1話 幕開き
「私と一緒に、魔王目指してみない?」
「……? 今なんと?」
「いやだから、魔王目指そ?」
「なんでだよ」
俺が横を通り過ぎようとした時、彼女はカバディでもするかのように、俺の行く道を阻んだ。
「待ってよ! 今君で六人目なんだよ! ずっと断られ続けてるの!」
俺と同じような境遇の彼女が、少し可哀想に見えてきてしまった。
「だがしかし、断る」
「な、なあんでですか!!」
俺は彼女を振り切ろうと反復横跳びを繰り返す。それに応じて彼女も反復横跳び。もはや変な集団だ。
そして突如、彼女は俺に掴みかかった。
その勢いでフードが脱げ、中に隠れていた彼女の顔が顕になる。
「ねええ! 頼みますってえええ!!」
ほぉ、なかなかいい顔をしているじゃないか。
涙目の彼女が俺の体を揺らす度に、彼女の匂いが空気中に漂う。
俺はそれを勿体ないと思い、鼻で思い切り吸った。
う〜ん、美味!
……おっと、気持ち悪いとは言わせないぞ?
男子なら誰もが一度はやった事のあるようなことなのだからな。
「よし! 話くらいは聞いてやろう!」
1
「コホン、まずは自己紹介ですよね」
そう言い、彼女はフードを完全に脱ぐ。
「私は『ホノカ・アイリス』。隣の『ヴァロイド王国』出身でピチピチの18歳です」
「真顔でピチピチとか言うな。18なら…俺の2つ下だな」
キョトンとしたような表情のホノカ。俺は彼女へと自己紹介する。
「俺は『レオ・トレイド』。よろしくな、ホノカ」
「はい! よろしくお願いします!」
にこっと笑うホノカに、俺は少しだけ照れてしまう。そう、この子は顔はいいのだ。可愛いし、正直どストライク。だけども、俺にとっての難題を抱えて出会いを果たしてしまった。
「じゃあ早速、本題に入るけど、“魔王を目指す”ってのはどういうこと?」
ここは酒場。他の者も大勢いるので、俺は小声で彼女に尋ねた。なにせ、あの“魔王”だからな。
「そのまんまですけど?」
「あ、うん。えーとね、意味を教えてほしいの」
「だから、私とあなたで“魔王目指そー!”…って感じ」
…どうやらこの子には話が通じないようだ。俺は大きくため息を吐く。
「ちゃんと説明しないなら帰ってもいいんだぞ?」
「はい! ちゃんと説明します!」
手のひらを返した彼女は、それから淡々と語り始めた。長々しい話を、彼女がひと通り話し終えた後で俺は訊く。
「────つまり、ホノカはただの“憧れ”で魔王になりたいんだな?」
とびきりの笑顔で頷く彼女。
「そうです!」
俺は席を立つ。
「悪いけど、そんな理由じゃ俺は魔王なんて目指せない。」
「な…! まだいいますか! このわからず屋あ!」
「他を当たってくれ」
俺は酒場の出口へと一直線に歩いて行った。一人、しょぼんとする彼女を残して。
申し訳ないが、そうせざるをえなかった。
俺には、それなりの過去があったから。
──── 13年前 ────
俺たち家族は当時、自然豊かで素朴な村に暮らしていて、近くには魔物がうようよしている森林があった。
それでも、村が安泰だったのは、魔物を寄せ付けない結界が協力な魔導師によって貼られていたからだ。
結界は、村のはずれにある小さな石像に術式を組み込むことで永久的に結界が維持される、という仕組みのもの。
そんな術式の組み込まれた石像を、ある日、村に訪れた盗賊が奪おうとしたのだ。あの石像、見た目は高貴なので、どこかに売りさばこうとでも考えたのだろう。
そしてその過程で、彼らは石像を真っ二つにしてしまい、村を覆う結界は崩壊した。
村全体に避難命令が出され、俺も家に帰る道中で知り合いの人に連れられて、避難所まで行った。
避難命令が出されてから十数分、近辺にあった国より派遣された冒険者たちによって俺たちの村はひとまず救われる。
避難所にて、俺は知人の大人と両親を探したが、どれだけ探しても見つかることはなかった。
魔物の襲来から半日ほど経つと、避難所に冒険者の一人の女性が訪れた。
「村を襲った魔物は全て追い払いました。結界も簡易的なものを貼り、現在この村は安全です。ですが、またいつ魔物に襲われるかはわかりません。なので、この村を捨てることをご提案します」
当時の俺には何を言っているかさっぱりだったが、今となってみれば、冷静かつ適切な判断だったなと思う。
村長は少し反発したが、村民の説得の末に、この村を捨てる決断をした。
それから、各自必要な物を自宅から持ってこようということで、俺は一度家へと帰ることができた。
もしかすると、両親は家で隠れ、魔物の襲来をやり過ごしていたのかもしれない。
そんな希望を持って家への道を急いだが、希望は絶望の淵へと叩き落とされた。
「母…さん…? そ…それに……父さん…も…どうしたの…?」
まるでバラのような深紅が部屋のあちこちに飛び散っていた。
その中心にある父と母の遺体。
どちらも体の至る所に爪痕があった。魔物の襲来にあったのだろう。そう、両親は隠れてなどいなかった。
それどころか、背中にまで傷があったので、恐らくは逃げようと必死だったのだろう。
俺はしばらく2人の前で泣き叫んだ後、魔物を、そして全ての元凶であるあの盗賊たちを強く憎んだ。
両親の遺体、そして家を燃やし、俺は村民らと共に村を後にした。
それからなんやかんやあって、現在に至る。
……という訳です。
──── 現在 ────
俺にとって魔物は忌むべき存在であり、両親や故郷の村を襲った復讐の対象。
そんな奴らの王様である魔王に俺がなる?
