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第七十二話 完璧な調和

「時間、使って良い?」

「ああ。でもその前に、どこか暖かいとこに入ろう」

「ボクは一足先に帰ってましょうか」


 ニコニコ笑顔の八幡ちゃんの声に、秋月くんは「一緒に来い」と返した。


「お邪魔虫じゃないですか? 安心してください。仲間はずれにされたとか、そんな風に受け取りませんよ。いい感じの地球人が二人きりになりたい時があることは、よーく承知してま……ムグ……モゴモゴ。なにこれ……おいしいっ!」


 秋月くん、ドラ焼きなんて持ち歩いてたのか。八幡ちゃんの口にそれを突っ込むと、彼は説明した。


「うちの近所の和菓子屋。ドラ焼きが売りなんだ。美味いんだよ、ここの……ほら、今日クリスマスイブだろ」


 モヒカン男はクリスマスプレゼントに、美味しいドラ焼きを準備してくれていたのか。うん、確かに甘くて良い香りが漂ってくる。


「うわぁ。これ、皮に黒糖入ってます? ふわっふわ! 餡も上品な甘さで美味しいです! 絶品です!」

「ほらこれ、悠里の分」


 差し出された包には、サンタクロースのイラスト入りシールが貼ってあった。もしかしてこれ、秋月くんが貼ったのだろうか。想像すると可愛くてニヤついてしまう。


「ありがとう! ドラ焼き大好きだよ。あ、そうだ。私も二人に持ってきたんだった。クリスマスプレゼント」


 ライブハウスでは壮大な話を聞きすぎたし、帰り道も色々あったのですっかり忘れていた。


「はいこれ!」


 カバンから出した包を渡す。「あけてみて!」と促し、ガサゴソと中身を取り出した二人の反応に、私は得意げに「ふふん」と笑った。


「ソフビ人形?」

「わあ、これ知ってます! リアルタイムでテレビ放映されていた頃に、仲良しの子の家でよく観てました」


 私が二人に選んだプレゼントは、特撮ヒーローのキャラクター人形だ。私が生まれる前からこの国ではおなじみのシリーズ物。宇宙のはるか彼方の星から、地球のピンチを救いに来てくれる宇宙人がヒーローなのだ。


「八幡ちゃんのはね、この特撮シリーズ通して人気のキャラクターなんだよ。怪獣だけど敵じゃなくて、友好珍獣って別名もあるの」


 ソフビなのでゴツゴツした手触りだけど、何となくもじゃもじゃした見た目の怪獣。愛らしい顔立ちの八幡ちゃんと顔つきは全然違うけど、彼のくるくるぽよぽよの髪の毛と、通じるところがあると感じたのだ。


「知ってます! この子も地球人に友好的なんですよね。ボクと一緒です! ありがとうございます。とても嬉しい贈り物です」


 小さなエイリアンは、人形をぎゅっと胸に抱きしめた。にっこり笑顔に癒やされた私は、秋月くんへのプレゼントの説明に移る。


「秋月くんのはねー」

「お前がどうしてこれを選んだのか分かる」

「あ、やっぱり?」


 このシリーズは歴史が長い。私は特に特撮ファンでもないので、シリーズ全てを網羅しているわけではない。秋月くんにこのキャラクターを選んだのは、彼との外見の共通点があったからだ。


「頭の形だろ」

「正解!」


 まるでモヒカンを立てたようなシルエットの頭部が、秋月くんを連想させたのだ。


「そのモヒカンっぽい部分、本当は取れて武器になるんだよ」

「知ってる」

「ボクも知ってます! ブーメランになるんですよねー」


 空はすっかり暗くなっていたけど、そこかしこでイルミネーションが輝いている。駅前の街路樹はLEDの電飾を着飾り、人々はカメラを向けていた。


 地上の輝きに飲まれて、見上げても夜空に星は見つけられなかった。東の空に月がひっそりと光を投げながら、私達を見守っているだけだ。


 そんな空の下。

 私は今この瞬間に、完璧な調和を感じるのだった。まだ時間錠は溶かしていないはずだが、時が止まっているかのような調和を。


――秋月くんがいて、八幡ちゃんがいて、私がいる


 私は喜びを感じ、その感情をただ受け入れて疑問にも感じていない。

 なんて素晴らしいのだろう。


 これは、完璧な調和だ。

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