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44話

 レイチェルが校舎へ足を踏み入れる頃。


 眠たい体を引きずるように歩いていたアルギスの姿は、既に寮の前にあった。



(アイツらの実力は想像以上だ。コボルトキングが出た時はどうしようかと思ったが、まさか倒しきるとは……)



 玄関口に足を向けたアルギスは、3人とコボルトキングの戦闘を思い出し、満足げな笑みを浮かべる。



 しかし、入り口の扉へ手を掛けた時。


 幾度目になるかわからない欠伸を噛み殺すと、眠気の原因に顔を歪めた。



(……ただ、夜の見張りに関しては、改善の余地があるな。今のままでは俺が眠れない)



 玄関ホールへと向かうアルギスの足取りは、酷く重たい。



 というのも、テントの都合上、夜番を男女で分けたアルギスは、結果として治癒師であるニアと後衛のレイチェルに夜番を任せることとなっていた。


 しかし、どうにも2人だけの夜番に不安を覚え、結局一睡もせず、辺りを警戒していたのだ。



(ジェイクの奴も気配には敏感なみたいだからな。……もう少し大きなテントでも買うか)



「おかえり、アルギス君」



 アルギスがフラフラとホールを歩いていると、朗らかな笑顔を浮かべたグレイが近づいてくる。


 ホールの奥へと向かう足を止めたアルギスは、ぼーっとする頭でグレイへ向き直った。



「……ああ、なにか用か?」



「これを渡してほしいと、頼まれていてね」



 はたと顔を上げたアルギスに、グレイは両手で持っていた1通の手紙を差し出す。


 手紙を受け取りつつも、アルギスは訝し気な表情で首を傾げた。



(手紙は全て部屋へ届くことになっていたはずだが……)



「裏を見ればわかる。直接渡してくれという指示だったからね」



 苦笑いを浮かべたグレイは、アルギスの内心を読むかのように手紙を指さす。


 グレイの指示にアルギスが手紙を裏返すと、封蝋には王家の紋章がはっきり刻印されていた。



「……なるほどな。世話をかけた」



「ははは、気にしなくていい」



「……では、私はこれで失礼する」



 鷹揚に笑うグレイへ頭を下げたアルギスは、眠気も忘れ、ホール奥の廊下を進んでいく。


 そして、飛び込むように魔導昇降機へ乗り込むと、急き込むようにレバーを上げた。



(時期からして、褒賞についてだろうが……) 



 魔導昇降機が音をたてて上昇する中、アルギスの脳裏には、マリオンとのやり取りが思い浮かぶ。


 やがて魔導昇降機の動きが止まると、アルギスは急ぎ足で部屋へと戻っていった。



「やはり、褒賞に関してか」



 執務机に腰を下ろしたアルギスが封を開けると、手紙には”魔族拘束の褒賞の授与式の日時が、1ヶ月後に決まった”と書かれている。


 小さく息をついて顔を上げたアルギスは、持っていた手紙を机の中へ仕舞った。



(別に欲しいの物もないんだが……。強いて言うなら、心休まる場所、かもな) 



 ふと思い浮かんだ欲求に、アルギスの表情は我知らず自嘲気味に歪む。


 ややあって、着ていたローブを脱ぎ捨てると、切り替えるように真顔へ戻った。



「まあ、1ヶ月もあればそのうち思いつくだろう。……汗だけ流して少し休憩しよう」



 再び襲い掛かる眠気と戦いながら椅子を立ったアルギスは、覚束ない足取りで浴室へと向かっていく。


 程なく、体の汚れを落とすと、足早に寝室のベットへ飛び込むのだった。



 そして、日付を跨ぎ、翌日。


 目を覚ましたアルギスは、固まった体を伸ばすようにベットから体を起こした。



「……寝すぎたな」



 壁にかけられた時計のような魔道具で時間を確認すると、昼寝のつもりが、既に針は4時を回っている。


 王都が寝静まる時間帯にもかかわらず、アルギスの腹からはグゥと空腹を報せる音が鳴った。



「この時間に、なにか食べられる場所か」



 大きく伸びをしたアルギスは、ベットから降りて、窓の外へ目線を向ける。


 普段もうもうと煙を上げている食堂は、学院の校舎同様、未だ暗闇に包まれていた。



(商業区にでも行くか。着く頃には冒険者の立ち寄る串屋ぐらいやっているだろう)



