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第八十三話 三駅目――のろま地球人除去計画

「そっか……え、ちょっと待って。三年? その三年って、まだ経ってないよね……?」


 のろま地球人除去計画の実行予定年を計算して、背筋が寒くなった私は、ぎゅっと身を縮こませた。


「心配しなくても、ヨネ様が計画もろとも組織を闇に葬ったわ」

「え」

「あの計画があったことを知るのは多分……私とヨネ様と、レプレプ穏健派の上層部だけ」

「……ヨネ子ちゃんが……? なななな何したの⁉」

「そこまでは知る必要ないわ。気にしないで、ほんとに。知らなくていいから…………ここまで言っても、知りたいの?」

「…………や、やめとこうかな」

「懸命な判断だわ」


 恐ろしい計画がなくなったことに安堵した一方、『闇に葬った』という言葉が意味することが何なのか、推測することがまた恐ろしい。そしてそんな闇な言葉とヨネ子ちゃんが、どうしても結びつかない。つい先日、地球の幼児達とキャッキャウフフとおままごとやシャボン玉で遊んでいた、あの可愛いヨネ子ちゃんが?


「あんたらは全っ然分かってないけど、ヨネ様は凄い御方なのよ。そして怖い御方でもある。穏健であることをよしとするけど、均衡を崩そうとするレプレプに対しては容赦しない」


 私達は相変わらず並んで座っていて、八幡ちゃんは車窓に向いたままだった。


「あのう、フサ子さん……今の話、あの、例のヤバい計画のこと、私が聞いちゃっても良い話だったの……?」

「フン」

 

 大いにビビっている私の反応に、フサ子さんは嬉しそうにニヤリと笑った。彼女の笑顔を見たのは、あのクリスマスパーティー以来だ。


「良い反応ね。私、地球人のそういう反応大好きだわ。でも……安心しなさいよ。今日はあんたに何を聞かれても隠さず話しなさいって、ヨネ様から言われてるの。私が何を話しても、あんたが何を知っても、ペナルティはなし。秋月一馬に話しても構わない。あんた達は知るだけ。何もしないわよ」


 ふぅと安堵の息を吐き出す私を横目で見ながら、フサ子さんは顔にかかる艷やかなブロンドを、気だるげに掻き上げた。


「……そもそも、あの計画が今も生きていたとして……既にあんたも秋月一馬も、レプレプと関係を持ってしまっている。除去の対象外だわ」

「やだなぁ、フサ子さん。ちょっと残念そうに言うのやめてよ」

「ふん」


 フサ子さんは意地悪そうな笑顔を消さずに、鼻を鳴らした。一般的に見れば嫌な感じに映るだろうが、私は不思議と不愉快ではないし、緊張もしなかった。何だろう、話している間に、この好戦的な異星人との距離が近づいた気がした。口に広がるココアの甘さに絆されたのだろうか。


「……返事は分かりきっているけど、念の為聞いておく」


 もうすぐ目的の駅に到着する。レプレプ星人との対話の時間も、終わりに近づいていた。

 フサ子さんは問いかけた。


「誘ったら、あんたは私のスカウトに乗る?」


 不敵な笑みも、怒りも嘲りもない。彼女が私を真剣に見つめる顔を、その時初めて目撃していた――しかし、すぐにそれは、すっかり見慣れたフサ子さんの、ツンとした表情に戻ったのだった。


「断ります」


 間髪入れずに、私が首を振ったからだ。


「分かってるわよ」


 ぷいっと顔を背けたフサ子さん。彼女のブロンドの髪が、ふわりと搖れたのと同時に、到着予定の駅名を告げるアナウンスが聞こえてきた。


「お話、終わりましたか?」


 シートから降り、靴をはいた八幡ちゃんがトコトコとやってくる。


「終わったわ」


 列車は停車し、軽やかなメロディーと共にドアが開く。私と八幡ちゃんと入れ替わりに、幾人もの乗客が流れるように乗車して行った。


「それじゃあ、また。ヨネ子ちゃんによろしく」


 私のこの挨拶は聞こえただろうか? 

 私達の方を振り返ることなく、閉じたドアと同じ側のシートに座ったままのブロンドの後ろ姿は、あっという間にホームから見えなくなっていった。

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