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第七十話 からっぽのバケツ

 持ち手にリボンが飾られたままの、空っぽのバケツ。秋月くんが片手に二つ、私が残りの一つを持って歩いている。秋月くんが持つバケツ同士がぶつかって、ガランガランと鳴っている。私達の帰り道は少々騒がしかった。


「世間は狭いな」


 人間の沈黙はしばらく続くかもしれないと考えた私の予想に反して、秋月くんは歩きだしてからすぐに言葉を発した。


「俺の父親、あの場所にいたんだな」

「……やっぱり、さっきの話の青いモヒカンのギタリストって、秋月くんのお父さんなの?」

「そうそういねえだろ。十代で子供作って数年後にバイク事故で死んだ、この辺が生活圏の青モヒカンのバンドマンなんて」

「確率的にはそうですねぇ、確定といえるかも知れません。時期も一致します」

「家にあるあいつの形見のギターでも持って行ったら、あのマスターすげえビビるだろうな」


 秋月くんは笑った。嘲笑ではない。八幡ちゃんがよくするような、カラカラした笑い方だった。


「おい。勝手に一人で気まずそうにすんなよ」


 俯き気味になっていた私の頭を、秋月くんの指がつついた。 


「……いや、まぁ、それは……。だって。だって仕方ないでしょ」


 駅前の喧騒が近い。私が足を止めると、秋月くんと八幡ちゃんも立ち止まった。バケツが打つかる音も止まる。私達の周囲だけが、さっきよりも静まった。


「こういう時、どんなこと言えばいいのか分からないよ」


 単純構造の私の思考回路では、適切な言葉を選んで組み立てられるのか不安だった。


「秋月くんが嫌な気持ちになることは言いたくないし……。私色々なこと複雑に考えられないから、うっかり無神経なこと言っちゃうかも知れない」

「無神経なこと? 例えば?」


 これでも慎重に言葉を選んでいるのだ。秋月くんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、その先を促した。


「え……。そうだな。例えば……。秋月くんがお父さんに対して、とてつもないモヤモヤした思いを持ってるかも知れないのに、『お父さんの知り合いに会えて良かったね!』『お父さん、秋月くんのこと可愛がってたんだね!』って言っちゃうとか」

「他には?」

「もうあそこには行くもんかって考えているかも知れないのに、『お父さんのこと知ってる人と会えたね! すごい偶然じゃん‼ また行こうよ』って言っちゃうとか」

「それで全部?」

「あ」


 しまった、乗せられた。片手で口を隠した私を見ながら、秋月くんは可笑しそうに「はは」と笑った。グラサンを外しているので、優しげに細くなった目元が丸見えだ。


「俺が今、嫌な気持ちになってると思うか?」


 向かい合う秋月くんの表情は穏やかだった。私に注がれる眼差しには闇を感じない。彼の声は相変わらず心地良い低音で、喧騒に飲み込まれた繁華街の中にいても、まっすぐに私の中へと入ってくる。


「思わない」

「だろ」


 口角を上げた口から、白い歯が見えた。

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