変わっていくもの
「それで出来上がったのがあれ・・・ってこと?」
フィリオラが呆れ気味に指さす方向に立つ人物。
衣服も所々破け、体中至る所に傷を負いながらもとても爽やかな笑みを浮かべている青年。
最初に会った時の印象は信じられないぐらい最悪だった。
だが今の彼は・・・
「皆様のおかげさまで、私の内に眠る邪悪なる自分を断ち切ることが出来ました。とても感謝しております。」
と深々と頭を下げながらグスタフ公爵に礼を告げていた。
あまりの変貌ぶりにその場にいた一同全てが困惑してしまっていた。
「そして私が犯した数々の罪、とても許されるべきでは御座いません。己の欲望のまま、か弱い女性たちを篭絡し、手籠めにし、そして何より・・・自身が楽しむための、欲望を満たすための玩具として扱ってきたこと・・・。なので今すぐに皇都に戻り、父が行ってきた数々の悪業を糾弾し、皇族共々・・・」
ここまで人は買われてしまうのかと思うほどの変貌ぶりだった。
フィリオラ自身もここまで効果があったのかと、自分自身の手の平を何度も見直していた。
ひとりでにどんどん考え込むユトシス皇太子の肩にそっと手を置くグスタフ公爵。
「まあ待てユトシス皇太子よ。確かにお主のしてきた事は人として、何よりも男として堕ちるに堕ちてしまった大罪だ。罪を償うべきであろう。だが、今はまだその時ではない。あの愚皇帝のことだ。今お主1人で戻ったところでお主が糾弾しようものならすぐに殺されてしまうだろう。」
「し、しかしグスタフ公爵殿・・・、私は一体どうすれば・・・」
「まずは決して裏切らないと信じれる仲間を作れ。今までお主がやってきた悪業を皆は知っている。それゆえ、そんな仲間を作る事さえままならないだろう。もしかしたら出来ない可能性の方が高い。」
ユトシス皇太子は俯き、拳を強く握りしめる。
そして何か覚悟を決めたかのように、顔を上げ、まっすぐな目でグスタフ公爵の目を見る。
何の迷いもなく、純粋なるその瞳は、グスタフ公爵を納得させる何かがあった。
「やります・・・。例えそれがどれほどの荊の道であろうとも、傷つくことを決して恐れたりはしません。もしそれで立ち止まってしまえば、私の行為によって深く傷つきながらも必死に生きてきた彼女らを貶すことになります。だから私は決して諦めず、心から信頼できる仲間を作って見せます。」
「・・・お主、本当にユトシス皇太子か?」
「はい、そうですよ。正直、自分でも信じられないほどです。まるで悪夢を第三者の目線で見てきたかのような・・・。本当に過去にしてきたあの非道な行為が私の手で行われてきたのだと思うだけで、こんなにも胸が苦しくなるほどですから・・・。」
胸に手を置き、衣服を強く握りしめる。
表情は笑顔のままではあったが、どこか泣きそうな、悲しそうな表情を浮かべていた。
「今日はもう遅い。今宵は我の宮殿で休むとよい。」
「・・・え?よ、よろしいの、でしょうか?私は皆さまに、特にそちらの方々にはとても酷い事をしてしまったのですよ?」
そう言いながら、フィリオラたちの方をとても辛そうな表情で見る。
フィリオラは深くため息をついた後、腕を組みながらユトシス皇太子の方に向き直った。
「私は別に構わないわ。ここまで人が変わってしまったら、もう恨む気にもなれないし。」
「私も同意見です。今の皇太子殿下ならば信頼できるお方と思います。」
「竜母様、ハルネ殿まで・・・。」
「・・・わたくしは貴方に向けられた侮蔑の言葉とあの瞳が忘れられないわ。そしてわたくしの大切な旦那様にした仕打ちも・・・。だから決して許すことはしない。」
「・・・はい、申し訳ございません。」
「ただそれだけですわ。1人でもこうしてあなたを許さない存在がいれば、少しは気が楽になるでしょう?あなたは変わりました。変わったあなたがこれから何を成すのか、何を成し遂げたのか。あなたを許すのはその後でも構いませんですわよね?」
その言葉を聞き、ユトシス皇太子はその言葉の真意を見出し、深々と頭を下げる。
「必ず、国のため、そして民のために誰にも恥じぬ立派な皇帝になって見せます!」
