Aランク昇級試験
Aランク昇級試験。
これは冒険者として、そして自分自身として成長すべき限界点とも言われている。
何せ、Aランク昇級試験に指定されている魔物は他の昇級試験とは違って全て共通であるからだ。
<指定された魔物を1体倒してくる>
ただそれだけなのだ。
Bランク昇級試験なんかは複数個体の同時討伐がメインのため命を落としやすく、昇級試験の討伐目標を無事倒しきることが出来ても身体の一部分が欠損していたり、領地戦や紛争地などで見られる<多戦闘恐怖症>という精神病を患ってしまう者が後を絶たない。
常に死線に晒され続け、殺気と殺意が込もった視線を浴び続け、気の休まらない戦闘を多くて2~3週間も絶え間なく戦い続けなければならないこともあるためだ。
故にBランク昇級試験の際に課せられるギルド結晶の光帯が最大値まで溜まっていることに加え、別の条件を課している。
それをクリアして初めてBランク昇級試験を受けることができるのだ。
それなのに、Aランク昇級試験はそういったあれやこれやな複雑なことは一切ない。
ただ一つだけの達成目標が、先ほども述べた<指定された魔物を1体倒してくる>だけなのだ。
しかもそれは命を失うリスクは一切ない。
実際に戦闘を中断したければ、その場から逃げるだけで事足りるためだ。
殺そうと追ってくることもせず、ただただそこに佇むだけ。
それらを聞いて、
「なーんだ!簡単じゃねえか!」
なんて思ったあの地獄のBランク昇級試験を乗り越え、何事もなく無事にBランク冒険者へとなったそこの君。
先ほども言ったが、Aランク昇級試験に指定されている魔物は万国共通であること。
そしてAランク昇級試験は、冒険者として限界点であること。
対象となっている魔物は、<幻影体”ドッペルゲンガー”>と呼ばれるスライムの特異個体。
”不死のスライム”と呼ばれているその魔物は何をどうやっても死ぬことはない。
弱点という弱点もなく、魔核を壊してもしばらくすれば必ず元に戻る。
見た目は銀色のスライムで、鉄製かと思えばただのスライムと同じ強度。
ただ”不死”ってだけのスライムのどこに強さを感じるのか?
そう、不死は単なるおまけなのだ。
この幻影体の最大の特徴は、自分に敵意を向ける存在と全く同じ姿になるということ。
姿だけではなく、技量、知性、今まで培ってきたもの全てを丸ごと複製する。
もう一人の自分が目の前に立つことになる。
そして厄介なのが、それら全てを写したうえで、更にその実力を1.5倍向上させてくるのだ。
戦闘も自分の立ち回りも、どこを見て、どこを攻撃するか、相手の動きをみて予想したり、相手の攻撃パターンを見切ったりと。
そういったこと全てを1.5倍向上させて動いてくる。
つまり、現在の自分と戦うのではなく、未来の自分と戦うという事と等しい。
その幻影体が移す姿は極限まで、限界点まで育ち切った未来の自分。
倒すには、それら全てをねじ伏せた上で、なお自らの限界を超える必要がある。
そうして付いたのが、”成長の限界点”。
これを超えたものは自らの限界点を突破した存在、今までにない強さを手に入れることができる。
その証として、幻影体を倒した者にはいつの間にか自分の知らない新たなるスキルとして【覚醒技】なんてものが使えるようになるらしい。
それはその人個人、固有の力で、同じ技は複数存在することはあり得ないとされている。
そのスキルこそBランクと一線を引くほどの強さを持ち、BランクがAランクに決して勝つことのできない実力の壁と言われているのだ。
「さて、ここまで説明を受けましたが・・・」
「わたくしはもう次に何を言うか全く同じことを言える自信がありますわ!」
「レイラお嬢様、その自信をどうかAランク昇級試験に向けてください・・・。」
Bランク冒険者たちに混ざりながら、ギルド員からの説明を受けていた。
これで何度目になるのか、数えるのをやめた2人ではあったが、今までにないほどの気合と手ごたえがあった。
今回、Aランク昇級試験に挑むBランク冒険者たちはレイラとハルネを含めて24人。