 思いついたように寝室を出たアルギスは、そそくさとシンプルなシャツとズボンに身を包む。


 そして、辺りを窺うように部屋を出ると、散歩気分で商業区へと向かっていった。



 ◇



 アルギスが露店の集まる通りまでやってくる頃。


 通りに立ち並ぶ店は、既に殆どが開店の用意を終えていた。



「……しかし、やたら数が多いな。なんだ?」



 通りを入り口から見渡したアルギスは、所狭しと並ぶ露店に違和感を覚える。


 首を傾げながらアルギスが通りへ足を踏み入れると、手前の串屋から声が上がった。



「お!兄ちゃん、随分と早いな。わりぃけど、串はまだ焼いてないんだ」



「そうか……。それにしても、最近は随分と露店が増えたんだな」



 頭を搔く店主の声に、アルギスは足を止めて通りをぐるりと見回す。


 すると、露店の店主もまた、辺りを見回しながら、ニカリと笑った。



「昨日から武闘大会の本選が始まって、この辺りは書き入れ時だからな。普段は店を構えてる奴らも、露店を出してるぜ」



「なるほど。そういえば、昨日からだったか……」



 あっけらかんとした店主の説明に、アルギスは納得顔で通りの奥に聳え立つ闘技場を見上げる。


 ややあって、アルギスが視線を戻した先では、店主が串を焼く網を用意していた。



「買っていってくれるんだろ?少し待っててくれないか?」



「ああ、分かった。……5本くれ」



「あいよ!」



 アルギスが頷きを返すと、店主は威勢のいい返事と共に串を焼き始める。


 手持ち無沙汰になったアルギスは、焼けていく串に目を落としながら、口を開いた。



「なあ、武闘大会は何時から始まるんだ?」



「興味あるのか?観戦なら朝の鐘が鳴る頃には入れるから、もうちょっとだと思うぞ」



 ポツリと漏れたアルギスの疑問に、店主は串から目を離すことなく言葉を返す。


 ジュウジュウと肉の焼ける音と煙が辺りに広がる中、アルギスは目を細めがら、再び闘技場を見上げた。



「ほう……」



 しばらくの間、アルギスが闘技場を見つめていると、王都に鐘の音がゆっくりと鳴り響く。


 片手で紙袋を広げた店主は、焼き上げた串をひょいひょいと詰めていった。



「ほい、ちょうど焼けたぜ。熱いから気をつけろよ」



「……ああ。確か、半銀貨1枚だったな」



 差し出された紙袋に、アルギスはハッと我に返って、半分に切られた銀貨をポケットから取り出す。


 そのままアルギスが半銀貨を渡すと、店主はニカリと笑いながら受け取った。



「おう、ありがとな」



「また来る」



 半銀貨と入れ替えるように紙袋を受け取ったアルギスは、店主へ手を振って、闘技場へと歩き出す。


 アルギスが闘技場の前に辿り着くと、アーチ状の入り口には、観戦へやって来た人々が次々に吸い込まれていた。



(中は、こうなっているのか……) 



 闘技場の回廊を抜けたアルギスは、寄り集まった人ごみを尻目に、軽い足取りで階段を上っていく。


 やがて、入り口に警備のいない階まで上がると、殆ど人のいない観客席から円形のコロシアムを見下ろした。



(どんな奴が、出てくるんだろうな)



