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26話

 屋敷に戻ったレイチェルが憂鬱な時間を過ごしていた頃。


 公都への出立を明日に控えたアルギスは、大判の手帳を小脇に抱えながら、ハンスの店を訪れていた。



「ハンス、いるか?」



「おや、いいところに来たね。ちょうどさっき帰ってきたんだ」 



 落ち着かない様子で店に入って来るアルギスに、ハンスはカウンターを拭く手を止めてニコリと微笑む。


 一先ずハンスがいたことに安堵の息をつきつつも、アルギスは気をもみながらカウンターへ近づいていった。


 

「そうか。それで、アイテムはどうなった?」



「まあ、そう焦らないで。ほとんどは用意できたからさ」



 先を急ぐアルギスに苦笑いを浮かべたハンスは、しゃがみ込んで、足元に置いていた木箱の蓋を開ける。


 アルギスが固唾をのんで待つ中、木箱から取り出したアイテムを続々とカウンターに並べていった。



「さて、手に入ったのはこんなところかな。……さすがに世界樹の雫は無理だったよ」



(ゲーム終盤のポーションも頼めば手に入るとは……。計画の変更が必要そうだ)



 残念そうに首を振るハンスをよそに、アルギスはカウンターの上で淡く輝くポーションに目を見張る。


 ややあって、ポーションから目線を外すと、軽い調子でハンスに手を振った。


 

「ああ、あれは冗談みたいなものだ。そもそも手に入ると思っていない」


 

「えぇ!結構頑張ったのに……」



 なおもカウンターへ目線を落とすアルギスに、ハンスは悲し気な表情で唇を尖らせる。


 いじけるハンスには目もくれず、アルギスは見比べていたアイテムの中から、小ぶりな革製のリュックを手に取った。


 

「この”拡張バック”はどれくらい物が入るんだ?」



「せいぜい、40K(カノス)くらいだよ。小型の物だから」



 アルギスが声を掛けると、ハンスはケロリと表情を戻して言葉を返す。


 ハンスから伝えられた容量に、アルギスは目を丸くして、拡張バックをしげしげと眺めた。



(40K……ということは、これに40kgも物が入るのか)



 茶色の革で作られた円筒形のリュックは、大きめに見積もっても縦横50㎝程度の寸法しかない。


 しかし、アルギスが蓋を開けて中を覗き込むと、そこにはどこまでも続くような暗闇が広がっていた。



(そういえば、マリーの魔術は収納できる容量が大きさで決まると言っていたが、空属性の付与は重量なんだな)



 他愛ないことを考えながらも、アルギスは唯一学院から持ってきた手帳と、カウンターのアイテムを仕舞っていく。


 やがて、全てのアイテムを仕舞い終えると、白金貨の入った革袋をポケットから取り出した。



「世話になった」



「ん?これはだいぶ入っている金額が多くないかい?世界樹の雫は手に入っていないよ?」



 アルギスから革袋を受け取ったハンスは、重さを確かめると、不思議そうな顔で首を傾げる。


 目をぱちくりさせるハンスに、アルギスはため息をつきながら、拡張バックを背負った。


 

「それは前金だ。……どうせ、また来る」 



「そうだね。うん、またのお越しを」



 はぐらかすような返事に、ハンスは一転して生暖かい目でアルギスを見つめる。


 一方、ハンスの視線から逃げるように振り返ったアルギスは、そそくさと店を出ていった。

 


 そして、それから数時間が経った頃。


 貴族街を歩くアルギスの目線の先には、太陽の光を反射して輝くエンドワース邸の門扉が姿を現していた。



(一先ず、必要な物は手に入った。後はダンジョンがあれば完璧だ) 



 拡張バックを背負いなおしたアルギスは、不敵な笑みを浮かべながら門扉へ近づいていく。


 脇に立つ騎士が直立不動でアルギスへ敬礼を取る中、門扉は音もなく、ゆっくりと開き始めた。



(……本当に久しぶりだ。結局、入学式から一度も帰らなかったからな) 



 屋敷の本館が遠目に見え始めると、アルギスは思わず頬を緩める。


 3ヶ月の学院生活を振り返りつつ、のんびりと庭園を眺めながら屋敷へ戻っていった。




 

 更に時は経ち、日も徐々に傾き始めた頃。


 アルギスの到着した屋敷の玄関口では、ズラリと並んだ使用人たちが、一糸乱れぬ動きで頭を下げていた。


 

「おかえりなさいませ、アルギス様」


 

