変わり始めたもの
「ただいまぁ~・・・」
フラフラした足取りでヨスミの部屋へ戻ったフィリオラ。
そのままフカフカなソファーへと倒れ込み、うへ~と呻き声を開ける。
「・・・あ、フィーお姉様おかえりなさい!大丈夫でした?」
「ええ・・・。魔物の進軍もグスタフちゃんが処理したみたいだし、もう平気だよ~・・・。ユリアちゃんの方はどうだった・・・?」
「あ、はい。私の方は何事もなかったですよ!そう、何事もなかったです・・・。ヨスミお兄ちゃんも全然・・・。」
その報告を聞きながら体勢を仰向けに変え、目を覆う様に手を乗せてそっと瞼を閉じる。
「・・・そう。私も少し休むわ。起きたらまたヨスミに治癒魔法を掛けるけど、何かあったら・・・すぐに・・・・・・起こし、・・・」
と最後まで言い切る前に意識が途切れ、スヤスヤと可愛らしい寝息を立てていた。
ユリアはヨスミのベッドから降り、クローゼットから薄い布団のような布を引っ張り出すと寝ているボロボロのフィリオラへと掛ける。
その姿からして、どれほどの戦いだったのか簡単に想像がついた。
「・・・私はまだまだ実力不足。あの攻撃だって、私の張った魔法障壁は簡単に破られたし・・・。フィーお姉様が魔法障壁を張ってくれなければどうなってたか・・・。まだまだ頑張らないと・・・」
そう決意し、ヨスミの傍に戻った。
「う・・・、ん・・・。あれ、私・・・。どれぐらい眠って・・・」
重い瞼を開けながら、周囲を見渡す。
窓の外から見える夜空を見て、あれから半日以上も眠っていることに気が付いた。
上半身を起こそうとすると、まるで筋肉痛のように全身が悲鳴を上げる。
「あ、フィーお姉様はそのまま寝ててください。今色々と準備しますから。」
とユリアは腕輪に付いている小さな鈴を鳴らし、部屋にメイドが入ってきた。
メイドたちに色々と説明を施した後、すぐさま部屋を出ていく。
「おはようございます・・・と言ってももう夜遅いですけど。体調の方はどうですか?」
ベッドで寝ていなかったとはいえ、体調の回復具合には若干の心配はあったが、このソファーに使われている材質からしてとてもふんわりとしており、ベッド代わり・・・いや、シングルベッドと言っても過言ではないほどの寝心地の良さだった。
「ううん、大丈夫よ。大分楽にはなったわ。」
「それはよかったです!今メイドさんたちにお願いして夜食を持ってきてもらう様に言ってありますので。」
「ありがとう、ユリアちゃん。それはそうと、私が眠ってからは何もなかったの?」
「はい。新たなる襲撃も、ヨスミお兄ちゃんの変化も変わりなく、です。」
そう話すユリアの頭を優しく撫でる。
目を瞑り、耳をピコピコと動かしている様子からして喜んでくれているようだ。
と、ここである違和感のような疑問が思い浮かぶ。
「・・・そういえばレイラちゃんたちはまだ帰ってきてないの?」
「はい・・・。未だに何の連絡もなくて・・・。幸い、何かあったときのための知らせも届ける様になっているのですけど、それも未だにないってことはまだ試験の最中だと思います。」
「なるほどね。あの子たち、頑張っている様ね・・・。」
「あの、そんなにAランクランクになるための試験って難しいのですか?」
確かに相手は幻影体。
一筋縄ではいかない相手であることに変わりない。
ただ、あの魔物は己が足を止めぬ限り、前へと歩き続ける強い意志を持つ者には簡単に倒される。
でも少しでも迷いがあれば、そう簡単に倒される相手ではない。
現にレイラは2年、ハルネは5年もの歳月をBランクとして止まったままだ。
「一概には言えないわね。世間では難しいと言われてるけど、あっさり突破してしまう人もいるわ。私が知る中ではたったの1分で倒してしまった冒険者を知っているわよ。」
「まさか、パパがそうなのですか?」
確かに、あの戦闘能力を持っているグスタフちゃんならばありえる話ではある。
だが以外にも・・・
「違うわよ~。あの人は15分ほどだったかしらね?まあそれでも十分異例の速さなんだけど。」
「ええ?!あのパパの強さでも15分・・・、1分で倒した人って誰なんですか?」
いかにも湧いてくる純粋なる疑問。
グスタフ公爵の見せるその圧倒的な力、世界に3人しかいないと言われるSランク冒険者の肩書。
それらを持ってして、そしてそれらを上回るほどの速度でクリアした人物。
だがその人物の持つ肩書は、彼女を希望ではなく絶望にさせてしまわないか不安を感じる。
「彼はね、今までのSランク冒険者の中で歴代最強と言われた冒険者であり、今は大罪人とされてその称号を剥奪された・・・【2代目魔王】なんて恐れられた男よ。」
「2代目、魔王・・・?それに大罪人だなんて・・・」
「まあ無理もないわ。時代が時代だったんだもの・・・。」
とここで部屋の扉をノックする音が響く。
その後、
「失礼します。」
と一言断りを入れた後に、メイドたちが様々な料理を乗せた台車を引いて部屋の中に入ってくる。