 少し冷えた串焼きを口にするアルギスの表情には、珍しく喜色が滲む。



 しかし、それから待つこと数十分。


 いつまで経っても案内がない事に痺れを切らしたアルギスは、側に立っていた同い年程の少年へ声を掛けた。



「ちょっと聞きたいんだが、試合がいつ始まるか知っているか?」



「え?ああ、2度目の鐘が鳴る頃だから、まだ始まらないぞ」



 唐突な質問に目を丸くしつつも、少年は椅子が設置された観客席から顔を上げて、アルギスへ言葉を返す。


 一方、少年の返事を聞いたアルギスは、ガッカリした表情でコロシアムへ目線を落とした。



「……そうか」



 アルギスが口を閉じると、しばらくして観客席には、階段を上ってきた人々の話し声が響き始める。


 ワイワイと手すりへ向かう人々を尻目に、今度は少年がアルギスへ声を掛けた。



「お前も、予選に出てたのか?」



「いや、私は散歩ついでに立ち寄っただけだが……」 



 横を振り向いたアルギスは、戸惑いを見せながら肩を竦める


 すると、少年は途端に興味を失ったように、ため息をついた。



「なんだよ、期待して損したな」



「……勝手に期待されてもな。お前は出ていたのか?」



 落胆を見せる少年に、アルギスは顔を顰めながら不審を露にする。


 しかし、アルギスの視線を受けてなお、少年は鼻を高くして胸を張った。



「まあな」



(へぇ、同い年くらいかと思ったが、意外とやるのか?)



 少年の姿をじろりと確認したアルギスは、思わず感嘆の表情を浮かべる。


 そして、体ごと向き直ると、目を輝かせながら質問を重ねた。



「ほう、結果はどうだったんだ?」



「……1回戦負けだ」



「…………」



 顔を逸らす少年と黙り込むアルギスの間には、再び気まずい静寂が降りる。


 しばらくして、少し騒がしくなったコロシアムを一瞥したアルギスは、絞り出すように口を開いた。



「……もうすぐ、試合が始まるんじゃないか?」



「かもな。……俺はマルコっていうんだ、お前は?」



 がっくりと肩を落としつつも、マルコは自己紹介と共に、アルギスへ軽く拳を突き出す。 


 しかし、マルコの名を聞いたアルギスは、腕を組みながら難しい顔で俯いた。



(マルコ……?どこかで聞いたことがあるな。だが、この世界とゲーム、どちらで聞いた……?) 



 聞き覚えのある名前に、アルギスの脳内には様々な記憶が混ざり合う。 


 せわしなく目線を動かしていたアルギスがふと顔を上げると、すっかりむくれたマルコが拳を下ろす様子が目に入った、。



「……私の名はアルギスだ」



「おう!」 



 躊躇いつつもアルギスが挙げた拳に、マルコは表情を明るくして殴るようにタッチする。


 少しの間が空いて、コロシアムの端へ巨大な銅鑼が運び込まれる中、アルギスは思いついたように声を上げた。



「なあ、目玉選手はいないのか?」



「今日だと、7試合目の六星級冒険者ルーカスだな。……知らないのか?」



 思案顔を浮かべるアルギスに、マルコは訝し気な表情で声のトーンを落とす。


 一方、首を横に振ったアルギスは、キョトンとした顔で口を開いた。



「知らないな。今、初めて聞いた」 



「お前、冒険者じゃないのか?」



 一層顔を顰めたマルコは、アルギスの姿を上から下までじろじろと眺め始める。


 マルコの問いかけに、アルギスはどうしたものかと頭を捻った。



「そうだな……。まあ、一応はといったところだ」 



「……まさか、ダンジョンの密入者じゃないだろうな?」



 アルギスが答えをはぐらかすと、マルコは問い詰めるように顔を近づける。


 睨むような目線を正面から受けつつも、アルギスはキョトンとした顔で首を傾げた。



「ダンジョンの密入者?なんの話だ?」



「最近、王都の近くにダンジョンが見つかったらしくて――」 



 重々しい口調で話し出すマルコによれば、魔物の数に対して過剰となった冒険者の中から、”禁忌の霊廟”へ忍び込もうとする者が出ているという。


 報告書の内容を思い出したアルギスは、ダンジョンの思わぬ状況に頭を痛めた。



(レオニードの報告書には、攻略が行き詰っていると書かれていたが、そんな問題も起きているのか……)



