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3話

 アルギスの目に映る広大な空間は、芝生で覆われた場所とむき出しの地面に区分けされていた。


 芝生には、いくつもの的が立てられ、むき出しの地面は綺麗に踏み固められている。


 この空間が本来、騎士の訓練場として使用されていることが分かった。


 しかし、今その場にあったのは騎士の訓練風景ではなく、頭と胴体が切り離された、巨大な赤い竜の死体だったのだ。



(す、すごい。本物の竜だ……)



「見よアルギス、これが今回バルドフの仕留めた竜だ」



 観客席のような場所に着いたかと思えば、いきなり竜の顔が現れたアルギスは目を見開き、動きを止める。


 そして、どこか誇らしげに口を開いたソウェイルドをよそに、初めて見るドラゴンに目を輝かせた。



(……どれくらい強いドラゴンなんだ? ――《傲慢の瞳》よ、ステータスを表示しろ) 



 しばらくはじっと見つめているだけだったが、好奇心に負け、遂にスキルを使用する。



 ――――――


 『レッドドラゴンの死体』:

 《傲慢の瞳》により、このレッドドラゴンの死体は素材であると判明。この素材は特別な能力を持つ武器や防具を作ることができる。また食材としても非常に美味である。


 ―――――― 



 期待に胸を膨らませるアルギスの前に表示されたのは、ドラゴンのステータスではなく、死体としての詳細だった。



(……なるほど、生きてないとステータスは見られないのか)



 やや期待はずれな結果に、アルギスは拍子抜けしながらスキルの表示を消す。


 すると、ガチャガチャと金属音を響かせながら、赤黒い鎧を纏う偉丈夫が近づいてきた。


 ヘルムを外した顔はよく日に焼け、灰色の髪は綺麗に刈り上げられている。


 ソウェイルドの前までやってきた偉丈夫は、手甲をつけた両手をガチャリと横に揃えて、頭を下げた。



「旦那様、お待たせして申し訳ございません」



「ふむ。どうやら予定より時間がかかったようだな、バルドフ」



 鎧を纏う偉丈夫――バルドフに向き直ったソウェイルドは、滑らせるように目線を上から下に動かす。


 スッと目を細めて言葉を待つソウェイルドに、バルドフはピクリと肩を揺らして、一層深く腰を折った。


「はっ!……恥ずかしながら発見に手間取り、”イブフェルド”まで行って参りました」



「なに、間に合ったのだ。問題はない」



 口元を吊り上げると、ソウェイルドは、満足げに頷き、腰を折るバルドフに手を振る。


 しかし、上機嫌で竜の死体を見上げるソウェイルドとは対照的に、顔を上げたバルドフの表情は、なおも苦虫を噛み潰したように歪んでいた。



「はい。屋敷の者には随分と迷惑をかけてしまいましたが……」 



 (やはり少し若いだけで、思っていた通りの外見だ……!) 



 しかし、初めてバルドフの姿を見たアルギスは、ゲームで見たままの姿に目を輝かせる。


 そしてソウェイルドの腕の中から、山のような巨体に思わず手を伸ばした。



「これは……!初めまして、坊ちゃん。己はバルドフ・フォルスターと申します。ご生誕、心よりお慶び申し上げます」



 短い手を必死に伸ばすアルギスに気が付いたバルドフは、ハッと目を見開くと、すぐに胸に手を当てて腰を折る。


 アルギスの誕生日を祝う表情は、先ほどとは異なり、朗らかな笑みを浮かべていた。



「――さて、そろそろパーティの準備も始まる頃だな。屋敷に戻るとしよう……お前は直接パーティホールへ向かえ」



「承知いたしました」 



 少しの間、バルドフと共に相好を崩していたソウェイルドは、アルギスを抱き直して踵を返す。


 振り返り際に指示を出すと、そのまま騎士団の本部を後にした。



(……もう終わりか) 



 徐々に遠ざかっていく騎士団の本部を、アルギスはソウェイルドの肩から名残惜しそうに見つめる。


 だが同時に竜の死体を見られたことや、バルドフと会えたことに胸を熱くしていた。



(あんなドラゴンがいる世界なんだ。生き残るためには、強くならなきゃな……)



 初めて外の世界に触れたことで、生き残りに一層の闘志を燃やす。


 決意を新たに、小さな拳をしっかりと握りしめたまま、スヤスヤと寝息を立て始めるのだった。



 ◇



 しばらくして、ゴワゴワとしたものに包まれる不快感で、アルギスは目を覚ます。



(……ん?な、なんだ?) 



