見えてきたもの
急いで駆けつけたレイラは倒れたメリンダの状態を確認する。
位置は腹部よりも少し上の部分で、突き刺した短剣はそのまま抜かれているみたいで傷口だけが残っており、そこから滝のように血が流れ出してくる。
ハルネが必死にメリンダの傷口を強く抑え、出血を抑えようと応急処置をする。
「だ、誰か回復魔法を掛けられる人はいないんですの!?」
レイラは急いで周囲に呼びかけ、治癒魔法を掛けられる冒険者がいないかどうか探ってみるもあまりの出来事に周りは何が起きているのか未だに理解しきれていないようだった。
そこへやっと事態を飲み込んだ一人の神官が駆けつけてきて、傷口に手を当てて回復魔法を唱える。
「神よ、迷える羊の傷を癒し賜え・・・<治癒>!」
「油断したわ・・・、まさかあたしの腹筋を貫通してくるなんて思いもしなかったわよ。まだまだ鍛え不足ね・・・。レイラちゃん、彼を追いかけて・・・。」
「で、でも・・・」
「ここは私と彼にお任せください。レイラお嬢様はどうか彼を・・・!」
ハルネに背中を押されたかのように、レイラは一言
「・・・ごめんなさい、メリンダを御願いですわ!」
と言い残して、立ち上がると男が逃げた方へと向かって走り出した。
建物から出てまだそこまで時間は経ってないから近くにいるはず・・・!
こういう時にあの人の能力が羨ましいですわね・・・。
だからわたくしも習ってこの魔法を使えるようにしたんですの!
「汝、我が敵が奏でる風の音を聞かせよ・・・。<そよ風の囁き>!」
レイラの耳元に吹き抜ける風に乗って、様々な話声や音が聞こえてくる。
目を瞑り、聞こえてくる声に集中する。
子供の話、兵士の笑う声、女性の談笑などが聞こえてくる中、何か苛立ちながら恨み言をブツブツと言いながら息を切らすような声が聞こえてくる。
「・・・この声だっ!」
あの時、わたくしに話しかけてきたときのあの声と同じもの。
目を開け、聞こえてくる方へと向けて駆け出す。
まるで色が付いたかのようなその風は、その男の逃げ道をまるで軌跡のように見え、その後を追いかける。
大通りに出たあたりで、その軌跡の先に必死に走って何かから逃げている冒険者の後姿が見える。
見つけた・・・!
でもあの先は裏路地になってるし、ここで逃がしたらあの男の仲間が待ち伏せしているかもしれないですわね・・・。
なら、この力を今まさに使うとき・・・!
あの人の速さを求め、その背中を追い続けたわたくしが手にしたこの力を見せるときですわ!
レイラは逃げている男に狙いを定めると瞼を閉じて静かに息を整え、
「ふぅー・・・」
と吐き出しながら意識を限界まで集中する。
周りがまるで徐々に遅くなっていくかのように、動きがどんどん遅くなり、そして全ての音が聞こえなくなったその瞬間、目を開く。
「< 神 速 >」
全ての時が止まり、音もなくレイラの姿が忽然と消え、瞬く間も与えずに全てを置き去りにして男との距離を移動するとそのままの勢いで冒険者の背中に蹴りを繰り出した。
5割ほど力加減を調整して放ったが、それでもその蹴りの威力はすさまじかったようで体を何回転もさせながら吹き飛んでいき、何回か地面と衝突した後に城壁に叩きつけられ、そのまま気を失った。
突然、何の前触れもなく起きた衝撃に村人たちは驚き、幾人かの女性が悲鳴を上げてその場に座り込んだ。
「御嬢!これは一体・・・?」
そこに巡回中だったのか、数人の兵士を連れたベベラオがやってきてレイラへ疑問を問う。
その間に幾人かの兵士たちは、被害状況の確認と怪我人がいないか、また吹き飛ばされた男を確保しに動き始める。
「あの男がわたくしの仲間を刺したんですの。胸にあるギルドクリスタルを確認してくれればわかりますわ。わたくしのギルドクリスタルも確認くださいまし。」
そういって、胸に手を入れてギルドクリスタルを掴むとそれをベベラオに見せる様に差し出す。
ギルドクリスタルは<懲罰者>を示す青色に光っていた。
「隊長!この冒険者のギルドクリスタルは<冒険者狩り>です!ただ・・・、他に3つほどのギルドクリスタルを所持しておりまして・・・」
「ギルドクリスタルの複数所持、だと?」
「え・・・?それってどういう・・・?」
とここでレイラの脳裏にツーリン村で起きた事件が脳裏に過る。