「その話はまた今度にしましょ。それよりも御腹が空いたわ・・・」
「あ、そうですね!」
と、フィリオラはソファーから起き上がり、未だに軋む体を動かしながらベランダに用意されたテーブルに着いた。
目の前に並べられた料理から漂う匂いに食欲がそそられ、小さくお腹が鳴ってしまうほどだった。
「それじゃあ食べましょうか。」
「はい!いただきますっ」
月の光に照らされながら、次々と食事を口に運んでいく。
食事を楽しみながら、そこから見える城下町の風景を見る。
魔物たちの進行を受けてドタバタしていたんだろうなと思うほど、カーインデルトという町の活気の良さに感心する。
目の前で美味しそうに食事を楽しむユリアの姿を見ながら、フィリオラも負けられないと切り分けられたステーキの切れ端を口に運んだ。
口いっぱいに広がる肉汁の味と、肉本来が持つ肉の甘味に思わず頬が上がってしまう。
「やっぱり美味しいわね・・・。」
「ふぁい!」
「もう、ゆっくり食べなさい。誰も取らないわよ。」
美味しそうに食べるユリアを見て優しく微笑む。
それに気づいたのか、ユリアも満面の笑みをもって返した。
そんな楽しい時間を過ごす中、フィリオラとユリアの耳に同時に部屋の中から何かが聞こえた―――。
外に張られたテントの中で、ギルド職員は待ち続けていた。
古代遺跡の中に設置されている異質な空間、その中にのみ幻影体は現れる。
幻影体の生態については謎が多く、唯一、誰しもがその生態の解明をすることができなかった魔物とされている。
出現したとしてもその古代遺跡から出ることはなく、ただじっとしているだけ。
消えるまでに7日。それまで何も食べず、何も飲まず、ただひたすらその場に佇むだけ。
本当に生物なのか?と疑うほどの生態に誰もが匙を投げてしまった。
結局魔物だから、なんて理由で片づけられてしまうほど。
そんな魔物に挑むBランク冒険者たちも昇級のために挑み続ける。
が、大抵は失敗することが多い。
早く終わる者がいれば、今の様になかなか決着が付かず、何日も時間がかかる者もいる。
今回は【レイラ・フォン・ヴァレンタイン】様、ただ1人。
古代遺跡に籠り始めて約4日目に入ろうとしていた。
いつものように火を起こし、食材を幾つか鉄串に刺した後、焚火の傍の地面へと差し込む。
食材がじっくりと焼ける様を見ながら、未だに戻らぬ2人を思う。
「今回は長いな~・・・。死ぬことはないとはいえ、ここまで時間がかかるとは思わなかったし、レイラ公女様は大丈夫なんでしょうか・・・?」
「レイラお嬢様ならば問題ありません。」
「そうよ。あの子、今回は何かを掴んでいた様子だったもの。きっと大丈夫よ。」
すでに試験を終えたハルネとメリンダは、ギルド職員と同じように食材に鉄串を差して地面へと差す。
ハルネは3日前に、メリンダは2日前に試験を終わらせて古代遺跡を出ていた。
結果は無事合格。
5年という停滞期を乗り越え、ようやくハルネはついにAランク冒険者という肩書を得ることができた。
それはメリンダも同じで、あまりの嬉しさに、先に出て待っていたハルネとギルド職員を強く抱きしめながら喜びを分かち合った。
それから2日が経過しても、レイラだけが未だに戻ってこない。
大丈夫だとは信じていても、心のどこかで燻る不安は拭いきれない。
「もう、ハルネ。あなたまでそんな顔してたらどうするの?あの子なら大丈夫よ。私たちがあの子を信じないで、誰が信じてあげるの?」
「そうですよ。レイラ公女様はグスタフ公爵様の娘で、たったの数年でBランク冒険者にまでのし上がる実力者。2年という歳月をこの試験に費やしてしまいましたが、きっと大丈夫ですよ!」
メリンダとギルド職員の2人に励まされ、いつの間にか弱気になっていた自分自身に活を入れる。
「・・・そうですね。すみません、メリンダ、それに職員さん。どうやら私は少々弱気になっていたようです。私も自分に仕える主を信じて皆さんと待ちます。」
「そうだよ、ハルネ。君は信じて待ってあげるといい。レイラなら大丈夫だから。」
と、どこからか声を掛けられる。
メリンダとギルド職員は警戒し、周囲を見渡して少し離れた所に一人の男が立っていることに気が付いた。
「・・・お前は誰だ。」
「こ、ここは今閉鎖中なので、関係者以外立ち入らないように結界を張っているはずなのですが・・・」
だが、ただ1人、ハルネだけはその男に警戒心を抱かず、むしろ嬉しそうに男の元へ走っていった。
そして感極まったハルネは男の手を取り、若干涙を貯めながら上ずった声で男に語り掛ける。
「ようやく起きたんですね・・・! ヨスミ様・・・!」
ヨスミと呼ばれた男は、優しそうな笑みを浮かべていた。
ただ暗くて見えなかったが、近くで見た時にその表情に違和感を感じた。
月光が差し込み、ヨスミの顔が照らされた時、初めてその違和感が正体を現した。
「よ、ヨスミ様・・・その、その右目は一体どうしたんですか・・・!?」
そう、ヨスミの右目は魔法陣が描かれた眼帯を付けていたのだ―――。