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45話

 選手同士が激しい攻防の応酬を繰り返す中。


 横並びに手すりへもたれかかったアルギスとマルコは、じっとコロシアムを見下ろしていた。

 


 しかし、コロシアムの様子に目を輝かせるマルコと対照的に、アルギスの表情は渋い。


 というのも、アルギスが何度スキルを使用しても、選手に見慣れたカーソルが現れることはなかったのだ。


 

(まさか、鑑定できる距離に限界があるとは……この能力、意外と制限が多いのかもしれないな)



 《傲慢の瞳》の仕様に眉を顰めつつも、アルギスはため息をついて観戦へ戻る。


 それから程なく、腹を深く切り裂かれた片方の選手が動きを止めると、コロシアムには銅鑼の音が再び鳴り響いた。



「いやー凄かったな!」



「ああ。……だが、もう少し近くで見ることは出来ないのか?」



 楽し気に試合を振り返るマルコをよそに、アルギスは難しい顔で疑問を零す。


 珍しいものを見る目でアルギスを見つめたマルコは、やれやれとばかりに首を振った。



「何言ってんだ?これ以上近くで見たいなら、北の入り口から金払って入るしかないぞ?」



(下に見えている座席は、やはり有料か)



 手すりから身を乗り出したアルギスは、コロシアムを囲むように配置された座席を覗き込む。


 ややあって、小さく息をつくと、座席で歓声を上げている人々から目線を外した。


 

「まあ、仕方ないな……」



「そんなことより、もう次の試合が始まるぜ!」



 肩を落とすアルギスをよそに、マルコはコロシアムへと入場する両選手の姿に声を弾ませる。


 釣られるようにコロシアムを見下ろしたアルギスは、向かい合った選手の一方に目を見開いた。



(あれは……”サムライ”だ。……この世界では、初めて見るな) 

 


 アルギスの目線の先では、羽織と袴を纏った男が、全身鎧に身を包む戦士と向き合っている。


 客席が歓声を上げる中、羽織の男は気楽な調子で、腰に差した太刀へと手を掛けていた。


 

「おい、あの妙な服を着た男は誰だ?」



「ああ、あいつは五星級冒険者のクニヒサだな。確か、極東の”アキツシマ”出身だったような……」



 アルギスをチラリと横目に見たマルコは、目線の先にいる羽織の男について思い出すように説明を始める。


 ポツリポツリと続くマルコの説明に、アルギスもまた、薄れかかっていた記憶が甦ってきた。

 


(”アキツシマ”……ゲームの後半で向かう国の名前だったか)



 アルギスが黙って耳を傾けていると、程なくクニヒサと全身鎧を纏った戦士の試合開始を告げる銅鑼が鳴り響く。


 銅鑼の音を聞いたマルコは、目を輝かせて手すりから身を乗り出した。


 

「お!始まるぞ」


 

「ああ、楽しみだ……」


 

 睨み合う両者の姿に、アルギスは不敵な笑みを浮かべながら呟きを漏らす。


 そして、マルコ同様手すりへ体を預けると、じっとクニヒサの様子を見据えた。


 

(この世界の”サムライ”が、どの程度のものか。見せてもらおう)



 試合は始まっているにもかかわらず、コロシアムでは、依然2人の男が睨み合っている。


 鞘に納められた刀の柄に手をかけて立ちすくむクニヒサと、幅の広い剣を隙なく中段に構える鎧の男。

 


 観客が固唾を呑んで見守る中、痺れを切らした鎧の男が剣を振り上げ、肩口目がけて上段から切りかかる。


 風切音をたてながら振り回される剣を、クニヒサは後ろへ飛びのくように避け始めた。


 

(逃げているだけか?それとも……) 



 後ろへと下がり続けるクニヒサに、アルギスは目を細めながら考え込む。


 やがて、クニヒサがコロシアムの端まで下がり切ると、マルコは不安げな声を上げた。


 

「どうする気だろうな?」



「さあな。……ただ、諦めているようには見えないが」 



 追い詰められているはずのクニヒサの態度は、試合開始当初と変わらず落ち着いて見える。


 アルギスが怪訝そうな顔で見下ろすコロシアムでは、鎧の男が勝ち誇ったように構えなおした剣を、勢いよく振り上げていた。


 

(このまま終わりか……?)



