待たされる側の思い
「・・・やっほー」
カーテンの閉め切った暗い部屋の扉を開けながら呟いた。
返事はもちろん帰ってこない。
なぜなら、その部屋の主である人物はずっと眠ったままだからだ。
「・・・。」
無言のままカーテンを開き、窓を開けて空気を入れ替える。
涼しいような温かいような、どちらともいえない風がフィリオラの横を吹き抜けていく。
「りゅーぼさまー!」
「ルーフェルース、きたのね。」
とそこへ疾蛇竜がベランダにゆっくりと降り立つ。
いつの間にか喋れるようになっていた彼女とはいつの間にか、この部屋で唯一の話し相手となっていた。
「パパはまだ起きないの?」
「ええ。まだぐっすり眠っているわ。」
「早くパパとおしゃべりしたいなー・・・。」
「・・・そうね。」
いつものようにヨスミが横たわるベッドに腰を掛け、その手を握りながら治癒魔法を掛け始める。
確かにヨスミを救うためにはああする他なかったとは言え、未だに目を覚まさず眠り続けるヨスミの姿を何日もずっと見続けていると、もしかしたら別の方法があったのではないかと己を悔いるようになってきた。
でも何度考え直しても、何度イメージしなおしてもこの手しか最良の結果を望むことはなかった。
それが余計に腹立たしいと感じられる。
「ダメだよ、りゅーぼ様。そんな辛そうな顔をしてたらダメだよ。」
そうルーフェルースに言われて顔を上げた時、視線の先にあった鏡に映る自分の酷い表情を見て我に返る。
「確かにそうね。こんなひっどい顔をヨスミに見られたらなんて言われるか・・・は、はは・・・」
「りゅーぼ様・・・泣いちゃだめだよ・・・。」
フィリオラの頬を伝う涙の雫がベッドに落ちて染み込んでいく。
ヨスミが寝込み始めてから今まで堪えることは出来ていた。
でも、限界に近かった。
「なんで目を覚まさないのよ、ヨスミ・・・。さっさと自分の内にいる憎悪に打ち勝ちなさいよ・・・。みんな待っているのよ、あなたが目を覚ますことを・・・。私だってそうよ・・・。」
顔を俯きながら握った手を額に付けながら、必死に願った。
祈る神すらいないのに、必死に祈った。
「私にまたこんな思いをさせるの・・・?お願いだから起きてよ・・・。」
震える声で、誰にも聞こえないほどの小さな呟き。
ふと入口の方で誰かの気配を感じ、息を整えて気持ちを落ち着かせる。
「・・・誰?」
「覗くつもりはなかったのですが・・・。」
「竜母様・・・。」
と顔を背けながら声を掛けてきたのはユトシス皇太子としょんぼりとした姿を見せるユリアだった。
「2人とも揃ってどうしたの?」
「いえ、ユリアの様子がおかしかったので今日は早めに訓練は切り上げて、こうしてお見舞いにきたんです。」
「わ、私は大丈夫だって・・・!」
「ダメですよ、ユリア。あなたの魔力操作は日を追うごとに乱れていましたから。今日なんて暴発する寸前だったのは見過ごせません。」
「・・・だ、だって。」
「うふふ・・・、ヨスミは慕われているわね。ユリア、こっちにおいで。ヨスミに顔を見せてあげて。」
その言葉を聞いて、ユリアはトコトコと歩いてくると、ベッドの横に座り、上半身をベッドに乗り出す。
フィリオラは自分が握っていた手をユリアへ渡し、それをぎゅっと握りながらヨスミの眠る横顔を眺める。
「それじゃあ私はこれで・・・」
「・・・よかったらあなたも来なさい。」
「え、ですが私は・・・」
「言ったでしょう?あなたの事はもう恨んでないって。」
その言葉を聞き、ユトシス皇太子は観念したかのように扉を閉めて3人の待つ場所へと向かう。
途中、疾竜蛇がベランダ越しに中を覗く姿に驚きながらも近くの椅子に腰かける。
「・・・一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「なに?」
「竜母様とヨスミ殿の関係についてです。ヨスミ殿はレイラ嬢との婚約を交わしており、仲睦まじい様子であると色んな方々に話を聞きました。ですが、先ほどの竜母様の態度からして竜母様もヨスミ様のことを好いているのではないかと思いまして・・・。」
「あー・・・、そう見えるのね。ふふふっ」
どこかおかしいのか、軽い笑いがフィリオラの口から出てきた。
「ごめんなさい。別に笑うつもりではなかったのよ。そうね・・・、確かに私はヨスミの事は好きよ?愛しているとさえ言ってもいいかもしれないわね。でも、そういう感情とは決して違うわ。」
「本当にですか?先ほどの様子からしてどう見ても・・・」
「ええ。この人は私にとって大切な存在で、大事な人。ようやく出会えた待ち人・・・。だからこそこの人の事は心から好きで愛しているわ。でもそれは番になりたいとかそういったモノじゃない。」
「・・・そう言えるのは人間と竜種だからってことですか?」
「うふふ、それも違うわ。別にドラゴンと人が恋に落ちて番となるケースなんて何度も見てきたもの。なんなら立会人にだってなったこともあるのよ?」