 寝ぼけ眼で辺りを見回せば、宝飾品やレースで装飾された、いつにも増して豪華な衣装を着せられていた。


 更には金糸の編み込まれた、光沢のある織物で包み込まれている。



(ああ、そういえばパーティがあるとか言っていたっけ。……衣装でこれか、パーティは一体どれくらい豪華なんだろう) 



「あらあら、坊ちゃん。楽しそうですねー」



 午前中の出来事を思い出したアルギスは、パーティに思いを馳せ、無意識に顔を綻ばせた。


 すると、笑顔のアルギスにつられるように、エマもまた、穏やかな笑みを浮かべて廊下を進んでいく。


 やがて、ひと際豪華な部屋の前に着いたエマは、静かに扉を開けて中に入っていった。



「失礼いたします」



「まあ!素敵よ、アルギス」



 豪奢な衣装に身を包んだアルギスを見て、パァっと表情を明るくしたヘレナは、両手を合わせて喜ぶ。


 そして椅子から立ち上がると、身に纏っていた、深みのある真紅のドレスを揺らした。



(……お互い派手だな、母上よ)



 ヘレナに抱かれたアルギスは、どこか引きつるような笑みを浮かべる。


 というのも、着けている宝石のネックレスがジャラジャラと顔の周りを横切るのだ。


 時折、アルギスを包む織物とぶつかり、擦れるような音を立てている。



(まさか、ずっとこの状態じゃないだろうな……) 



 鬱陶しそうに腕の中で動き回るアルギスをよそに、ヘレナは近くに控えていたエマに顔を向けた。



「それで、パーティの準備は済んだの?」



「はい。既に招待状の確認は完了しております」



「そう、じゃあ行きましょうか」



 黙って側に控えていたエマは、ヘレナの問いかけに、すかさず答える。


 そして、扉に目線を送るヘレナへと数歩歩み寄った。



「では、お坊ちゃまをお預かりいたします」



「……ええ、そうね。ホールまでお願いするわ」



「かしこまりました」



 名残惜しそうなヘレナからアルギスを預かると、付き従うように部屋を出ていく。



(やっと落ち着いた……。それにしても、1階の廊下は随分と豪華だな……)



 再びエマの腕の中に戻り、ホッと息をついたアルギスは、パーティ会場に続く、彫刻や絵画の飾られた廊下に見惚れていた。



 それからしばらくの間、せわしなく目線を動かしていると、2人の騎士が守るように立つ、両開きの扉が目に入る。


 全金属製の重厚な扉には、獅子と髑髏をモチーフとする、精緻な紋章が刻まれていた。



(……これが会場か) 



「ふふ、貴方が主役のパーティよ」 



 驚くアルギスの頬をつついたヘレナは、扉の目前でアルギスを抱きかかえる。


 すると、近づいてくるヘレナに気が付いた2人の騎士が、同時に扉を開けた。



「公妃ヘレナ・エンドワース様、並びに公子アルギス・エンドワース様のご到着でございます!」



「――さあ、行きましょう、アルギス」 



 騎士が声を張り上げると同時に、話し声の漏れるホールへ、ゆっくりと足を踏み入れる。


 中に入ると、高い吹き抜けの天井にはシャンデリアが明るく煌めき、ビロードの張られた壁面には杖を手に、睨みつけるような男の肖像画が掛けられていた。


 ホールの中心に用意されたテーブルでは、豪奢な衣装や宝飾品で着飾った客人たちが会話を楽しんでいる。



 ヘレナに抱かれる形でホールに入ったアルギスは、あまりにも豪華な空間に、口を開けて固まった。



(…………はっ!凄い!) 



 しかし、すぐに我に返り、身を乗り出して非現実的な光景に目を輝かせる。


 少しの間、キョロキョロと辺りを見回していると、気づけばすぐ目の前にソウェイルドの姿があった。



「遅かったではないか」



「ごめんなさい。もう少し、急ぐべきだったわね」



 眉を顰めて腕を組むソウェイルドに、ヘレナは苦笑いを浮かべながら、アルギスを隣に用意された子供用の椅子へと座らせる。


 そして、自らも椅子に腰かけると、静かにパーティの開始を待ち始めた。



(……一瞬、誰だか分らなかったな) 



