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4話

 時は流れ、生まれ変わってから早5年。


 すっかり背の伸びたアルギスは、自室に用意されたソファーへ浅く腰掛けていた。


 サラサラの黒髪を降ろし、父親譲りの鋭い目には淡いアメジストの瞳を覗かせている。


 しかし、背もたれに寄りかかりながら、ぼーっと虚空を見つめる表情に輝きは無い。


 というのも、座学の授業やマナーの講習、ダンスレッスンなど、貴族としての教育に追われ、未だに魔術やスキルについて満足な情報を得ることが出来ていなかったのだ。



(はあ、いつまでこんな日が続くんだ。……ん?)



 目の回るような日々にため息をつきながら、今日もいつも通りの1日が始まるだろうと考えていたアルギスの耳に、ガチャリと扉の開く音が聞こえてくる。


 ふと顔を降ろすと、難しい表情で近づいてくるソウェイルドが目に入った。



「!これは、父上。いかがされましたか?」



「……まあ、掛けなさい」 



 慌てて立ち上がり頭を下げるアルギスに、ソウェイルドは軽く手を振って着席を促す。


 そして、自らも隣に腰かけると、静かに目を瞑り、じっと黙り込んだ。



(なんの用だ?普段ならば執務室に呼び出すはずだが……)



 腕を組み、ソファーにもたれかかるソウェイルドを横目に見ながら、アルギスは内心、疑問を浮かべる。


 明らかに普段とは異なる行動に、嫌な予感を感じながらも、身の引き締まる思いで続く言葉を待った。



 すると、少しの間があき、目頭を押さえたソウェイルドは、重々しく口を開く。



「……今日は、お前に伝えることがある」



「はい」



「…………これより、魔術の”継承”を行う」



 先程よりも長い沈黙の後、どこか遠くを見据えながら、話題を切り出した。


 一方、ソウェイルドをじっと見つめていたアルギスは、言葉の意味が理解できず、身を固くする。



(は?どういう意味だ?)



「返事は、どうした?」 



「申し訳ありません。それにしても、一体どのようなわけで?」



 しかし、不快げに眉を顰めたソウェイルドを見て、咄嗟に腰を折った。



「お前はエンドワース家の直系であり、私の後継者だからだ。……ついてこい」



「かしこまりました」 



 目線だけを上げて表情を確認するアルギスへと背を向けるように立ち上がると、ソウェイルドは黙って部屋を出ていく。


 それ以降、一切の言葉を発することなく、廊下を進んでいった。



(鍛錬するんじゃなくて、”継承”?)



 振り返ることなく進むソウェイルドの背中に、アルギスは訝し気な目線を向ける。


 そして、聞き慣れない単語を不思議に思いながらも、後を追いかけていると、一定間隔で灯りの灯された地下の廊下へと辿り着いた。



(地下は、初めて来たな……)



 アルギスが辺りに目線を送る間にも、鉱石のような灯りで照らされた廊下を、ソウェイルドは迷うことなく進んでいく。


 やがて目的の部屋の前に辿り着くと、左手に嵌めていた指輪を石造りの巨大な扉の窪みに翳した。



「……”開錠”」



 ソウェイルドの声と共に指輪が光り、のっぺりとした白い扉はゴゴゴと音を立てながら開いていく。


 ゆっくりと開く扉に合わせるように、部屋の壁に設置された蝋燭には火が灯り、暗闇を照らし始めた。



「さあ、入りなさい」



「……ここは儀式場、ですか?」 



 ソウェイルドに促されて部屋に入ったアルギスは、目を凝らしながら広々とした空間を見回す。


 すると、中心にはポツンと配置された祭壇と、それを囲むように巨大な魔術陣が敷設されていることに気が付いた。



「ああ。……お前は祭壇に立つんだ」



「かしこまりました」



 後ろから聞こえてくるソウェイルドの指示に従い、魔術陣の中心にある祭壇へと向かっていく。


 そして、アルギスが祭壇に立った瞬間、魔術陣のが円を描く様に徐々に輝きを増し始めた。



「今から、お前には新たな力が注ぎ込まれる。その力を受け止め、我が物とするが良い」



 腹の底から響くようなソウェイルドの言葉と共に輝きの広がり切った魔術陣が、より一層強烈な光を発する。



(うお!?)



