引き起こされたソレは必然だった
ハクアはその小さな前足で顔を隠しながら、両翼で自分自身を隠す様に丸くなる。
「・・・ごめんなさいですわ。ハクアちゃんをそこまで追い込むつもりではなかったんですの。」
「わかっているわ。でも今は時間が必要なのかもしれないから、明日また落ち着いたらみんなで話の場を設けましょ。」
「・・・申し訳ございません、フィリオラ様。」
「そうね、悪かったわ・・・。」
『うう・・・っ、わたしが悪いの・・・。』
「ほら、自分のせいにしないの。いい?これだけは覚えておきなさい。あなたは悪くないわ。何一つ悪くないの。いい?」
『・・・うん。』
「よし、イイ子ね・・・。それじゃあ私はハクアを連れて戻るわ。それじゃあおやすみ。」
そういってフィリオラはその場を後にする。
そして残されたレイラはハクアの様子を見て、さっきまでの自分を悔いた。
聞くべき相手を間違えてしまったと、ハクアに聞いてはいけない事だったのだと。
ならば誰に聞くべきか?
レイラは必死に思考を巡らせる。
ヨスミたちはドンデイルの村の依頼で【ドンデイル洞窟】へ向かった・・・。
きっと到着したのは太陽が一番高く昇った時間帯・・・
そして調査に費やした時間を考えてそう長くは掛からなかったはず・・・。
「・・・ねえ、ハルネ。」
「はい、レイラお嬢様。」
「今日、張り出されてた依頼書についてどれほど覚えてる?」
「すべてで御座います。」
きっと、向かっている途中は何もなかったはず。
討伐依頼だったとしても、その魔物を探すために探索する時間はたとえ熟練者であってもそうそう早く見つからないはずだからだ。
だからきっと事が起きたのは調査を終えた帰りの時・・・。
「今日、ドンデイルの村がある方面・・・つまりは北側の地域の依頼書について何があるかわかる?」
「・・・いえ、ありません。」
ない、ですって?
野盗でもなんでも、そういった依頼は何もなかったという事かしら?
そんなはずは・・・
「そういえば、西の方にある森林に大きな魔物が目撃されたなんて話を聞いたわよ?」
「・・・っ!確か、【ヴェノリア湿地帯】の方でトロールの討伐依頼があったかと思います。その【ヴェノリア湿地帯】と【ドンデイル洞窟】の間に森林地帯が広がっていたはず。そして【ドンデイル洞窟】から帰る街道の傍にその森林地帯があります。もし、そのトロールが湿地帯から抜け出してその森林地帯に移動したとしたら・・・」
「そのトロールを討伐しに向かった冒険者たちと何かしらいざこざがあった可能性が出てきたわ・・・。ハルネ、調べてもらえるかしら?」
「お任せください。必ずや有益な情報を持ち帰ります。」
そういうとハルネは席を立つと急いでその場を後にした。
残されたメリンダは手に持ったミードをぐいっと喉に流し込む。
「あたしはこのままレイラちゃんの傍で守るわ。なんかきな臭いのよねぇ・・・。」
「ありがとうですわ、メリンダ。」
明日、また話す場を設けてくれると仰ってくれたフィー様にはとても申し訳ないですわ。
でもハクアちゃんがあんな状態になるほどの出来事があったのよ。
きっとあの人はまた全部背負い込もうとしてる・・・。
そんな2人を見て、我慢して待っているなんて、”良き妻”になると決めたわたくしには無理な話ですわ!
それから数十分の時間が経った後、ハルネが戻ってきた。
「ただいま戻りました。色々と話を聴き込んでみた所、色々と分かったことがございます。」
「わかったわ。ありがとう、ハルネ。それじゃあさっそく話してちょうだい。」
そこでハルネからは、【ヴェノリア湿地帯】にトロールの討伐依頼があったこと。
だが実際にはその湿地帯にはおらず、予想通り獲物を探して森林地帯にまで移動していたこと。
その依頼を受けていた冒険者たちは【仄暗い氷海】というパーティーで、野良の冒険者を加えた5人パーティーで挑み、そのうちのメンバーの1人が死んでいることがわかった。
そこで見えてきた話の道筋。
「それ以上の方法はわかりませんでした・・・。申し訳ございません。」
「十分よ、よくやったのですわ!」
「そのパーティーとヨスミたちの間に何かがあったことは確かね。」
「【仄暗い氷海】についてなにか知ってる?」
「確か、Bランク冒険者のメンバーで固められてて、活動歴は1年ほどだったかと。構成は大盾使いの盾役、攻撃役の格闘家、偵察や遊撃はレンジャー、そして補助として神官だったかと。」
「その新しく加えた野良の冒険者ってのも気になるね・・・。」
「こちらに関しては詳しい情報はありませんでした。ただ、1つ気になるところが・・・。彼は双短剣の使い手、だそうです。」
双短剣の使い手、そうハルネが言葉にした際、ふとBランク昇級試験前で起きた出来事が脳裏に思い浮かぶ。
確か、あの時絡んできた冒険者も双短剣を腰に差していた・・・。
これって偶然だろうか?
