彼女の胸に膨れる疑念
「確か【迷宮】化したのって北にある【ドンデイル洞窟】のことですわよね?」
酒場の隅にあるテーブルにつき、並べられた料理をつつきながら話を進めるレイラたち。
席にはレイラの他にヨスミとハクア、そしてハルネとメリンダが会話に混ざっていた。
「【ドンデイル洞窟】ねえ・・・。確かにあの付近でちょくちょく人の失踪事件とかも聞くわね。」
「確かあの近くに【ドンデイルの村】があったはずです。きっと失踪した人たちはそこの村人かと。」
「洞窟小鬼って言っても、脅威度はCランクに設定されていたはずですわ。蜘蛛と共生をしている魔物で、蜘蛛の使う猛毒を、奴らは自分たちの武器には必ず仕込んでいるから危険なんですのよね・・・。」
やはり話題に上がっているのはヨスミが報告したばかりの【迷宮】に関するもの。
その話はレイラ達の所だけではない、酒場にいる冒険者たち全員がそれぞれどう攻略するべきか討論し合っている様子が見られる。
【迷宮】が近くに出来た村は、挑戦する冒険者たちの拠点として活気が生まれるが、いつ【魔物の氾濫】が起きるかわからない恐怖に、もし実際に起きた際には真っ先に大打撃を受けるのがこの村であることの不安、そして【迷宮】から出てきた魔物たちが村人たちを攫ったり襲ったりすることも日常茶飯事なので自警団を増やす必要がある。
故に、【迷宮】発生でもたらされるのはメリットだけじゃない。
むしろデメリットの方が高いため、村としてはさっさと攻略してもらいたいってのが村としての総意だった。
【ドンデイル洞窟の迷宮】に関して、例をもれずにレイラ達も色々と議論を出し合っている中、ヨスミはただ黙々と食事をゆっくりと取っていた。
そんな様子に気付いたレイラは心配そうにヨスミの表情を覗き込む。
「・・・あなた、大丈夫?」
「ん?ああ、僕なら大丈夫だ。」
「本当に?さっきから心、ここにあらずみたいな雰囲気だったから心配ですの・・・。」
「僕は本当に大丈夫だよ。ただ、少し色々と考え事をしててね。」
そう笑みを浮かべているヨスミではあったが、その笑みはどこか無理があるように見える。
きっと、わたくしの知らないところで何かあったのだろうと察し、それを話さないヨスミの優しさに胸を痛める。
あなたの負担なら、どんなものだってわたくしも一緒に喜んで背負いますのに・・・。
わたくしに少しでも負担にならないよう気遣ってくれるその優しさは嬉しい反面、どこか寂しい気持ちになりますわ・・・。
「そういえば、ヨスミが第一発見者なのよね?」
「ああ。ドンデイルの村からの依頼でな。近くの洞窟の様子がおかしいのと最近村人たちの失踪も相まって、洞窟で異変が起きているかもしれないから調査して欲しいって内容だった。」
「確か洞窟の調査で【浅層エリア】までならFランク。【中層エリア】はDランク、そして【深層】までならCランクって定められてたわね。なのに、【深層】までの情報を持ち帰るなんて・・・」
「ああ、僕は実際に洞窟へ潜らなくても調査できるスキルがあるので、それを使っただけですよ。」
「まあ!なんて便利なスキルなのかしらね!それなら世の洞窟調査員たちの商売は上がったりになるわね!」
実際そうだから笑うにも笑えない状況ではある。
「それで、ヨスミが実際に調べた時の情報って教えてもらったりもできるのかしら?もちろん、報酬は払うわよ?」
「・・・別にいらないよ。僕の大事な人のパーティーメンバーなんだからな。レイラが無事に帰ってこれるのなら他には何も要らないよ。」
「本当にレイラちゃんには甘いのね~・・・。良い男をゲット出来てよかったじゃない、レイラちゃん。」
「ほ、本当に・・・わたくしにはもったいないほどの・・・お方ですわ・・・!」
「そんなに顔を真っ赤にしちゃって、本当に可愛いわね!」
と顔を赤らめながらもじもじするレイラを嬉しそうに揶揄うメリンダ。
これが、パーティーメンバーなんだろうな。
あんなのがパーティーメンバーであってほしくはないものだな・・・。
そしてヨスミはギルドに報告していない私語が含まれている情報に関して伝えていく。
洞窟内の地図と各魔物たちの正確な規模。
そしてゴブリンたちが仕掛けていたであろうトラップのような場所や位置なども。
「・・・よくそこまで調べられたわね。」
