があるとわかった。
だからレイラは迷った。
その先を聞いてもいいことなのか、いけないことなのか。
話してすっきりさせた方が良いのか、話したことでその瞳に見えた憎悪の炎が燃え上がるだけではないのか。
その時、レイラはどんな顔をしていたのかはわからなかったが、そんなレイラの表情を見たヨスミはどこか困ったような笑みを浮かべていた。
その視線に気づいたレイラは、咄嗟に言葉が出てしまう。
「あなた、その先は無理して話さなくても大丈夫ですのよ・・・?辛い思いをしてまで聞きたいとは思いませんもの・・・。」
「大丈夫、一応全て終わったことだから。」
「終わった・・・?」
ヨスミがなぜそういう風に言ったのかはわからなかった。
だが、すぐに察してしまった。
ヨスミはまた先ほどの話を続けるために、慎重に言葉を選んで話す。
「アイナは自殺したんだ。僕の知らないところで、酷いイジメを受けていたんだ。情けない兄だろう?いつも一緒に居たのに、僕は気づけなかった。そして僕が異変に気付いた時にはすでに全てが手遅れで、助けようとした僕の目の前でアイナは飛んでしまったよ。それから僕は自分の目に映る人間という存在はただの肉の塊にしか見えなくなったんだ。きっと、僕の人間嫌いはここから始まったんだと思う。あそこまで僕の事を理解してくれた存在を死に追いやった輩が、人間が、僕は許せなかった。まあ後は想像に任せるよ。そして僕は人間よりもドラゴンへの執着が強くなって、今に至るってわけさ。」
妹であるアイナを死に追いやった者たちの結末は、きっとあの封印されている右目の者たちの一部になっているのだろうとレイラは察した。
そしてレイラはヨスミの大事な妹を死に追いやった人間たちに深い憎しみを覚えた。
ここまで人間嫌いになってしまうほどに、妹の死はヨスミの中で己の心を闇へと堕とすきっかけを作った者たちに怒りさえ芽生えた。
だが、同時に深い嫉妬に近い感情が芽生えた。
そんな闇の縁にいたヨスミを救ったであろう彼女の存在を。
もし彼女がヨスミを救ってくれていなければ、わたくしもただの肉塊にしか見られていなかったと。
そしてそんな彼女を失い、深い悲しみにいたヨスミを人間として繋ぎ止めてくれていたのも彼女だったことを・・・。
一体どれほどの深い仲になれば、どれほど密接な関係性を結べば、数年という短い時間の中で闇に染まった彼の心を溶かすことができるのだろうか。
悔しかった。
でも、だからこそわたくしは立ち止まってはいけない。
彼女と約束を交わしたことも理由の一つだけど、それ以上にわたくしはこの人の事が大好きだと。
彼女以上の存在になって、あの人の心を溶かし、憎悪を消し去ってあげたい・・・。
「とまあ僕の身の上話なんて良い話はないってことをわかってもらう・・・あれ、レイラ・・・?」
気が付けば、涙を流しながらヨスミへと抱き着いていた。
「ヨスミ、あなたには私たちがいることをどうか忘れないでね。前みたいな暴走はしちゃだめよ?」
「・・・ああ、善処するよ。あの時は悪かった。」
「ヨスミ様、私たちにもっと頼ってください。もし何かあったのなら、遠慮せずに手を差し伸べてください。私たちは大事な仲間です。必ず助けますから。」
「えと、うん。その時は頼りにさせてもらうよ・・・?」
「うぅ・・・、ヨスミ様ぁ・・・辛いことを思い出させてごめんなのです・・・。」
「僕なら大丈夫だから、エレオノーラ・・・君の方こそ落ち着いてくれ。」
なぜかメンバーたちは深い同情と暖かな眼差しを向けられ、困惑する。
「わたくし・・・頑張りますわ・・・。これ以上、あなたの心が闇に染まらぬ様にわたくしという存在を大きな楔として打ち込んで差し上げますわ・・・!」
「えと・・・まあ、僕にとってレイラは大きな存在にはなってるし、十分僕の心は癒されてるんだけど・・・」
「うわぁぁああん・・・!!」
「えぇと、なぜ泣いているんだ・・・。その、泣かれてしまうと僕もどうしたらいいのか・・・」
一体何の誓いかはわからないが、レイラの必死な思いにこれ以上の言葉を掛けるのは失礼だと感じ、レイラの体を優しく抱きしめ返した。
・・・ここでレイラは一つだけわかるはずもない間違いを起こしていた。
優里がヨスミの心を溶かした期間は数年ではなく、10年以上であるということを。
だがレイラはたったの半年で、ヨスミの心を溶かし始めているということを。
そしてどっちがどれほどの期間を要したかよりも、ヨスミと向き合い、その思いを受け止めてくれた事だけでヨスミは十分に幸せを感じてくれることを。
名前:竜永 愛奈
年齢:11歳
性別:女性
誕生日:4月15日
竜永 夜澄の双子の妹。
兄の夜澄と同じ黒の長髪で、その端麗な容姿は夜澄と同じように色々な人に深く印象付けた。
右目に泣きホクロを持つ兄とは違い、左目に泣きホクロがあり、それが唯一の見分けるための特徴だった。
夜澄とは違い、愛奈は妖精という存在をこよなく愛し、兄である夜澄と共に語り合った。
また愛奈の持つ妖精のイメージに、”ドラゴンとフェアリーは運命共同体である”という思想があり、兄の掲げるドラゴン至上主義を否定するのではなく共に”尊重し合う仲”だと語り、兄の持つ思想にも理解を示していた。
そんな愛奈の考えを受け、夜澄も妖精に対して深い理解を示してくれて、愛奈はそんな兄の事を深く慕っていた。
小学生3年の頃から、そんな容姿端麗の彼女を同学年の女児たちは妬み始め、また未だに妖精なんて存在を信じている子供じみた思想を笑い、貶し、侮辱した。
そして愛奈の事を隠れて虐めるようになり、やがてそれは男児たちにも影響されるようになり、体育倉庫でいじめの主犯である女児と男児に囲まれ、酷い辱めを受けた事件が起きた。
その後、駆けつけた先生に見つかり救い出されたが、その後、自分がされたことが何度も脳裏にフラッシュバックし、汚された体では妖精たちに、そして誰よりも兄に知られてしまうことを恐れた愛奈は屋上にて兄の目の前で飛び降り、命を絶ってしまった。
その後、いじめを行ってきた生徒たちは親たちの圧力もあり、それほど深い罰を受けることもなく卒業し、順風満帆な人生を歩んだ。
ある者は愛する家族と出会い、子をなし、幸せな家族の団らんを。
ある者は事業を成功させ、大企業の社長として。
過去に起きた悲惨な事件なんて記憶から消えてしまうほどの年月が経った頃、彼らは突然行方不明となり、のちに変死体として見つかった。
更に彼らだけではなく、彼らの娘や息子、その家族、その知人たち、また彼らの事業に携わった者、彼らに関わった者全てが同様の末路を辿った。
誰もが共通として幸せな絶頂期を迎えた頃に行方をくらまし、悲惨な死を迎えることになった。
調べていくうちに、たった1人の人物の手によって行われたと判明。
その人物とは、世界中に【竜に狂った科学者】として恐れられた国際指名手配犯だった――――――。