5話 ヘレナの身勝手
「どうしたんだ? そんな顔して」
「レオ…これを見てくれ」
そう言い、サシャがポケットから取り出したのは、持ちやすいように丸めた紙だった。
彼女はそれを広げ、俺とホノカに見せる。
「ん? なになに…?」
紙に書いてある文字を、俺は目で辿る。
『レオ・トレイドのパーティーは『ジャイアントスライム』の討伐をせよ』
「ジャイアントスライム!?」
思わず声を出す。
まさかギルド側から指示が来て、それがジャイアントスライムの討伐だなんて。
「と…とりあえずギルドに行って事情を聞いてみようか」
1
「可哀想に……」
「手伝ってやりたいが…」
「ああやって何人が死んできたか……」
俺たちが冒険者ギルドに入ると、ざわつきの中心に何故か俺たちがいた。
シホさんに尋ねると、彼女は困惑したような表情と口調で俺たちへと話し始めた。
「実は────」
聞くと、それは何とも理不尽な話だった。
ここ数年、冒険者ギルドに所属する冒険者パーティーが減少しているらしい。魔物の活発化で、殉職したくない者が多いのだろう。
そのため人手が足りなく、クエストに対応できるパーティーが数少ない。
そこで施したギルド側の対策は、 “名指しして強制的にクエストに行かせよう” というものだった。
そこにおけるパーティーの選抜方法であるが、それは “くじ引き” である。
ギルドに所属しているパーティーの代表者の名が書かれた紙をボックスに入れてよく混ぜ、引く。
そうして理不尽にも今回選ばれたのが俺たちのパーティーというわけだ。
「でもシホさん! ジャイアントスライムって…」
「ええ、“Aランク” のクエストです」
クエストはその難易度によってランク分けされている。
その最上級がSランク。
つまり、このクエストは上から2番目の難易度である。
そして、俺たちのようなパーティーにもランク分けが施されており、俺たちのランクはせいぜいEランク、下から2番目程であろう。
AランクのクエストにEランクである俺たちのパーティー。
だから俺は理不尽だと強く感じている。
しかし、こういった事例も今までに何度かあるらしく、その度に死者が相次いでいるらしい。
そして、これは絶対的なタスクだそうだ。
「レオさん……」
弱々しい声を出すホノカ。
そしてその横では心配そうな表情を浮かべるサシャ。
…そうだ。
これは俺だけの問題ではない。
俺は思考を加速させる。
そこで、脳裏に生じる妙案。
俺はホノカとサシャに尋ねた。
「…お前ら、少しついてきてくれるか?」
二人は不安で満ち満ちた表情をしていた。
**
ジャイアントスライム。
簡易的に形容するのであれば、低級魔物であるスライムの超上位互換。
まず基本的に物理的ダメージは、その流動性のある体で受け流されて効かない。
水、雷、炎、風、毒、それらの魔法にも耐性があり、微小なダメージしか入らない。
そして極めつけは、その名の由来でもある “巨体”。
その体に飲み込まれれば体内で骨ごと溶かされ、塵さえ残らない。
そんなジャイアントスライム相手の唯一の打開策は────
「────圧倒的な “レベル差” で攻撃するんだ」
「…なるほど。確かにそれならばダメージが入るかもな。」
「え、でも私たちのパーティーにそんな高レベルの人いなくないですか」
「そう、そこが問題なんだ」
このパーティーの中で一番上のレベルであるサシャでも48レベル。
それに、ホノカに至ってはたったの4レベルだ。
「平均的なジャイアントスライムのレベルはおよそ50。それを凌駕するとなると、最低でも70レベルは欲しい」
「……とするとどうする?」
「安心しろ、策はある」
きょとんとする二人を連れ、俺はギルドから数百メートル離れた知り合いの家を訪れた。
質素な一軒家の呼び鈴を鳴らすと、欠伸をしながら、中から “彼女” は出てきた。
「ふああ……あれ、レオくん」
「すいません。寝起きでしたか?」
「まあね」
俺は二人に彼女を紹介する。
「二人とも。こちら “元勇者パーティー” の魔法使い、『ヘレナ・ラウルマ』さんだ」
「よろしく」
「勇者……」
「パーティー…?」
2
実は、現在の魔王は2代目である。
1代目魔王である『ベルハム』は自分がいなくなった後にも魔を統率する者が必要だと強く感じていた。
そのために複数の妻と、多くの子供たちを作り、そのうちの1人が現代の魔王である。…とされている。
そして1代目魔王を滅したのが、『勇者ユウ』率いるヘレナさんのパーティーだ。
1代目魔王を倒したのは、およそ15年程前の話である。
「…で? 私にそのジャイアントスライム討伐の手伝いをしてほしいと?」
「お願いします!」
彼女の家の中で、俺は深く頭を下げた。
潔く、清々しく。
「私のレベルは89。…たしかに、私ならあの程度の魔物は一発だ。…だけどね、レオくん。二つ条件がある」