「要するに、冒険者と呼べないような奴らだ。お前は違うよな?」



 一息に話し終えると、マルコは懇願するようにアルギスへ問いかける。


 真剣な表情で返事を待つマルコに、アルギスは呆れ顔で肩を竦めた。



「ああ、幸いなことにな」



「その割に、王都のギルドで見たことないな」



 アルギスの顔をじっと見つめていたマルコは、顎に手を当てながら、視線を上向ける。


 依然として疑うようなマルコの口ぶりに、アルギスは不満げな表情で鼻を鳴らした。



「随分、知ったような口をきくな。そんなに冒険者に詳しいのか?」



「まあ、小さい頃から連れていかれてたしな」



 語調を強めるアルギスに対し、マルコは視線を上向けたまま、あっけらかんと口を開く。


 マルコの返答に興味を惹かれたアルギスは、悪感情を翻し、雰囲気を一変させた。



「小さい頃からとは、どういう意味だ?」



「どういう意味って……そのままだぞ?親が冒険者だからな」



「ほう、有名なのか?」



「”風の奇跡”っていうんだけど、知ってるか?」



 アルギスが質問を続けると、マルコは目線を下ろして、照れくさそうに笑う。


 ポリポリと頬を搔きつつも、その表情にはどこか誇らしげな色があった。



(”風の奇跡”か、マリーの報告書にあった冒険者パーティだ。マルコの名も、その時に見たのかもな)



 マルコの口から出たパーティーの名に、アルギスはマリーからの報告書を思い出す。


 疑問が解決したことで満足げに頷くと、マルコに穏やかな微笑みを返した。



「知っているぞ。いい親を持てて、羨ましい限りだ」



「なんだよ。お前、貴族みたいなこと言うんだな」 



 苦笑いを浮かべたマルコは、アルギスの肩を叩きながら、おどけた口調で言葉を返す。


 しかし、アルギスは何気ないマルコの返事に、内心で冷や汗を流した。



「……貴族の冒険者は、多いのか?」



「え?うーん、そうだな……。あんまりいないんじゃないか?」



 アルギスが慌てて話を逸らすと、マルコは疑う様子もなく悩み始める。


 無事話題が変わったことに、アルギスはホッと胸を撫でおろした。



「へぇ、そういうものか」



「でも、少し前に貴族の女の子が冒険者になってたな」



 しばし考え込んでいたマルコは、思い出したように呟きながら、表情を輝かせる。


 断言するマルコに、アルギスはピクリと片眉を上げ、口元へ手を当てた。



「それは珍しいが……どうして貴族だと分かったんだ?」



「へへ、そりゃ挨拶をしたからだよ」



 ニヤリと笑ったマルコは、自慢げに話し出す。


 聞けば、2ヶ月ほど前、絡まれていた貴族の少女を助けたというのだ。



「貴族なのに、俺に向かって微笑んだんだぞ?きっと優しい子に違いないよな」



「……そうだな。それも、羨ましい限りだ」



 身振り手振りを交えながら話すマルコに、アルギスの口からは先ほどと同様の台詞が零れ落ちる。


 それからも、2人が他愛の無い話を続けていると、ついに王都へ2度目の鐘の音が鳴り響いた。



「始まるみたいだな」



「きたか!」



 会話を切り上げた2人は、周囲の観客と共にコロシアムへ目線を落とす。


 程なく、選手の入場したコロシアムでは、大きな銅鑼が打ち鳴らされるのだった。


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