 視界を白く染め上げる光に驚いたアルギスは、反射的に目を瞑った。


 しばらくしてから目を開けると、光は既に治まり、目の前には一冊の黒い本がふわふわと宙に浮かんでいる。



「これは……?」



 不思議に思ったアルギスが触れようとすると、黒い本は音もなく体へと吸い込まれていく。


 同時に、凄まじい眩暈と頭痛を感じたアルギスは、祭壇へと寄りかかるように膝をついた。



(ぐぅ! な、なにが起きた……)



 必死に起き上がろうとするが、体は思うように動かない。


 朦朧とする意識の中で、ズルズルと床に倒れ込んだアルギスは、そのまま気を失ってしまうのだった。



 ◇



 それから2日ほど経った日の夕方。


 魔術の”継承”において気を失ってしまったアルギスだったが、ようやっと意識を取り戻していた。


 掛けられていたブランケットを捲りあげ、ベッドから上半身だけを起き上がらせる。



(あの本は一体……。それに、そもそも何が起こったんだ?)



 両手に目線を落としながら思い出したのは、宙に浮かぶ本と気を失う前の出来事だった。


 深く息を吸った後、手を握ったり開いたりして、体の調子を確める。


 すると、いつの間にか部屋にやってきてジャックが、ベットの横に膝を着いていた。



「失礼いたします。お目覚めになられたようで、安心いたしました」



「ああ……」



 ニコリと笑顔を浮かべ、顔を覗き込むジャックに、アルギスは曖昧な返事を返す。


 心ここにあらずといった様子のアルギスに、目を伏せたジャックは遠慮がちに口を開いた。



「……旦那様から、”目を覚ましたら部屋に来るように”との言伝です」



「わかった。すぐに行こう」



 伝言を受け取ったアルギスは、巨大なベットを這うように移動すると、膝に手をつき、どうにか立ち上がる。


 重さの残る体で、のろのろと部屋の出口に向かって歩き出した。



「お体は、大丈夫ですか?」



「ああ、問題ない」



 体を支えようとする手を払いのけたアルギスは、肩で息をしながら部屋を出る。


 そして、複雑な表情を浮かべるジャックを引き連れ、ソウェイルドの待つ執務室に向かっていった。



「失礼いたします、父上。アルギスでございます」



「入りなさい」 



 執務室に着き、アルギスが扉を叩くと、なにやら上機嫌な声が返って来る。


 ゆっくりと扉を開いて中に入っていくと、やはりというべきか、嬉しそうに目を細めるソウェイルドが座っていた。



「おお、流石は私の息子だ。もっとこちらに来なさい」



(……あの儀式は失敗ではなかったのか。なら、気絶すると最初に言って欲しかったな)



 ソウェイルドの表情を見たアルギスは、儀式が成功していたと悟り、内心で呆れながら近づいていく。


 一方、机に肘をついたソウェイルドは、アルギスの咎めるような視線に気づく様子もなく、前のめりになった。



「体調も問題ないようだな。ならば早速だが、お前を呼んだ理由を説明しよう」



「はい。お願いします」



「うむ。まず、お前に施した儀式だが、あれは”血統魔導書”の継承だ――」



 表情を引き締めて語り始めるソウェイルドの言葉に、アルギスは注意深く耳を傾ける。


 聞けば、アルギスが行った儀式は、設置された祭壇と魔術陣によって”血統魔導書”というスキルを取得させるものだった。



(魔術陣によって強制的に取得させるスキル……?)