魔王になって俺が魔物に人里を襲わせる?
笑わせるな。
俺は、アイツらに復讐をするために生きているんだ。両親が魔物に殺されてから、俺はひたすらに剣を振り続けて来た。
今だって毎朝剣の鍛錬は欠かさない。剣の振りすぎで疲労骨折になったことも多々ある。
俺は酒場の出口へ足を進め、止めない。…ホノカには悪いが、俺は魔の王になる事なんてできない。
「待って!!」
背後から呼びかけられ、俺は足を止めて振り返る。
「しつこ────」
俺は唖然とした。そこには、涙を流しながら頭を深々と下げるホノカの姿があった。
「ごめんなさい。私の能力を使わせてもらいました」
「…?」
「『記憶読解』。相手の考えてる事や記憶を読むことができる能力です」
記憶を読む……そうか、俺の記憶を読んだのか。ホノカは頭を下げたままで話し続けた。
「あなたにそんな過去があるなんて知らなかった。…魔物を憎しみ、復讐しようと心に誓っている」
「…ああ」
「だからこそ、あなたを魔王への成り上がりの道へ誘います」
彼女は頭を上げる。俺は困惑した。
「はぁ?」
ホノカの瞳からは未だに涙が零れており、それは頬を伝って地面にポツポツと落ちていた。
「あなたは、魔王の意義を誤解している。魔王というのは、たしかに魔物を従えて人間を襲わせたりする。だけどそれだけじゃない」
ホノカは涙を拭い、硬く強い表情で俺に言った。
「魔王は、“魔物を抑圧する”ことができる」
「…! そうか…! つまり!」
俺たちは声を上げた。はしゃぐ子供のように、声を揃えて。
「「魔王になれば魔物と共生できるかも!!」」
そんな俺たちの言葉に、ザワつく酒場。俺は焦りつつ、ホノカを連れて酒場を出た。
なにも、俺は別に魔物を皆殺しにしたいわけではない。この世界が平和になって、魔物の襲撃や争いによる死人が出なくなれば、それが本望だ。
「コ、コホン。お、俺は魔物との共生を目指すだけだからな!? 魔王になんか絶対にならない!! 魔王にはお前がなれ! ……とりあえず、改めてよろしく…でいいか?」
ホノカはまた、とびきりの笑顔を浮かべる。
「ええ! よろしくお願いします!」
その瞳にはとっくに涙などなく、期待に満ち溢れた瞳だった。
こうして俺は、魔物との共生を目指すことになった。
将来の魔王などという役は、ホノカに押し付けて。
2
地面にある草は朝露で濡れている。
その朝露で日光が反射し、俺のクールかつイケメンな顔が照らされる…!
あぁ…何故こんなにも彼女が出来ないのだろうか。
ホノカとのことですっかりと忘れていたが、俺は昨日失恋したのだ…!
「ぐっ! 胸が痛い! 今になってダメージがっ!」
「朝っぱらから何してるんですか」
胸の痛みでうずくまる俺に、冷たい視線を送るホノカ。俺はスっと立ち上がった。
「おはよ、ホノカ」
「おはようございます、レオさん」
彼女は俺が握っていた剣を見て尋ねる。
「剣の訓練ですか?」
「ああ。魔族との共生を目指すためには、それなりの強さが必要だろうしな」
俺はホノカの目の前で剣を振ってみせる。その風圧で、彼女の髪が少し揺れた。
それから何回か剣を振った時、ホノカのお腹が鳴った。
「う…」
俺は微笑む。この子にも微笑ましいところがあったのだと、少し安心した。
「よし! ご飯にするか!」
**
彼女から話を聞くと、つい昨日この国に到着したため、宿屋で暮らそうとしていたらしい。
だがここは都心。
宿屋は一泊だけでも、俺の生活二週間分くらいの値段だ。
ということで、俺の家に泊めることにした。
もちろん、寝る部屋は別だし、彼女にはちゃんとした部屋を与えた。
「「いただきます」」
今日の朝食は、焼いた魚に白米、それに味噌汁というザ・和食。
俺は自らの料理センスを称賛しながら、箸を進めた。
そんな時、ホノカが俺へと尋ねた。
「そういえば、レオさんの能力って何なんですか?」
「言ってなかったっけ?」
「はい」
俺の能力…極力隠していたいが、ホノカの能力は『記憶読解』。
記憶や考えていることがわかる能力だ。隠していても直ぐバレてしまうだろう。
仕方ない。
…言うしかないか。
俺は箸を置き、食事を一時中断する。
「俺の能力は『抹消』。この世で“最も弱い”能力だ」