 アルギスが落胆の表情を見せた直後、クニヒサは鎧の男が振り下ろすよりも早く、脇に差していたはずの刀を振り抜く。


 銀色の光が輝いた瞬間、鎧の男が振り下ろした剣は、腕の半ばから切り飛ばされ、ドサリと音を立てて地面へ落下した。


 

「おお!すげぇ!」


 

「なに!?」



 腕から血を噴き出して崩れ落ちる鎧の男と、飄々と刀を納めるクニヒサに、アルギスは目を剥いて声を上げる。


 大きく盛り上がった観客席からは、職員に連れていかれる鎧の男とコロシアムを去っていくクニヒサに、次々と野次が飛んでいた。


 

(今のが、”抜刀”のスキルなんだろうな……)



 目にもとまらぬ剣閃を目の当たりにしたアルギスは、”サムライ”という職業から、クニヒサのスキルに当たりをつける。


 その一方で、半年以上前に冒険者ギルドで聞いた話が、ふと頭をよぎった。


 

(……そういえば、”ブラッド”という罪人の首は、武闘大会の優勝者が落とすと言っていたな)



 冒険者たちの話が正しければ、”ブラッド”の処刑は年の終わり頃となる。


 ややあって、王家からの褒賞に考えが及ぶと、アルギスの表情は楽し気に歪んだ。



「どんな奴かだけでも、確かめてみるか……」



 王宮からの褒美を思いついたアルギスは、不敵な笑みをと共に小さな声で独り言ちる。


 そして、周囲の観客と一緒になって声を上げるマルコを尻目に、試合の観戦へと戻るだった。



 


 試合は順調に進み、王都に3度目の鐘が鳴り響く頃。


 コロシアムに背を向けたアルギスは、隣に立つマルコの肩に手を置いた。

 


「さて、そろそろ私は失礼する。楽しかったぞ」



「え……?帰っちゃうのか?」


 

 立ち去ろうとするアルギスに、マルコは目じりを下げながら、後ろを振り返る。


 しかし、昇りきった太陽を見上げたアルギスは、眩し気に目を細めながら肩を竦めた。



「ああ。もう、いい時間だからな。……まあ、また会おう」



「そうだな。次はギルドで会おうぜ!」



「ふっ、そうなることを願っている」 



 笑みを交わした2人は、さほど間を置かず、互いに前を向き直る。


 観戦へと戻るマルコを背に、アルギスは混み合う観客席を抜けて、階段を降りていった。



(たまには、外も出てみるものだ) 



 そして、コロシアムを後にしたアルギスが商業区の通りを歩くこと数十分。


 学院へ戻る道すがら、昔ヘレナと共にやってきたオーバル商店の店構えに目が留まった。



「もう、8年前か……。ちょうどいい、テントについてでも聞いていこう」 



 右腕の腕輪を一瞥したアルギスは、どこか懐かし気に店内へ足を進める。


 アルギスが扉を開けた店内には、魔道具が飾られたガラス製のショーケースが整然と配置されていた。



(確か、奥に階段があったな) 



 2階へと繋がる階段を見据えると、アルギスは迷うことなくショーケースの間を抜けていく。 


 程なく、階段の近くまでやってきたアルギスに、警備の男が立ちふさがるように片手を突き出した。



「失礼ですが、お名前は?」



「アルギス・エンドワースだ」 



 名乗りを上げたアルギスは、ポケットから紋章の入った短剣を取り出す。


 短剣に刻まれた意匠を確認すると、警備の男は目を見開いて階段の脇へずれた。



「大変、失礼いたしました」



「……ああ」 



 頭を下げる警備の男を尻目に、アルギスはスタスタと階段を上っていく。


 しかし、2階までやってきても、大小さまざまな魔道具が飾られた店内にミルトンの姿はなかった。


 

「おかしいな。いないなら警備が、そう伝えるはずだが……」 



 暇を持て余したアルギスは、店内の魔道具を眺め始める。


 やがて、フラフラと奥に近づいていくと、扉の奥から何やら騒がしい声が聞こえてきた。



――なんでないのよ!――



(……マズイ) 

 


 声の正体を理解したアルギスは、すぐさま階段へと目線を向ける。 


 アルギスが急いで階段へと向かおうとした時、奥の扉がガチャリと開いた。



「アルギス・エンドワース、こんなところで会うなんて奇遇ね!」



「……ああ、レベッカ・ファルクネス。全く、その通りだな」


 

