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4話

 公都の屋敷で穏やかな時間が流れていた頃。


 ”商談”を終え、帰路についていたソウェイルドは、馬車の窓から不愉快そうな顔を覗かせていた。



「おのれ、いつまで待たせる気だ」



 長らく屋敷を留守にしていることもあり、急いで公都へ向かうはずの馬車は、魔物の群れに遭遇し足止めをくっていたのだ。


 窓から視線を外し、腕を組んで黙りこむソウェイルドに対し、ジャックは小さく口を開いた。



「やはり、バルドフを伴うべきだったのでは……?」



「……ならん。あれはまだ、アルギスにつけておく必要がある」



 ジャックの問いかけに顔を歪めて悩みながらも、ソウェイルドは静かに首を横に振る。


 そして、疲れたように背もたれに寄りかかると、馬車の天井を見上げた。



「はぁ、全く。父上の我儘にも困ったものだ」



「恐れながら、私は大旦那様がお元気でいらっしゃって、安心しておりました」 



「もちろん元気なのは結構だが、いい加減、公都に帰ってきて貰わなければ私が動けん」



 魔物の群れを倒し終えた馬車がやっと動き始める中、ソウェイルドは不機嫌そうに足を組む。


 すると、御者に指示を出し終えたジャックは、どこか懐かし気に苦笑いを浮かべた。



「一応、大旦那様は”すぐに帰る”と仰っていらっしゃいましたが……」



「知っているだろう。あの人の”すぐに”は、”死ぬまでに”と同義だ。信用するな」



 諦めたように首を振りながら、ソウェイルドはぴしゃりと言い放つ。


 にべもないソウェイルドの態度に、ジャックはなおも困ったように笑った。



「それは、何と申しましょうか……」 



「いい、何も言うな。今回は、アルギスのスキルを隠し通せただけで十分だ」



「……本当に、お伝えにならなくてよろしかったので?」



 頭を下げたジャックが口を閉じると同時、入れ替わるようにソウェイルドの隣に座っていた男が声を上げる。


 男の名は、ベルナルト・モンタリオン。平凡な顔立ちと、くたびれた雰囲気に覇気は感じられない。


 しかし、身を包むマントに刺繍された華美な紋章だけは、只者ではないことを示していた。



「当たり前だ。伝えれば、今すぐにでも呼び出されかねん。……まだアルギスを公領から出す気は、ないからな」 



 怯えの混じった目で見つめるベルナルトを尻目に、ソウェイルドは声を小さくして言葉を返す。


 そして、少しの間目線を彷徨わせた後、思い出したように眉間に皺を寄せた。



「そういえば、魔術講師としてやってきたというアルドリッチとは何者だ?アイワズ魔術学院の元教授だと、手紙には書いてあったが……」 



 ボソリと呟かれた言葉には、隠しきれない嫌悪の色が浮かんでいる。


 突然、不穏な雰囲気を醸し出すソウェイルドに、ベルナルトは慌てて口を開いた。



「旦那様がいらっしゃらない間、坊ちゃんのために奥様が手配したのでは?」



「それしかないが……うーむ」



(私への相談も無しに、ヘレナが魔術に関わる?……どうにも違和感があるな) 



 ヘレナのらしからぬ行動に、ソウェイルドは口元に手を当て、じっと考え込む。


 しばしの沈黙の後、気持ちを切り替えるように大きく息を吐くと、背もたれから体を起こした。



「……まあいい。今のうちに”商談”でわかったことを纏めるとしよう」



「かしこまりました」



 これまで不安そうにソウェイルドの様子を窺っていたベルナルトは、一瞬で表情を真剣なものに変える。


 そして、ジャックの取り出した資料を手に、2人は”商談”の内容について振り返り始めた。



「今のところ”デモルニア大陸”に動きはないようだな」 



「しかし、すでに各国においては蠢動の影がみられるようです。……勇者の動向についても、注意する必要がありますね」



「ああ、全く忌々しい。アルデンティア帝国の問題もあるというのに……だから同盟など最初から反対だったのだ」



 不機嫌そうに顔を歪めたソウェイルドは、苛立ち交じりに吐き捨てる。



 ――――1年ほど前、ソラリア王国はアルデンティア帝国の諜報員と思われる者を捕縛していた。


 これに対して王国は抗議をしたが、帝国からの回答は”属国の者の仕業だった”という内容の手紙と、首謀者とされる貴族の首だけだった。



(弱腰の王家め。どう考えても侵略行為だろうが……!)



