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23話

 炎と土煙が立ち昇り、吹き荒れる熱風に見る者が腕で顔を覆う中。


 コロシアムに立つレベッカとブランドンの2人は、それぞれ異なった表情を浮かべていた。



「どうよ!」



「なにをしてる!命を奪う可能性のある攻撃は、禁止だと言っただろう!」



 笑顔でガッツポーズを決めるレベッカを、ブランドンは血相を変えて、大声で叱りつける。


 ブランドンの声に身の竦めたレベッカは、今もアルギスを包み込む炎と煙にほぞを噛んだ。



「しまった、つい……」



「と、とにかく、今すぐに学院の治癒師を……!」 



 2人の焦りが観客席にも広がっていくと同時、次第に炎は勢いを弱め、視界を閉ざす煙が徐々に晴れ始める。


 やがて視界が開けると、黒く焼け焦げた地面の中心からは、呆れ交じりの声が上がった。



「――さて、そろそろ茶番は終わったな」



「え……?」



「エンドワース、無事か……?」



 魔術を受けたとは思えない無傷のアルギスに、レベッカとブランドンは揃って目を丸くする。


 一方、落ち着いた様子のアルギスは、制服にかかった土埃を払うと、姿を見せつけるように両手を広げた。



「見ての通りだ。どこか、怪我をしているように見えるか?」



「あんた……私の魔術を、一体どうやってっ!」



 顔を青くして後ずさりながらも、レベッカは対抗心を露に叫び声を上げる。


 再び杖を構えるレベッカに、アルギスはうんざりした表情で歩み寄った。



「それよりも自分の心配をしたらどうだ?」



「っ!何をしたの!?」



 突如足に抑えつけられるような重みを感じたレベッカは、振り解こうと身をよじる。


 コロシアムを困惑が包む中、アルギスは眉間に深い皺を寄せながら渋々口を開いた。



「……姿を見せてやれ、幽闇百足」



「ギギチチチィィ!」



 アルギスの言葉と同時に、レベッカの足元に伏せていた漆黒のムカデが、胴体に巻きつきながら姿を現す。


 幽闇百足に締め上げられたレベッカは、全身を粟立てて目を見開いた。



「なっ!?――炎よ」



「やめておけ、その距離で攻撃系統を使用すればお前も無事では済まん。大人しく負けを認めろ」



 魔術で引き離そうとするレベッカに、アルギスは言い聞かせるような口調で声を掛ける。


 しかし、魔術を諦めたレベッカは、杖を捨て、幽闇百足の体にしがみついた。



「こんな、ものぉー!」



「ブランドン、勝敗が決まったら教えてくれ」



 レベッカから目線を外すと、アルギスは遠巻きに眺めるブランドンへ顔を向ける。


 2人の姿を見比べたブランドンは、ひと際大きなため息をついた。



「……ファルクネス、諦めろ。この試合はエンドワースの勝利だ」



「まだ、負けてないわ!」



「……送還」



 なおもわめきたてるレベッカをよそに、アルギスはパチリと指を鳴らして幽闇百足を送還する。


 そして、一部の生徒たちから上がる拍手と歓声を浴びながら、観客席に繋がる階段へと向かっていった。



(可能な限り、手札は伏せておきたかったんだがな……)



「あら、アルギス様。お疲れのようね」



 しばらくしてアルギスが階段を登り終えた先には、レイチェルが待ち構えていたように椅子に腰かけている。


 微笑みを湛えるレイチェルに、アルギスは首を傾げながら、隣の椅子へ腰を下ろした。



「やけに上機嫌だな?」



「ええ。貴方の勝利は私も嬉しいのよ?」



 アルギスの顔を見つめたレイチェルは、両手を合わせると、目を細めてニッコリと笑う。


 らしくない様子のレイチェルに目を瞬かせつつも、アルギスは自嘲気味の笑みを浮かべた。



「そうか。なら、勝った甲斐もあるな」



「……本当にそう思っているの?」



 空々しい返事に頬を膨らませたレイチェルは、アルギスに胡乱な目を向ける。


 すると、アルギスは僅かに苛立ちを見せながら、背もたれに体を預けた。



「ああ。失敗に意味が生まれるからな」 



「失敗……?」 



 アルギスの呟きにピクリと肩を揺らすと、レイチェルは不満げに眉間の皺を深める。


 じっとりとした目で睨むレイチェルを尻目に、アルギスはコロシアムに入場する生徒たちへ目線を落とした。



(さて、ゆっくりと見学させてもらおうか)