 ばっちりと目線のあったアルギスとレベッカは、お互いに柔らかい笑顔で挨拶を交わす。


 2人の間に気まずい雰囲気が流れる中、ミルトンは嬉しそうな笑みと共に、ひょっこりとレベッカの後ろから顔を出した。



「おお!これは、これはエンドワース様、本日は当店にどのようなご用件で?」



「……空属性の付与がされたテントはあるか?」 



 レベッカから目線を逸らしたアルギスは、揉み手をするミルトンへ顔を向ける。


 アルギスの唐突な要求に視線を彷徨わせつつも、ミルトンは顎を撫でながら、真剣な表情で口を開いた。



「そうですな……。空属性の付与ですと、発注からになりますので……2ケ月ほどあれば、ご用意できるかと思います」 



(なに?2ケ月?ダンジョンに泊まることも、しばらくはないだろうが……)



 想像以上に時間のかかる空属性の付与に、アルギスは腕を組みながら頭を捻る。


 しばしの逡巡の後、ミルトンへ目線を戻すと、何かを思いついたように口を開いた。



「……大型の拡張バックも追加だ。その代わり、予定よりも早く手に入れてきたら倍額支払おう。どうだ?」



「よ、よろしいので?かなりの金額になるかと思いますが?」



 アルギスの提案に声を震わせたミルトンは、半信半疑の表情で腰を屈める。


 顔をしたから覗き込むミルトンに、アルギスは気にした様子もなくヒラヒラと軽く手を振った。


 

「構わん。それよりも、可能か?」



「はい、必ずや」



 アルギスが問い返すと、ミルトンは額に汗を滲ませながら神妙に頷く。


 しばしの沈黙の後、小さく息をついたアルギスは、ミルトンの手に数枚の白金貨を握らせた。



「そうか。では受け取れ、手付金だ」



「……確かに、お預かりいたしました」



 受け取った白金貨を大事そうに抱えたミルトンは、素早く壁際に置かれたカウンターへと向かっていく。


 アルギスがミルトンの様子をボンヤリと眺めていると、顔を赤くしたレベッカが声を張り上げた。



「ちょっと無視するんじゃないわよ!」



「はぁ……なんだ、まだいたのか」 


 

 隣で地団駄を踏むレベッカに、アルギスはうんざりとした表情でため息をつく。


 すると、レベッカは途端に勢いを失い、目の端に涙を溜めながら俯いた。



「なによ、そんなに冷たくしなくてもいいじゃない……」



「……なにか、私に用があるのか?」



 いじけた様子のレベッカを見かねたアルギスは、渋々会話を続ける。


 しかし、なおも俯いたままのレベッカは、アルギスの視線から逃げるように顔を逸らした。



「別に用ってわけじゃないけど……」



「前々から思っていたが、なぜお前は私にこだわるんだ?」



 歯切れの悪いレベッカに、アルギスは眉を顰めながらグイと顔を寄せる。


 ややあって、ハッと顔を上げたレベッカは、負けじとアルギスを睨み返した。



「そ、それは貴方の家が――!」 



 アルギスと睨み合うと、レベッカの怒りは今までの大人しさが嘘のように再燃する。 


 火を吐くように口を開いたレベッカによれば、王国で最も優れた魔導師の称号”ワイズリィ”は代々ファルクネス家が継承していたというのだ。



「それを横から出てきたエンドワース家が奪ったのよ!」 



(はぁ、やはり俺は関係ないのか。……ゲームではわからなかったが、コイツ面倒くさいな) 



 以降熱が入ったのか、延々と怒り続けるレベッカに、アルギスはがっくりと肩を落とす。


 やがて、怒ることを止めたレベッカが夢を語り出すと、疲れたように目頭を押さえた。



「わかった。わかったから、少し黙れ」



「そうすれば、きっと……なによ、今いいところなのに」



 アルギスが話を止めると、レベッカはじっとりとした目で頬を膨らませる。


 一方、いい加減話を聞くのが嫌になったアルギスは、わざとらしい程鷹揚に頷いた。


 

「一応の理由は、理解した。納得は出来んがな」


 

「そう、それで?」



 不信感を露にしつつも、レベッカは腰に手を当てて先を促す。


 諦めたように首を振ったアルギスは、浮かない顔で小さく口を開いた。



「……今後は暇なときに相手をしてやるから、いきなり絡んでくるのはやめろ」



「へ、へぇ!少しは話が分かるようになったじゃない。でも絶対に負けないわよ!」 



 捨て台詞を吐いたレベッカは、くるりと身を翻して、弾むような足取りで去っていく。


 レベッカが店を出て間もなく、ミルトンは書き上げた注文状を手に、茫然とするアルギスの顔を覗き込んだ。


 

「エンドワース様?」



「……発注の件、出来る限り急げ」 



 ミルトンの声で我に返ったアルギスは、努めて冷静に言葉を返す。


 そして、差し出された注文状を受け取ると、一気に重たくなった体を引きずって店を出て行くのだった。


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