 侵略行為を行ったとして、ソウェイルドは”同盟を放棄すべきだ”と進言したが、王家が取り合うことはなかったのだ。


 ソウェイルドが腹の内でくすぶる怒りを抑えるていると、すかさずベルナルトは言葉を重ねた。



「――その件について、どうやら実情は異なるようです」



「やめろ。それについて、今聞く気はない。屋敷に戻ってから報告書に纏めて出せ」



 パチリと目を開けたソウェイルドは、鬱陶しげに手をヒラヒラと振る。


 一方、話を途中で打ち切られたベルナルトは、身を縮ませながら頭を下げた。



「……大変、失礼いたしました」



「はぁ、どうせ屋敷に帰り次第、こちらで動くしかないからな。王家はあてにならん」 



 ため息交じりに肩をすくめたソウェイルドは、毒づきながらパラパラと資料を捲っていく。


 あまりにもな物言いに、ベルナルトは思わず苦笑いを浮かべた。



「魔物の増加の件もありますし、さすがの王家も動くのでは?」



「ふん。どうせ見て見ぬふりだろう、アレは乱世の器ではない。国王派の傀儡だ」



 資料に目を落としたまま、ソウェイルドは軽蔑するような声色で言い放つ。


 王家に対する反逆ともとれる言葉に、ベルナルトは曖昧な表情を浮かべながら冷や汗を流した。



「……そ、それにしても、旦那様と大旦那様を同時に呼びつけるとは……あの者、一体何者なのです?」



「ああ、あれは”魔族”だ」



「なぁ!?」



 当たり前のように返された予想外の回答に、ベルナルトは驚愕の表情を浮かべる。


 しかし、資料から顔を上げたソウェイルドは、こともなさげに言葉を続けた。



「まあ、会場の設置をしたのは父上だからな。詳しいことは分からんが、あの口ぶりからして間違いないだろう」



「……なるほど、それではるばるミダス商業同盟国まで」



「そういうことだ。あの国であれば、金を積めば魔族でも入れる」



 ミダス商業同盟国は、その名が示す通り、近隣諸国の同盟によって成り立っている。


 また様々な娯楽施設が立ち並び、貴族の休養地としても選ばれる国であると同時に、莫大な金銭が集中する性質上、拝金国家としても有名だった。


 改めてミダス商業同盟国の闇を見たベルナルトは、一層顔を青くする。



「金を払うなら魔族も客、ですか。いやはや、商人とは恐ろしいですね」



「私は父上の計画の方が、よっぽど恐ろしいがな。……ああ、早く帰ってアルギスに会いたいものだ」 



 手に入れた情報についての確認をすべて終えたソウェイルドは、再び背もたれに寄りかかり、窓の外に目を向けるのだった。



 ◇


 

 一方その頃、ソウェイルドの許可という大義名分を得たアルギスは、バルドフと共に再び魔物の討伐へとやってきていた。


 木々が太陽を隠す薄暗い森の中で、剣を片手に次々とゴブリンを倒していく。



「グギャァ……!」



「ゴブリン以外はいないのか?」



 今日だけで数える気にならないほど聞いたゴブリンの断末魔を背に、アルギスは後ろを振り返る。


 しかし、腕を組んでアルギスの戦いを見ていたバルドフは、ゆっくりと首を横に振った。



「恐れながら、ここまでが旦那様にご許可頂いている範囲となっております」



「……そういえば、そうだったか」



 丁寧な口調でありながら、きっぱりと言い切るバルドフに、アルギスは肩を落としながら渋面する。


 仕方なく刃についた血を飛ばして鞘に納めようとすると、剣は半ばから罅が入り、ポキリと折れてしまった。



「どうやら、今日はここまでのようですな」



「はぁ、仕方がない」



 バルドフが拾い上げた刃と、折れた剣身を見比べたアルギスは、諦めたように頷く。


 折れた剣を鞘に仕舞うと、近くに見える拠点へと戻っていった。



(剣術も、死霊術も問題は山積みだな……)



 帰り支度を整える騎士たちを遠目に見ながら、アルギスは難しい顔で待たせていた馬の下へと歩いていく。


 やがて、騎士たちの全員が支度を終えたことを確認したバルドフは、横に並ぶアルギスへと顔を向けた。



「では、行きますよ」



「ああ」 



 それから、公都へと向かって走ること1時間。


 帰路の半ばほどまで戻ってきたところで、怒気を孕んだ叫び声と悲鳴のような叫び声が、草原に響き渡る。



(ん?あれは……?)