 不敵な笑みを浮かべたアルギスの目線の先では、両者が甲高い音を響かせながら剣をぶつけ合う。


 しかし、一方の生徒が腕に傷を負うと、ブランドンの宣言によって、試合はあっけなく終了した。



(……なるほど、あれが治癒師の試験だな)



 負傷した生徒が向かっていく先に、アルギスは身を乗り出して納得顔を浮かべる。


 コロシアムの隅では、講師の指示によって待機していた生徒が、負傷した生徒の傷を癒していたのだ。



(規定が厳しいわけだ。生徒に治せる傷など高が知れている)



 やがて傷の癒えた生徒と治癒師の生徒が共にコロシアムを後にすると、アルギスは再び背もたれに寄りかかる。


 すると、ブランドンが1人残ったコロシアムには、去っていった生徒たちと入れ替わるように、ルカが姿を現した。



(……来たか。待っていたぞ、勇者)



 対戦相手の少年とルカが向き合うと、アルギスは薄笑いを浮かべて試合の開始を心待ちにする。


 ややあって、コロシアムの中心から距離を取ったブランドンは、2人の顔を見比べた。



「双方、用意はいいな?では――始め!」



(ルカの相手も騎士みたいだな。体格はかなり違うが……)



 アルギスが見下ろす中、ルカは聖剣を手に、臆せず正面の少年へ斬りかかる。


 互いに剣と魔術を駆使して戦う2人は、遠近を問わず戦いを継続していった。



(ルカも相当強くなっているな。レベッカといい、勇者パーティはこれだから……)



 徐々に歓声を上がり始める観客席で、アルギスはダンジョンで会った時と見違えた動きを見せるルカに辟易する。


 それからしばらくの間、アルギスが試合を見続けていると、ルカは突如後ろへ飛びのき、ピタリと動きを止めた。



(なんだ?)



 一転して剣を構えて睨み合う2人に、アルギスは思わず腰を浮かせる。


 直後、背後に光り輝く紋章旗を揺らめかせたルカは、まるで弓を引くように身体をひき絞った。



「……いくよ」



「ぐっ!?」



 ルカが呟いた瞬間、燐光を散らす聖剣は、対戦相手の少年の首へ押し当てられる。


 少年が悔し気に目を瞑り、両手を降ろすと、アルギスは重力に任せてドカリと腰を落とした。



(間違いない、今のは聖剣の固有スキル《回帰の御旗》だ。やはり、使えるのか……)



 『救世主の軌跡』において、勇者となるために必要なスキルは4つ。


 スキルを全て手に入れることが、”セイヴァー”の職業を選択する条件となっていた。



(チュートリアル以降に使えるスキルだったはずだが、一体いつから……?) 