「条件?」
彼女は俺の耳に口を近づけ、囁いた。
「“あの子” のこと、少し調べてもいいかい?」
俺は彼女の視線の先に目線を移す。そこには、ヘレナさんの飼い猫と戯れるホノカの姿。
「…何故です?」
「あの子、何か異様な気配がするんだ」
俺はふと、ホノカとゴーレムの戦闘を思い出す。
ヘレナさんの感じる異様な気配というのが、 “あの力” と何か関係しているのだろうか。…それは俺も気になる。
そのため、了承した。
「わかりました。ですが、危害は加えないでくださいね」
「それはもちろん」
「…それで、もう一つの条件というのは?」
彼女は右手の親指と人差し指で輪を作り、俺に示した。
「…お金……ですね…」
呆れる俺。
弁解する彼女。
相も変わらず猫と戯れるホノカに、庭で大剣を振るサシャ。
…本当に上手くいくのだろうか。
「あっ、そうだ。せっかくだから、君に一つスキルを教えてあげよう」
そう言うヘレナさん。
彼女の話にしては、珍しくメリットのある話だった。
魔王を倒してからというもの、彼女は働きもせず、俺に金ばかりを要求してくるからな。
「まじっすか? …ちなみに消費スキルポイントは?」
「たったの2ポイントだ」
「え!? めっちゃ少ないじゃないですか! 是非教えてください!」
「よし、それじゃあ外に出ようか」
ホノカを猫から剥がし、俺たちは外に出た。そこには大剣を扱うサシャの姿。
自身の体ほどの大きさがある大剣を、彼女は意図も簡単に素振りしていた。剣を一振りする度に、周囲に風が舞い起こる。
彼女は俺たちが外に出てきたのに気づくと、素振りをやめた。
「レオ。終わったのか?」
「ああ。無事協力してくれる事になったよ。」
…また借金は増えることになったけどな。
「そうか…! ではよろしくお願いします、ヘレナさん」
「うん。お姉さんに任せときい?」
「……歳的にはおばさんじゃないか?」
「なんか言ったかな? レオくん?」
「いえ!」
サシャに事情を説明し、俺とヘレナさんは庭で向かい合った。
「今から君に教えるのは、まあまあ便利な魔法だ」
俺は固唾を呑んでヘレナさんの話を聞き続ける。
「『麻痺』」
その瞬間、俺に彼女の魔法が施された。
全身に痺れがまわり、次第に立てなくなって、俺はその場に倒れ込んだ。
地面に這いつくばりながら、俺はヘレナさんを見上げる。
「たしかに、対面なら便利ですねええ! でもそろそろ解いてくれませんかあああ!!」
彼女が指を鳴らすと、体の痺れは一切なくなった。
「さあ、手を出したまえレオくん」
俺は立ち上がり、言われるがままに手を差し伸べた。
冒険者という役職は最弱だ。
しかしその代わりに、どんなスキルや魔法もスキルポイントを消費することで習得ができる。
習得する手順は以下の通り。
1:予めスキルを習得している者からそのスキル・魔法についてを教えてもらう
2:その者と握手を行い、その者へスキルポイントを譲渡する
3:習得完了!!
ということで、俺は2ポイントのスキルポイントをヘレナさんへ受け渡した。
瞬間、俺の体が光で包まれた。
…久しぶりだ。この感覚。
「レオさん。今ので本当に習得出来たんですか?」
「ん? ああ」
興味津々なホノカ。
俺はそんな彼女にたった今習得した魔法を施した。
「『麻痺』!」
俺の手から放たれた魔法は、彼女の体全体を麻痺させた。
「あばばばばば……」
そして直ぐに解く。
「これでわかったろ?」
「は…はひ……」
「よし! それじゃあ行くか!」
**
クエストの紙によると、目標のジャイアントスライムはあの森林付近にある湖にいる、とのことだ。
その通り、ジャイアントスライムは湖の中央に浮かんでいた。
俺たちは木の影からジャイアントスライムの様子を伺う。
「気づかれたら厄介だ。ヘレナさん、不意打ちでお願いします」
「レオくんレオくん。今私は重大なことに気づいた」
「…? 何です?」
「私はここ10数年、魔法をほとんど使っていない」
深刻そうな表情をする彼女に、俺は胸騒ぎが加速するのを感じる。
「つまり…?」
「使わなすぎて感覚を忘れたんだ。奴を倒せるだけの魔力を貯めるまでに、かなりの時間がかかる」
「それって……」
「魔力を貯めるだけで、多分あいつは気づくだろうね。とにかく、私は今から魔力を貯めるから、君たちは奴の気を逸らし続けてくれ」
「ちょ────」
その瞬間、彼女の体から溢れ出る紫色のオーラ。それは荒々しく揺れて、周囲に存在感を大いに示した。
俺たちは悟り、ジャイアントスライムに向けて走り出す。
「あの女あああ!! 許さん!!」
「なんですかあの人おお!」
「レオおお!! 私たちはどうすればいいんだああ!!」
「とにかく走れええ!!」
ジャイアントスライムは俺たちに気づくと、その巨体を引きずりながら俺たちへと近づいてきた。