 馬を止めて辺りを見回したアルギスは、前方から青年たちと思わしき3人の青年たちが、鬼のような魔物に追われているのが目に入った。


 青年たちを追う巨大な魔物は、今にも握り潰そうと、異常に発達した筋肉と鋭い爪を持つ腕を振り回している。


 アルギスと同様に馬を止め、逃げ惑う青年たちを遠目に見ていたバルドフは、背中の大剣に手を掛けた。



「坊ちゃん、いかがいたしますか?」



「……逆に聞くが、私があの程度の魔物に道を譲る必要があるか?」



 試すようなバルドフの質問に、アルギスは不快げに顔を歪める。


 一方、青年たちの動きを目で追っていたバルドフは、大剣を抜いて嬉しそうに笑った。



「ははは、それは全くもって必要のないことですな」



「ならば切れ。私は、このまま進む」



「はっ!――己はエンドワース騎士団団長、バルドフ・フォルスターである!冒険者よ、助太刀する!」



 アルギスの馬を追い抜いたバルドフは、名乗りを上げると、青年たちの方へと向かうため手綱を操る。


 しかし、バルドフの名乗りを聞いた青年たちは、慌てて逃げる方向を変えようとしていた。



「よ、よりにもよってエンドワース家だって!?」



「オーガよりましだろ!」



「とにかく!早く!」



 仲間の内の1人が怒鳴ると、一瞬ためらったものの、全員が一斉にバルドフの方へと走り出す。


 青年たちを追いかけるオーガを睨みつけたバルドフは、馬上で大剣を構え、あっという間に距離を詰めた。



「ぬん!」



「ガギャ……!?」 



 バルドフとすれ違ったオーガは、抵抗することなく首を断たれ、ドスンという重たい音と共に後ろに倒れる。


 目を白黒させる青年たちをよそに、馬から飛び降りたアルギスは、真っすぐにオーガの死体へと近づいていった。



「素晴らしい腕だ、バルドフ。これほど綺麗な死体は、そうないぞ」



「はっ!恐縮でございます」



「あ、あのー……」



 目の前で繰り広げられる主従のやり取りに、青年の内の1人が覚悟を決めて声を上げる。


 誰もがアルギスの言葉を待つ中、当の本人は楽しげに笑いながら、黒い霧を纏い始めた。



「――我が闇の力を以て、仮初の命と為す。死霊作成」



 呪文の完成と共に、黒い霧が死体へと纏わりつき、オーガの死体はドロドロと溶けていく。


 やがて全ての肉が溶け切ると、骨がむき出しになったオーガ――オーガスケルトンは、バルドフに斬り飛ばされていた頭を首の上に載せた。



「――闇の力を以て、汝が偽りの魂を拘束する。”死霊契約”」



 アルギスが”死霊契約”の詠唱を始めると、再び霧に包まれたオーガスケルトンは、みるみるうちに骨だけで出来た身体を黒く染め上げる。


 しばらくして霧が晴れると、漆黒の身体をギシギシと軋ませながら、近づいてくるオーガスケルトンの姿があった。



「……”血統魔導書”」



 ――――――――



【契約死霊】

  屍骸の鬼

【状態異常】

 ・なし

【スキル】

 ・怪力

 ・重撃 

【属性】

  闇

【魔術】

 ・破壊系統



 ――――――――



(……ふむ、悪くないじゃないか) 



 血統魔導書を片手に、アルギスは初めて満足のいく死霊を作り出せたことに口元を吊り上げる。


 振り返り様にアルギスが軽く手を振ると、”屍骸の鬼”と”血統魔導書”は、綺麗さっぱり消え去った。 



「お前らは運がいい。私は今、気分が良いんだ、さっさと行け」



「え、あ、ハイ……」 



 不敵な笑みを浮かべたアルギスは、鬱陶しそうに顎をしゃくって、青年たちを遠ざける。


 そして、すぐに馬に飛び乗ると、騎士団と共に颯爽と走り去っていくのだった。


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