 ブランドンの宣言にコロシアムが静まり返る中、口元に手を当てたアルギスは、難しい顔で俯く。


 考え込むアルギスをよそに、試験は順調に進んでいくのだった。



 ◇



 十数組の生徒が試験を終え、コロシアムの熱気が高まりつつある頃。


 剣を手に取ったレイチェルは、緊張した面持ちで席を立った。



「……私も、そろそろ行くわ」



「ああ、無様な姿は見せてくれるなよ」



 誰にともなく呟くレイチェルに、アルギスはコロシアムを見下ろしたまま、言葉を返す。


 後ろからかけられた声に足を止めたレイチェルは、わざとらしい笑みを浮かべて振り向いた。



「……ええ、任せて頂戴」 



 レイチェルが階段を降りていくと、コロシアムには既にブランドンと対戦相手の姿がある。


 闘志を漲らせたレイチェルは、ブランドンを間に挟んで、細身の体躯をした少年と向かい合った。



「1つ、お手柔らかにどうぞ」 



「それはお約束できませんね」



 ニコリと微笑むレイチェルに、少年は警戒心を隠すことなく、睨みつける。


 観客席が見守る場内で、2人は睨み合いを続けながら、ブランドンの言葉を待ち始めた。



「ではこれより、”Sクラス”レイチェル・ハートレスと”Bクラス”ダニエル・ベルモントの試合を始める」 



 2人が揃って程なく声を上げたブランドンは、魔力に包まれていくレイチェルとダニエルを見比べる。


 そして、2人が剣を抜いたことを確認すると、コロシアムの中心から距離を取った。



「双方、用意はいいな?では――始め!」



「シッ!」



「くっ!」 



 試合の開始早々、胴体へと向けられたレイチェルの突きを、ダニエルは滑り込ませた剣で無理矢理方向を逸らす。


 間髪を入れずにダニエルが切り返すと、ぶつかり合った2人の剣は、コロシアムに鋭い音を響かせた。



「不意打ちとは、食えない真似をしてくれますね……!」



「あら、一声お掛けしたつもりだったのだけれどっ?」



 声に怒りを滲ませるダニエルへ軽口を叩きつつも、レイチェルは勢いよく鍔迫り合いを押し返す。


 一度距離を取った2人は、静かに剣を構えなおして、再び衝突した。



(……意外とやるわね)



 防御を崩す様子の無いダニエルに、レイチェルは険しい表情で剣を振るう。


 しばしの斬り合い後、小さく息をつくと、追撃を躱しながら後ろへ飛びのいた。



「逃がしませんよ!」



「逃げるだなんて……棘氷柱」



 青白い魔力を漏らすレイチェルの背後には、鋭利な先端の氷塊が冷気を纏いながら現れる。


 瞬く間に打ち出された氷塊は、ダニエルの頬を掠めて、背後の壁にまで到達した。



「っ!詠唱省略!?」 



「――凍てつく力よ、結氷の牢獄にて、我が敵を閉ざさん。霜氷封縛」 



 氷塊に気を取られて後ろを振り返るダニエルに、レイチェルはほくそ笑みながら次なる術式を行使する。


 すると、ダニエルの足元に広がり出した氷は、そのままひざ下まで届き、動きを完全に拘束した。



「出来れば、足の感覚がある間に観念して頂きたいわ」



「こ、降参だ……」 



 足元から昇る冷気に堪えかねたダニエルは、顔を青くして両手を挙げる。


 レイチェルがダニエルを拘束していた氷を砕くと、ブランドンは勝負の決した2人の下へと近づいてきた。



「そこまで!勝者、レイチェル・ハートレス」



「くそ……」



「ふぅ……及第点でしょう?」



 観客席から見下ろすアルギスを一瞥したレイチェルは、足早に階段を上がっていく。


 数分の内に元居た席へ戻ると、コロシアムを見つめていたアルギスの顔を覗き込んだ。



「どう、だったかしら?」



「何がだ?」



 期待するようなレイチェルの視線に、アルギスは釈然としない様子で首を傾げる。


 ぱちくりと目を瞬かせたレイチェルは、困ったように苦笑いを浮かべた。



「何がって……試合の事よ。是非、ご感想を聞きたいわ」



「……取り立てて問題にする点もなかったな。月並みだ」



 少しの間、目線を彷徨わせていたアルギスは、平坦な声でボソリと呟きを漏らす。


 にべもないアルギスの評価に、レイチェルは歯噛みしながら、悲し気に目を伏せた。



「そう……褒めては、頂けないのね」



「当たり前だ。あの程度の相手に、お前が負けるわけないだろうが」



 嘆息を零すレイチェルに眉を顰めたアルギスは、強い確信を感じさせる口調で話し出す。


 そして、不快げに鼻を鳴らすと、咎めるような視線を向けた。



「それで評価されようとは、実に図々しい奴だ」 



「ふふふ、そうね。少し、我儘だったかもしれないわ」



 しばらくの間、あっけにとられていたレイチェルは、一転して花が咲くような笑顔を見せる。


 すると、アルギスは不自然なほどに聞き分けの良いレイチェルに、たじろぎながら身を引いた。



「今日は本当にしおらしいな。なんだか、気味が悪いぞ」



「ねぇ、貴方が普段、私の事をどう思っているか伺っても?」 



 アルギスと見つめ合ったレイチェルは、口元に弧を描いたまま、コテンと首を倒す。


 目の笑っていないレイチェルに冷や汗を流しつつも、アルギスはゆっくりとコロシアムを指さした。



「……それよりも、試験に集中すべきだと思うが?」



「……そうね」 



 短い静寂の後、レイチェルは諦めたように前を向き直る。


 2人がそれぞれ異なった調子でため息をつく中、揃って目線を向けたコロシアムでは、以降も着々と試験が進められていくのだった。


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