 一方、背の高い椅子に座らされたアルギスは、隣に座るソウェイルドを、訝し気な表情で見つめる。


 アルギスの目には、普段身に着けている黒いローブではなく、金で装飾された純白の衣装に身を包む貴族然とした父親の姿が映っていたのだ。



「さて諸君、大変長らくお待たせしたな。ちょうど主役も到着したことだ、少しばかり耳を傾けてもらおう」



 アルギスの視線に気づくことなく、ゆっくりと立ち上がったソウェイルドは、両手を大きく広げて周囲を睥睨する。


 すると、これまで話し声の響いていたホールが、途端にシンと静まり返った。


 部屋を満たす静けさを確認するように数回頷くと、声に力を込めて言葉を続ける。



「本日は我が愛すべき息子の誕生を祝うため、お集まり頂き感謝する。珍しい料理や美酒、そして一流の音楽を用意したので楽しんで帰ってくれ」



 ソウェイルドが言い切ると同時に、会場の一角に座っていた演奏家が立ち、優雅な音楽が流れ始めた。


 美しい旋律が流れる中で、見知らぬ料理に思いを巡らせるアルギスは、到着を心待ちにする。



(……はぁ。よく考えたら、俺は別の料理か) 



 身を乗り出していたアルギスの期待を裏切るように、見慣れたクラッカーと、すり潰された野菜が目の前へ運ばれてきた。


 普段と同様の食事が出てくることに、やや気落ちしながらも、用意された料理に手を伸ばす。


 ひとまず、モニュモニュとクラッカーをくわえたアルギスは、ホールの様子に目を向けた。



(よく見たら、来ているのは貴族ばかりじゃなさそうだな)



 ぼーっと視線を彷徨わせていると、招かれた客人たちの衣装が、様々であることに気がつく。


 色鮮やかな衣装を身に着けた貴族や商人のような者から、豪奢なローブを纏う神官まで、料理に舌鼓を打ちながら楽し気に談笑しているようだった。



(ま、どうでもいいか。……次は、どんな料理だろう) 



 しかし、すぐにホールへの興味を失くすと、ソウェイルドとヘレナの前に運ばれてくる料理を羨ましそうに見つめる。


 それから、アルギスが唯一追加で運ばれてきたポタージュスープと格闘している間にも、パーティは順調に進んでいった。



「……ふむ、どうやら来たようだな」


(なんだ?) 



 しばらくして、いくつかの料理が出された後、不意にソウェイルドが小さな声を上げる。


 釣られるようにアルギスが辺りを見回すと、貴族たちの元には厚く切られたステーキが運ばれてきていた。


 ステーキを食い入るように見つめるアルギスの横で、上機嫌なソウェイルドは近くにいた老神官へ声を掛ける。



「このステーキは竜の巣で討伐したレッドドラゴンの肉を使用している。是非とも食べてみて欲しい」



「おお!これが……!」



「――ふん、まあまあだな」



 目を輝かせる神官を見て数回頷くと、上品な手つきでステーキを食べ始めた。



(……ああ、あの竜はステーキになったのか。確かに”食材としても非常に美味”と書いてあったけど)



 なおもドラゴンの肉に会場がざわついている中、アルギスは昼間見た、ドラゴンの詳細を思い出す。


 巨大な竜の威容と比べると、笑顔で食べられていくステーキが少しだけもの悲しく見えた。



(それにしても暇だ……)



 その後もパーティは続いていくが、見ていることしかできない状況に、次第に退屈し始める。


 すると苦笑いを浮かべたヘレナは、アルギスをあやしながら、口元と手を拭った。



「あらあら、飽きてしまったの?」



(なんか最近の俺、子供っぽくなってきてないか……?)



 落ち着きを取り戻したアルギスは、自身の行動に疑問を覚える。


 というのも、最近では前世の記憶があるはずなのに、体に精神が引っ張られていると感じることがあるのだ。


 新しい人格が再形成され始めているような、不思議な感覚にアルギスが首をひねっていると、後ろから声が上がる。



「――お呼びでしょうか?」



「ええ、アルギスを部屋に連れて行ってちょうだい」 



「かしこまりました」



 ヘレナの指示を受けたメイドはアルギスを椅子から抱き上げ、ホールのサイドドアへと向かっていった。


 ざわめくパーティホールを仕切り直すため、立ち上がるソウェイルドに、一度頭を下げてからホールを出る。



(食事にはマナーが多そうだったな。ひょっとして、貴族の礼儀作法の教育なんかもあるのか?) 



 蝋燭の灯りで照らされた廊下を歩くメイドに抱かれたアルギスは、つい先ほどのパーティを思い返していた。


 パーティでの風景を見る限り、マナーや規則が多いことは、容易に想像できる。



(ゲームで訪れたダンジョンに行けるのは、いつになることやら……)



 目を瞑って小さくなったアルギスは「はぅ……」と赤ん坊らしくないため息をつくのだった。


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