確か、あの時に対峙していた相手は冒険者であったのにも関わらず、自分のギルドクリスタルは<懲罰者>として青色に光を帯びていたが、相手のギルドクリスタルには変化がなかった。
「・・・・ベベラオ、わたくしたちはここに来る前、とある村に立ち寄った際に、<冒険者狩り>の奴らと対峙した時がありましたの。でも、奴らのギルドクリスタルは<冒険者狩り>を示す赤色の光は帯びてなくて、戦い終えても変化がありませんでしたの。」
「・・・何かあるってことだな。わかった。奴を尋問して色々と情報を吐かせるぜ。」
「それと、もしかしたら彼が以前組んでいたパーティメンバーが危ない状況に陥っている可能性もありますわ。情報を吐かせ次第、すぐに人を送って救出する必要があるかも・・・」
「おう、任せろ!」
ベベラオは兵士たちに的確な指示を出しながら、混乱を諫めていく。
彼の人柄に、町民たちは安心しているかのようで、徐々に不安が解消されていく。
あの男の今の状態だと、わたくしの知りたい情報は聞き出せないですわね。
でもまさかツーリン村の時の不可解な出来事に繋がっている可能性が出てくるなんて・・・。
「御嬢!また後で何か分かった際には報告しやしょうか?」
「え?あ、お願いしてもいいですの?」
「もちろん構わねえよ。グスタフ公爵殿下にも報告しなきゃならん内容だしな。そんじゃ、分かり次第連絡するぜ~」
そういって男を担ぎ、兵士たちを連れてその場を後にした。
「・・・ベベラオからの報告待ちってところかしらね。メリンダの所に戻りましょう。」
そしてその場を後にし、冒険者ギルドへと戻ってきた。
先ほどまで殺人未遂が起きたというのに、建物内には活気が戻っていた。
受付嬢のベティの所まで来ると、彼女もレイラの姿に気付いたかのようで先ほどまで処理していた依頼書の作業を一旦止めて、レイラと向き直る。
「あら、レイラ様。今日は・・・といっても、メリンダ様のことですよね?」
「ええ。メリンダはもう大丈夫なの?」
「ああ!メリンダ様なら、回復を終えた後、休むと言って自室に戻っていきましたよ?」
「そうなのね。それとハルネはどこにいるのかしら?」
「ああ、ハルネ様なら・・・」
「レイラお嬢様!」
と、そこへハルネがこちらに走ってくる姿が見えた。
「すぐに合流できず、大変申し訳ございません・・・」
「わたくしなら大丈夫よ。それより、あれからどうなったの?」
「はい。あの後、神官様の治癒魔法により何とか一命は取り止めました。今は自室でゆっくりと寝ております。それでレイラお嬢様の方は・・・」
近くの席に座り、そこで先ほどあったことをハルネに詳しく説明をする。
それを聞いていたハルネは表情こそ変えずに聞いてはいたが、その背後から感じられる怒りのようなピリピリとした雰囲気を醸し出していた。
「なるほど、ツーリン村の時の【冒険者狩り】の件ですか。」
「ええ。もしかしたらあの時の不可解な出来事について証明されるかもしれないわ。」
「もし、【冒険者狩り】の立場でありながら、ギルドクリスタルは【変化なし】のままというのは、様々な犯罪に応用できますから、それらが解明され次第すぐに対策を練る必要がありますね。」
「・・・確かに、その通りだわ。もしかしたら、今ここにいる冒険者の中にも、実は【冒険者狩り】の奴らがいる可能性だってあるのよね。誰を信じて誰を疑えばいいのか・・・」
ここでハルネが何か思いついたかのように、淡々と話す。
「・・・もしかしたらこれも、皇国の手によるものの可能性がありますね。ヴァレンタイン公国の冒険者たちのランクはどの国よりも高い方々が多いので、もし戦争を仕掛ける際に彼らが戦いに加わると成ればその戦力の差は歴然でしょう。故に、冒険者同士で疑心暗鬼にさせて公国から皇国に寝返らせるための策という可能性もあります。」
「はあ・・・、否定できないから余計質が悪いですわ。とりあえず、この話は無暗に外部に話してはいけないって事ですわね。」
「その方がよろしいかと存じます。」
「ありがとう、ハルネ。あなたのおかげで色々と見えてきたのですわ。ひとまずこの事をわたくしのお父様に話した方がよさそうね。いきますわよ!」
「かしこまりました。」
そうしてレイラはハルネを連れて冒険者ギルドを出ていく。
その様子を観察し、見送る存在にレイラたちは最後まで気付くことはなかった。