だが、双短剣の使い手の冒険者なんてこの町にも大勢いる。
すぐにその人物だと断定するのはまだ早い・・・。
「まずは彼らに詳しく話を聞くところからね。」
「【仄暗い氷海】は今、別の依頼を受けてこの町から離れているとのことです。」
「なんと間が悪いこと・・・。それとも逃げるように急いで依頼を受注して出て行った可能性もあるわね・・・。ちなみにその野良の冒険者についてはどうですの?」
「それが、彼らと別れた後の足取りはわかっておりません・・・。」
「うーん、その冒険者を探しに行こうにも、もう夜遅いわね。あたしたちが出来るのはここまでよ。」
「・・・むぅー、ここまで来たのにぃ。」
もっと早くあの人の異変に気が付けていれば・・・。
なんて後悔を抱くも、見当違いな思い込みとすぐにそんな思いを振り払う。
「はあ・・・、せっかくAランク冒険者になってそれ相応の実力も付けたっていうのに、いざというときに仕えないんじゃ、意味がありませんわ・・・。」
「そんなことは決してないわよ。そのいざを迎えた時に動けない方が何倍も悔しい思いをするわ。きっとね。だからその努力を否定するような言葉で自分を卑下してはだめよ。」
「待ちましょう、レイラお嬢様。私たちが付けた力を発揮できるその瞬間がくるその時まで。」
「・・・そうね。ごめんなさい、2人とも。それじゃあさっきの話題に戻って、【ドンデイル洞窟】についての対策を話しましょう!」
「いいわね!確か、ヨスミの話だとケイブゴブリンとケイブスパイダーが・・・」
「それだと解毒ポーションが必須ですね。それに・・・」
気を取り直し、ヨスミが持ち帰ってくれた【ドンデイル洞窟】についての情報を纏め直し、攻略についての討論を始めた。
そうすることで、少しは胸の中に渦巻く不安と怒りを抑え込むことができる。
忘れるためではない。
胸の内に溜めて、いざというときに発揮する己の力とするために。
そして迎えた翌日、フィリオラの元を訪ねたレイラだったがハクアは未だに動揺をしているかのようで時間が必要だといって会うことは敵わなかった。
ヨスミに関してもあれから城には帰らず、同じFランクであるアリスとシロルティアと共に冒険者ギルドの依頼をこなしている様だった。
結局、フィリオラが儲けようとした話し合いの場も保留となってしまい、申し訳なさそうにしていた。
それからレイラたちもあれから色々と【仄暗い氷海】と双短剣の冒険者について色々と調べてはみたが、詳しい成果を得ることができずにいた。
「【仄暗い氷海】はいつになったら帰ってくるのかしら・・・。」
「双短剣の冒険者についてもここまで情報が出てこないとは思いもしませんでした。」
「見かけない顔だったし、元々は別の町の冒険者だったんでしょ。もしそうならその冒険者を知る人物がいないのも仕方がないわ。」
3人の調査は難航しており、結局のところ依頼を終わらせて帰ってくる【仄暗い氷海】のメンバーと話をしないことには進展できない内容だった。
「それで、どうしますか?レイラお嬢様。」
「どうするもなにも、彼らが受けた依頼はカーインデルトから結構離れた場所にある魔物の討伐だから、暫くは返ってこれないし・・・、何よりも双短剣の冒険者の足取りも不明だなんてぇ・・・どうすればいいのかわたくしの方が聞きたいぐらいですわぁ・・・」
と完全弱気モードに陥っているレイラを横で必死に慰めるハルネ。
メリンダも多少、モヤモヤした状態で葡萄酒が入った樽コップを飲む。
とその時、視界の隅で見知ったとある人物が目に入った。
すぐさま席を立ち、その人物に向かっていく。
自分に近づいてくる大男に気が付いたソイツは相手が誰だかわかると、怒りの表情を表に出す。
「てめぇ、あん時のやつか?」
そう、全然足取りが掴めなかった双短剣の冒険者がそこにいたのだ。
「やっとてめぇと見つけたぞ・・・。おら、面貸せや。てめぇに聞きたいことがあんだよ・・・!」
「俺はてめぇに話すことなんざなんもねえよ!!」
とここで双短剣の冒険者は威嚇するようにメリンダを睨む。
「白銀の幼竜を連れた冒険者を知ってるな・・・?」
「・・・は?てめぇもか・・・てめぇも俺を見下すってぇのか・・・?」
その言葉を受け、さっきまで怒り心頭だった彼はすぐに顔色を変える。
その様子を見て当たりを引いたと確信し、胸倉を掴もうとした。
「てめぇにはそれについてあたしたちに洗いざらい話して・・・――――ん、あ?」
とここで何か違和感に気が付いた。
ふと自分の体を見ると、腹部に深々と突き刺さる短剣が目に入る。
そして喉からせり上がってきた何かに咽て咳き込む。
吐き出されたのは血だった。
「メリンダぁー・・・!!」
背後の方でレイラの叫ぶ声が聞こえる。
足に力が入らなくなり、その場に膝を付くとそのまま横へ倒れた。
意識が途切れる瞬間、目に入ったのは双短剣の冒険者の胸元で赤く光るギルドクリスタルだった・・・―――――。