何年も通い続けていることもあって、顔なじみとなった冒険者たちの姿も幾人かいた。
以前はもっと存在していたが心が折れてしまったのか、年々とその数を減らしていっていた。
「ねえ、そこの綺麗なお嬢さん。今いいかな?」
突如、背後から声を掛けられるも、そんなことに構っていられるほどの無駄な時間に付き合う必要もなく、無視を決め込む。
「おいおい、せっかく俺が声を掛けてんのに無視するなんて、しつけがなってないお嬢さんだなあ・・・?」
と無理やり振り向かせようと肩に手を伸ばす。
だが、伸ばした手首を傍にいたハルネが掴み、レイラに触れることを防いだ。
きりっと声を掛けてきた男の冒険者に対して睨み、冷たい口調で話す。
「どこのどなたかは存じ上げませんが、私たちに構わないでください。」
「はんっ、メイド風情が俺様に盾ついてんじゃねえよ!」
と掴まれた手をそのまま振り払い、殴りかかろうとした時、
「おいおい、止めな坊主。」
と後ろまで引いた拳を握られ、身動きが出来なくなった。
どこの誰がそんな真似をしているのか振り向くとそこにはガタイの良い強面の大男が何やらよろしくない危ない目で睨んでいた。
「おめえ、どこの田舎から出てきたのかはわからんが、この2人に目を付けたのはいけねえな。」
「別に俺の勝手だろう?それに冒険者には身分なんて関係ねえのが鉄則だ。例えそれが公爵だろうが皇族が関係ない!この女を口説こうが何をしようが俺の勝手じゃねえかよ!」
「そうか。ならばそれを止めるのも俺の勝手というわけだな?」
そういうと拳を振り上げ、何やらすごいオーラみたいなものを纏わせ始める。
冒険者も腰に下げていた双短剣に手を掛け、いつでも抜けるよう構えた。
「こらそこ、騒ぎを起こすなら昇級試験の受付を取り下げますよー!」
「・・・ちっ、覚えていろ。そんじゃ、また後で話そうぜ、お嬢さん。」
そういってそこから離れ、遠くの方で壁に寄りかかった。
「ありがとうですわ、メリンダ。」
メリンダと呼ばれた大男は纏わせていたオーラを治め、肩を振るわせ始める。
さっきの雰囲気とは打って変わり、突如柔らかくなったと思ったらレイラの手を優しく握る。
「・・・あーん!もうほんっとうに怖かったんだから!ねえ、大丈夫2人ともけがはない?!」
そんなメリンダの背中をハルネはよしよしと慰めるかのように撫でた。
「わたくしたちはメリンダのおかげで大丈夫ですわ。全く、あなたは小心者なんだから、あまり無理しなくてもよろしいですのに・・・。」
「だって、私の大事な友達たちが困っているなら助けたいじゃないの・・・!」
そう、彼もまたBランク昇級試験に躓き、長年共に挑み続けてきた仲間でもある。
そして見た目とは相反し、とても小心者で可愛いモノを愛するという少女のような趣味を持っていた。
「ほんと、友達のためならばどこまでも頑張れるあなたのその姿勢は尊敬致しますわ。」
「そのためのこの鍛えた体があるのよ!友達のために張らずしていつ張れというのかしら!」
「そういうところ、私は嫌いじゃありませんよ、メリンダ様。」
「もう、何度も言っているじゃない!私の事はメリンダって呼び捨てにしてって。」
「申し訳ございません。何分、メイドとしての性分ですから・・・」
「もう・・・っ!」
そう照れ隠しをしながらもじもじする彼の姿を見て、ほっこりとしている2人。
「それにしてもレイラちゃんを知らないなんて、一体どこからやってきたのかしらね?」
「そうですわね・・・、長年この冒険者ギルドには通っているけど、わたくしも初対面の方でしたわ。」
「・・・用心するに越したことはありませんね。」
「そうね。いざとなったら私が守ってあげるわ!」
「ふふ、頼りにしていますわ。」
「それでは皆様、我々の用意した転送門に入ってください!」
ギルド員が誘導し、建物内に設置された石門のような部屋に通されていく。
石門の先は、幻影体が唯一出現する古代遺跡に繋がっている。
その門を通れば、試験会場まですぐそこだ。
「さあ、今度こそAランク昇級と行きますわ!」