「さすがわたくしの旦那様ですわ!」
「これらの情報はどうしてギルドに提出なされなかったのですか?」
「別に聞かれてないからな。調査に向かった洞窟が能力を使って調査してみたら【迷宮】化してました。って伝えたら、それっきりだったからな。向こうは”ギルド調査員を派遣します!情報の提供ありがとうございました!”って慌てた様子だったし、事実確認が取れてから詳しい事情聴取をお願いされるかもしれないけど。」
まあ冒険者ギルドには僕のこのスキルに関して知られたくないから、正確には
”ドンデイル洞窟の様子がおかしくて、濃い魔素が漂っていたのでもしかしたら~”
なんて感じで報告しただけだ。
【迷宮】化に必要不可欠な魔素についての異常さを伝えてあるから、後は彼らがなんとか調べてくれるだろう。
そう胸に秘めたまま、手元のエールが入った樽コップをぐいっと喉に流し込む。
「それに先も伝えた通り、レイラが無事に戻ってくるのなら情報提供に関しては惜しむことはしないよ。もし挑むのであれば気を付けて行ってきてね。」
「あなた・・・っ」
「本当に仲がいいわね~。妬けちゃうわ!」
「あ、ヨスミ様~!【ドンデイル洞窟】の件でまた話が聞きたいのですが~!」
と入口の方で冒険者ギルドの受付嬢である”レティ”という女性が手を振っていた。
「それじゃあ僕は行くね。今日は僕が驕るから、皆は好きに食べて話してていいから。」
そういって、ヨスミは小金貨を5枚ほど取り出して席を立つ。
ヨスミの後を追おうとしたハクアを、レイラがそっと制止させる。
「あ、ハクアちゃんはこのままわたくしたちと一緒に楽しみましょ!」
『え?う、うん・・・わかったの!』
「・・・なら、ハクアたんを頼むよ。それじゃあ、みんなおやすみ。」
そう言い残して、レティの元へと向かっていったヨスミの後姿を見送るレイラ達。
だが、やはりヨスミの背から漂う違和感に、レイラは不安が拭えない様子だった。
「さて、ヨスミはいなくなったところで・・・ハクアちゃんなら何か知ってるんじゃない?」
故に、今日一日ヨスミと一緒に居たハクアを無理やり残したのだ。
ヨスミの身に何があったのか、その事情を探るために。
「なんのこと?まさかヨスミの様子がおかしい事についてかしら?」
「依頼から戻ってきたヨスミ様の様子は確かに朝に別れたときとは纏っていた雰囲気も違いましたね。」
『わ、わたしは何も知らないの・・・!オジナーは・・・そう、きっとお腹の具合でも悪いの!』
何やら苦し紛れの良いわけにも聞こえるハクアの返しに、より一層何かあったのだと確信に近づいていく。
だが、この様子だとヨスミから”言わないように”とでも釘を刺されているのだろう。
「ねえ、ハクアちゃん。本当に何もなかったの?」
『・・・何もなかったの。』
・・・嘘はついてはいない。
でも、この”何もなかった”についてはきっと何かを隠したうえでそう答えた。
実際には何かが2人の身に起きて、結果として何も起きなかったということ。
問題は結果ではなく、その間の過程に隠されている。
「・・・ごめんね、ハクアちゃん。あなたを問い詰めるわけじゃないんですの。ただ、本当にあの人のことが心配で・・・」
「あたしも初めてヨスミと出会った時はとても優しそうな印象を受けたわ。でも今日のヨスミはどこか冷たい瞳をしていた気がするわ・・・。」
「そうですね・・・。あんな瞳をしていたということは、きっとヨスミ様の中で触れてはならない何かに触れてしまった事案があったということ・・・。」
『・・・ううっ』
「え?あ、ハクアちゃん・・・!?」
とここで急にハクアが小さな声で泣き始める。
突然の事にレイラたちは慌てながら、必死にハクアのことを宥めていたがそっと首を横にぶんぶんと振る。
『・・・オジナーは何も悪く・・ないの。ただ、困ってる・・人間を助けただけ・・・。なのにあんなことを・・言われて・・・わたしが、助けてほしいなんて・・・わがまま言っちゃったせいで、オジナーは・・・』
「・・・それはどういう・・・」
泣きながら震える声でボソボソとそうこぼすハクアの言葉に、未だにヨスミの身に何が起きたのかわからず、もっと詳しく話を聞こうとした時、
「そこまでにしてあげて。」
と、フィリオラがどこからか現れてハクアを優しく抱き上げた。