「・・・頑張りなさいな。」
「はいっ!」
陽が傾き、夕焼けが差し込み始めた頃、彼ら、彼女らの顔を優しく照らす。
夕陽の光を受け、光り輝くユトシス皇太子の金色の瞳は一切の曇りもなく、ただまっすぐに前を見つめていた。
ひとまずユトシス皇太子が乗ってきた馬車や連れの御者、騎士は全員死んでしまったので動かせず、仕方なくグスタフ公爵がどこからかセバスを呼び、本当にどこからともなく現れたセバスに一部驚きながらも、事情を察したセバスは指を鳴らした瞬間、皇家の馬車は透明化した。
幻惑魔法の一種だそうで、これでしばらくの間は馬車の存在を隠すことができるそうだ。
後でグスタフ公爵の手の者に持ってこさせるという。
これで、皇家の馬車が来たという件に関してはある程度伏せられる。
こうして一行はカーインデルトの霊城へと戻った。
あれから数日が経った。
レイラは未だに目を覚まさず、ベッドで眠り続けているヨスミの手を握る。
朝と夕方に毎日来ては眠ったままのヨスミにずっと語り掛けていた。
咲夜見た夢の話、そして今日あった出来事、訓練の様子、仲間たちの近況。
基本はメイドたちが眠るヨスミの世話をしてくれているのだが、それ以外ではレイラが世話をするようにしていた。
そして眠るときもヨスミと寝室を共にしていた。
もし目を覚ました時に誰も居なかったら、ヨスミは悲しい思いをするだろうからと。
まだ結婚式さえも上げていないうちに寝室を共にするのはダメだ!と全力でその案を否定し続けていたグスタフ公爵だったが娘の執念に負けてしまった。
ユトシス皇太子はあれからグスタフ公爵と共に行動を共にするようになった。
何やら色々と計画を立てているようで、最近じゃあ会議室に籠る頻度が多い。
また会議以外では、ユリアと共にグスタフ公爵からの手解きを受け、剣術の訓練を行っているそうだ。
最初、ユリアとは険悪な仲ではあったそうだが、今は口を聞いてくれる仲にまでなったみたいだ。
まあその大半がユリアの罵詈雑言だとも聞いたけどね・・・。
フィー様はヨスミの容態を見るために何度か部屋に訪れてくれていた。
わたくしのいない時間帯は竜母様が診てくださっている。
アリスとシロルティアは黒い森にちょくちょく遊びに行っているそうだ。
そこで昔話をしているらしい。
またアリス自身もその森をすごく気に入っているそうで、シロルティアとセイクウッドドラゴンと共に自由にのんびり過ごしているらしい。
偶にルーフェルースも混ざって遊んでいるそうで、良く地響きが辺りに轟いており、黒い森の近くを通る者たちが良く驚いているとのことだ。
「それでですね、わたくしが・・・」
「・・・レイラお嬢様。そろそろお時間です。」
「そう、もうそんな時間なのね。」
ハルネが部屋に入ってきて、レイラに一声かける。
そう、今日はレイラとハルネのAランク昇級試験の日。
本当はヨスミにもついて来てもらって、わたくしの戦う勇姿を見守っていてほしかった。
でも、ヨスミはあれから一度も目を覚まさず、眠り続けている。
きっと、あなたも心の中で戦い続けているのでしょう?
「ならば、わたくしはわたくしの出来る方法であなたを助けることにしますわ。」
レイラはヨスミの力無き手を取り、自らの胸に押し付ける。
手から伝わるレイラの心音をじっくりと確かめる様に聞かせていた。
「この音を聞いて、どうかわたくしが傍にいるということを忘れないでくださいまし。わたくしはいつまでもずっとあなたの傍におりますわ・・・。」
数秒ほどで当てていた手を元の位置に戻す。
手を放そうとした時、突然ヨスミの手にぎゅっと握られる。
だがすぐにそれは解けてしまったが、レイラにとってはそれだけで十分だった。
「・・・ありがとうですわ、あなた。この手のぬくもりがあれば、わたくしはまだ戦うことができます・・・。それじゃあ、行ってきますわ。次に会うときはAランク冒険者として必ず戻ってきますわね!」
そう眠るヨスミへ言い残し、名残惜しい瞳を向けた後、その部屋から出て行った。
残されたヨスミは未だ悪夢の中。
未だに目覚めない彼の手は、微かに動いたような気がした・・・―――――。