「ああ、今帰った。……マリー、話がある。ついてこい」



 使用人と共に頭を下げるマリーを呼びつけつつも、アルギスは足を止めることなく、自室へ向かっていく。


 やがて、部屋へ入ったアルギスが人払いを済ませると、側に立つマリーは不安げな表情で腰を屈めた。



「お話とは……?」



「ああ、今回の帰省についてだ。少し、寄り道をして帰ろうと考えている」



 ソファーへ腰を下ろしたアルギスは、両膝に肘を置いて前のめりになる。


 上機嫌なアルギスの声色に、マリーは安堵の表情を浮かべながら首を傾げた。



「寄り道とは、どちらへ行かれるのですか?」



「ダンジョンだ」



「かしこまりました。では、どちらのダンジョンに向かわれますか?」



「残念ながら向かうのは、”始まりの洞窟”でも、”緑の迷宮”でもない」



 ゆっくりと首を横に振ったアルギスは、言い聞かせるような口調で話し出す。


 アルギスが口を閉じると、マリーもまた、言葉を失って黙り込んだ。



「王都の東方に、未発見のダンジョンですか……」



「まあ、私にも確証があるわけではないからな。通り道にあるので様子を見ていく、といったところだ」



 ”禁忌の霊廟”についての説明を終えたアルギスは、肩の力を抜いて背もたれへ寄りかかる。


 ゆったりと足を組むアルギスに対し、マリーは緊張した面持ちのまま、深々と腰を折った。



「では、御者にもそのように指示いたします」



「ああ、少し待て。お前に渡しておくものがある」



 部屋を出ようとするマリーを呼び止めたアルギスは、拡張バックを手に、ソファーから立ち上がる。


 そして、困惑するマリーを尻目に、暗闇の中から襟の高いロングスカートのメイド服を取り出した。



「今日、受け取って来たところだ」 


 

 アルギスがばさりと広げたメイド服は、黒を基調として所々にレースの装飾がされている。


 また、足首まであるスカートは、艶のある生地が風に揺られ、横に入ったスリットが見え隠れしていた。


 

「これは……!?」



「……お前がエンドワースの正式な使用人となって3年が経つ。少々遅くなったが慰労の品だ、受け取れ」



 躊躇いがちに口を開いたアルギスは、持っていたメイド服をマリーへ差し出す。


 目を剥いて震え出すマリーに、口角を吊り上げると、クツクツと楽し気な笑い声をあげた。


 

「術式の付与もしてあるからな。これなら、着替えずともダンジョンへ入れるぞ」 



「……う、うぅぅぅ!」



 メイド服を抱えて固まっていたマリーは、堪えきれなくなったようにボロボロと涙を零し出す。


 突然しゃくり上げるマリーに、アルギスはぎょっとして顔を覗き込んだ。



「おい、どうした。……泣くな、一旦落ち着け」



「ごれ程のご恩をどう返したら、いいかワダジにはわがりまぜん」



 アルギスが思わず背中を撫でると、マリーは鼻をすすりながらメイド服を抱きしめる。


 マリーの泣いている理由を理解したアルギスは、内心でホッと胸を撫でおろした。



「……気にするな。服の1つも与えられない主人など、仕えるに値しないだろう」



「ありがとうございます。必ずや、ご期待にお応えします」



 目の周りを赤く腫らしつつも、マリーは先ほどまでと打って変わって冷静に言葉を返す。


 落ち着きを取り戻した様子のマリーに、アルギスは未だ警戒心を残しながら腰を下ろした。



「あ、ああ。わかったら、もう下がっていいぞ」



「それでは失礼いたします」



 抑えきれない喜びを滲ませたマリーは、メイド服を大切そうに抱きしめたまま、恭しく腰を折る。


 ややあって、後ろを振り返ると、消えるように部屋を去っていった。



(まあ結果的に喜んでいたようだし、良しとするか)



 ガチャリと扉が閉まると、アルギスはマリーから目線を外して、拡張バックを手に取る。


 しばらくの間、中身を確かめるように取り出しながら、1つ1つ机に並べていった。


 

(……正直、1週間では1つ2つが限界かと思っていたな)



 たちまちのうちに、目の前の机には、手帳の他にアイテムがズラリと並ぶ。


 机を一度見回したアルギスは、数あるアイテムの中から液体が封じられた結晶のような容器を手に取った。



(しかし、まさか聖水まで手に入るとは……)


 

 手の中でちゃぷちゃぷと揺れる聖水に、アルギスの表情は、穏やかなものになる。


 『救世主の軌跡』における聖水は、死霊系の魔物に特攻を持ち、使用するだけで一定のダメージを与えられた。


 しかし、入手できる場所は、教会の総本山である”トゥエラメジア教国”に限られていたのだ。

 


「使わないに越したことはないが、これで何かあっても逃げるくらいは出来るだろう」



 誰にともなく独り言ちたアルギスは、並べていたアイテムをバックへ仕舞っていく。


 やがて、全てのアイテムを仕舞い終えると、壁に掛けられた魔道具を見上げた。



「夕食まで、まだあるな」



 時計のような魔道具の針は、未だ昼下がりを指している。


 手持ち無沙汰になったアルギスは、手帳を拾い上げて執務机へと向かっていった。



「……こんなに手紙が来ていたのか」


 

 アルギスが執務机に近づいていくと、机の端に置かれた書簡箱が目に留まる。


 3つある木製の書簡箱には、全てにぎっしりと手紙が詰め込まれていた。



「まあ、どうせ殆どはパーティーの招待状か、融資の相談だろう」 


 

 すぐに手紙から興味を失ったアルギスは、持っていた手帳に目線を落とす。


 それから数刻の後、アルギスがペンを走らせていると、部屋に扉をノックする音が響いた。


 

「アルギス様、ご夕食の用意が整いました」



「もう、そんな時間か」



 マリーの声に時間を確認したアルギスは、パタリと手帳を閉じて立ち上がる。


 そのまま部屋を出ようとした時、落ち着かない様子のマリーに気が付くと、僅かに頬を緩めながら横を通り過ぎた。

 


「……服、よく似合ってるぞ」



「っ!ありがとうございます……!」



 すれ違いざまに聞こえたアルギスの言葉に、マリーは表情を輝かせながら後を追いかける。


 程なく、部屋を後にした2人は、夕日の差し込む廊下を、連れ立ってダイニングルームへと向かっていくのだった。


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