「この”血統魔導書”には、エンドワース家の後継者が習得してきた死霊術の全てが収められている」



「全て、というのは……?」 



 混乱するアルギスをよそに、ソウェイルドは滔々と説明を続ける。


 しかし、小さく零れたアルギスの疑問を聞くと、ニヤリと口元を吊り上げた。



「なに、そのままの意味だ。”血統魔導書”は、継承者の死後、習得していた死霊術が魔術陣へ登録されることになる」 



「……登録された死霊術は、どうなるのですか?」



「くく、登録された死霊術は”血統魔術”として、我らの力となる。無論、”血統魔術”は熟練度や魔力量によって使用できる術に制限がかかるが――」



 なおも不思議そうな顔で首をひねるアルギスに対し、堪えきれない笑みを浮かべたソウェイルドは説明を再開する。


 やがて”血統魔術”についての解説を終えると、「”血統魔導書”は、我らの尊き血による永き研鑽の結晶である」と言って説明を締めくくった。



「ひとまずは、こんなところだな」 



「”血統魔術”……」 



(才能がある者はいくつもの血統魔術を使用できる、か……) 



 初めて聞く単語を口の中で転がすように呟いたアルギスは、拳を固く握りしめる。


 すると、背もたれに寄りかかっていたソウェイルドが、思い出したように口を開いた。



「”血統魔導書”は契約死霊の確認にも使用する。覚えておきなさい」



(契約死霊……?まあ、要するに死霊術専用の管理画面みたいなもだろう)



 説明を聞き終えたアルギスは、”血統魔導書”について考察しながら、視線を彷徨わせる。


 ややあって、どうにか自分なりの解釈で納得すると、再び口を閉ざしているソウェイルドに目線を固定した。



「父上、血統魔導書を持たない死霊魔術師は、どのように契約死霊を確認するのですか?」



「む? ああ、やつらは契約死霊を魔石に封じ込める形で管理している」



「なるほど……」



「持たざる者とは、なんとも悲しいものだな」



 つまらなそうに肩をすくめるソウェイルドと対照的に、アルギスは顎に手を当てながら俯く。



(……『救世主の軌跡』で死霊術を使用できる仲間キャラクターはいないからな。仕様が全く分からない)



 それから少しの間、死霊術について考え込んでいると、パンと手を叩く音が聞こえて来た。



「――さて、他に質問はないな? ……これより、お前は”血統魔導書”を継ぎ、エンドワース家の正統な後継者となった」



「はい、心しております」



 思考を切り上げ、ソウェイルドと目を合わせたアルギスは、流れるような所作で腰を折る。


 しかし、床を見つめて言葉を待つ中、内心には新たな疑問が浮かんでいた。



(それにしても、なぜ急に教えてくれる気になったんだろうか?)



 魔術について、過去に幾度かそれとなく聞いてみたことはあったが、一度もまともに取り合われたことはない。


 ソウェイルドの答えは、常に「まだ早い」の一点張りだったのだ。



 それが急にどういう風の吹き回しだろうかと考えていた時、ソウェイルドが何かを思いついたように顎を撫でた。



「ふむ、ちょうどいい機会だ。この後、少し魔術の講義をしてやろう」



「!父上が直接、ですか?」



「ああ。この王国で、私以上の魔導師はいないからな」



 目を見開きながら頭を跳ね上げるアルギスに対し、ニヤリと笑い返したソウェイルドはゆっくりと立ちあがる。


 そして、着ていたローブをはためかせながら、スタスタと扉へと向かっていった。



「……早くしなさい」



「!申し訳ありません」



 思いがけない状況に固まっていたアルギスだったが、ソウェイルドの声にハッと我に返る。 


 すぐに慌てて立ち上がると、ソウェイルドの待つ扉へと駆けていった。



「行くぞ」



(……これは、ひょっとしてラッキーなのか?) 



 アルギスが近づいてきたことを確認すると、ソウェイルドは部屋を出て行く。


 そして、思案顔になったアルギスもまた、部屋を出て前を歩く背中を追いかけていくのだった。


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