どこか遠い記憶の思い出に耽るように、窓の外に広がる青空を見る。
「でもそんなことを聞いてどうするの?」
「・・・いえ、私の単なる好奇心のような物です。レイラ嬢という恋人がいるヨスミ殿にあのような感情を見せる竜母様が少し気になったものですから。それにあの疾蛇竜と言い、白銀の幼竜といい、帰りに見せた竜騎馬の懐き具合といい・・・。ヨスミ殿はドラゴン相手にはとことん懐かれる珍しい体質の持ち主なんだなあと・・・。」
「それは仕方ないわよ。だってこの人は・・・」
とここで何かを言いかけた時、突然部屋にノック音が響く。
フィリオラは立ち上がり、部屋の扉を開けるとそこにはグスタフ公爵が立っていた。
「あら、グスタフちゃん。」
「・・・未だにちゃん付けで呼ばれることには慣れないな。息子の様子はどうだ?」
「まだ眠ったままよ。起きる気配も全然ないし。」
「そうか・・・。」
「ところで、どうしたの?」
「いや、大した用事はないのだ。我も息子の様子が気になっただけだからな。」
なんだかんだ言いつつ、グスタフ公爵までもがヨスミの事を気に掛けていた。
「まだ目を覚ましておらぬなら、また後に伺おう。我は少しで駆けてくるが故、何かあればセバスを頼るがよい。」
「わかったわ。でも何かあったの?」
「気にするな。ただの害虫駆除だ。」
その一言で大体を察した。
「ならば私もお供させてください。」
とここでユトシス皇太子が話を聞いていたようで、2人のすぐそばまでやってきていた。
「私も少し現状を知っておきたいのです。皇国にいた時はそういった事に興味はなく、ただただ毎日女性の方々を・・・弄んでぇ・・・」
そう話すユトシス皇太子の表情が徐々に苦しそうになっていった。
自分が過去に侵してきた非道なる行為に耐え切れないのだろう。
拳を作り、必死に耐えた後に声を絞るように出して会話を続ける。
「ですから、私も現状を知り・・・今後のために、皆さまを手助け、できればぁ・・・なと、思いまして・・・」
「だ、大丈夫?」
あまりにも苦しそうに話すユトシス皇太子が心配になり、恐る恐る聞いてみる。
ユトシス皇太子の目は明らかに狂気じみており、その目に一瞬恐怖さえ感じた。
「も、もちろんですぅ・・・は、ははっ・・・、時を戻す魔法があれば今すぐにそれを習得して、過去の自分を殺しに今すぐ向かいたいぐらいほどの怒りと苦しみに頭がどうにかなりそうではありますが、私は大丈夫ですぅ・・・」
「全然大丈夫じゃないわそれ・・・。」
話を聞いていたグスタフ公爵はどこか思う所があったのだろう。
「・・・そうだな。実際に目にする事で得られるものもあるだろう。しかし、それならばユトシス皇太子殿下。決して目を逸らしてはならぬ。それを胸にしっかり刻み込んでおくのだ。」
「・・・はいっ!それではユリア、そして竜母様。私はこれで失礼させていただきます!」
そう2人に言い残して、グスタフ公爵とユトシス皇太子は部屋を後にした。
残されたフィリオラたちは再度ヨスミの傍に戻り、治癒魔法を掛けようとした時、ふと何か嫌な気配を感じた。
「ねえ、2人とも。・・・何か嫌な奴が来るよ。」
その気配に真っ先に気付いたルーフェルースが2人に対して警告する。
「・・・何、この気配。」
「なんか気持ち悪いです・・・。」
ユリアも何か感じ取ったのか、怯える様にヨスミの手をぎゅっと握りしめる。
とその時、外の壁から駆け上ってきたのか、ベランダの下からシロルティアに乗ったアリスが姿を現した。
「アリス?それにシロちゃんまで・・・一体どうしたの?」
「たい、へん・・・。あっち、の方から・・・いっぱいの、魔物・・・」
『皇国方面の山脈から、無数の魔物たちがこの首都に向けて進軍している。』
「それってまさか【魔物の氾濫】?」
『違う。あの感じはスライムスタンピードとは別物だ。こう、何かから逃げてこっちに来ているかのような・・・。』
若干焦りを感じるシロルティアの姿に、やってきている規模はかなり大きいのだろう。
だがこの気持ち悪い感じは大規模の魔物たちの進軍に対してではない・・・。
「・・・何かある。この襲撃の裏に、魔物たちが大勢逃げざるを得ない状況を生んだ元凶がいる。」
「うん、僕もそう思う・・・。山の方で感じるよ、この嫌な気配・・・。」
「・・・あれ、あそこで何か。」
と、その時山の頂上辺り何かが光ったかのように見えた。
「・・・ああああああああっ!!」
次の瞬間、突然ユリアが叫び、酷く恐怖した顔を浮かべながら焦った様子でベッドから降りてベランダに出ると、目の前に大量の魔力が込められた強力な魔法障壁が張る。
それからさらに嫌な予感が急激に増大し、フィリオラも急いでユリアの張った魔法障壁に合わせて同じように2枚目の魔法障壁を張った。
その直後、一直線に伸びた巨大な光線が伸びてきてフィリオラたちのいる部屋を包み込んだ・・・。