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第三十七話 善い家族

 ジロパパが塾へ戻っていったのと入れ替わるように、郵便局で働いているという叔父さんが帰宅した。ユカちゃんの息子で、秋月くんのお母さんの弟。『ダイ叔父ちゃん』と呼ばれることもあるその男性は大柄で、秋月くんと雰囲気がよく似ていた。


 賑やかで、楽しくて、私は沢山笑った。あんなに緊張していたのが嘘みたいに、あっという間に子供たちと打ち解けてしまっている。


 秋月家での夕食の席は、宅配ピザとオードブルで彩られた食卓と同じくらい賑やかで、そのジャンキーさに負けないくらいにエネルギッシュだ。


 ふと時計を見れば、もうすぐ金曜ロードショーが始まる時間だった。こんなに時間が過ぎていたなんて、全く気が付かなかった。


「送ってく」


 そろそろ帰ります、と立ち上がった私に、秋月くんも続いた。


「あー、しまったぁ。酒呑んじゃったぁ。すまん、車で送ってやろうと思ってたのに。忘れちゃったぁ。ゆーりちゃん、メンゴメンゴ」

「バカ」


 ダイ叔父ちゃんはすでに顔が真っ赤だ。出来上がっている。ユカちゃんや子供たちから「バカバカ」罵られどつかれても、ニヘラニヘラと愉快そうに笑っていた。体格と雰囲気は秋月くんに似ていても、剽軽な軽い声は全然違う印象を与えるものだった。


「もう遅いんだから、ちゃんと家まで送っていけよー?」

「分かってる」

「悠里ちゃん、おうちの人にもよろしくね」

「はい」

「次は絶対に餅太郎(おもち)もつれてきてな‼」

「おっけー」

「また来てね! 今月中だよ!」

「うん! ありがとう」

「あのねー、今日のきんよーロードショウ、まじょたくだよ」

「えっ。そーなの? うちの家族録画してるかなあ」

「……うち、してるよ。次来たら……一緒に観ますか?」

「ほんと? いいの? ありがとう! 一緒に観ようね」


 リビングから玄関まで、廊下を何度も曲がりながら、ぞろぞろと総出で見送ってくれた。ちょっと恥ずかしいけど、何だか嬉しいものだ。


「おやすみ、悠里ちゃん」


 眠りこけた真麻ちゃんを抱っこした唯斗くんが、微笑みながら手を振ってくれた。


「おじゃましました!」


 玄関を出て、通りに出てから振り返る。皆まだ見送ってくれていた。




◇◇◇




「良いご家族だねえ」

「やかましかっただろ」

「そこが良いんだよー。仲良くしてもらえて、とても嬉しかった!」

「そうかよ」


 楽しく満腹になった私の足取りはとても軽い。スキップでもしたくなるけど、転んだら台無しなのでちょっとだけ我慢する。浮かれた私の隣で、秋月くんは歩調を合わせるようにゆっくり歩いてくれていた。


 駅までの道のりは、とても静かだった。この辺りは畑が多いようだ。暗闇の中ではよく見えないけれど、湿った土の香りがした。


「皆さんとってもフレンドリーでしたね」

「ね! そういえば八幡ちゃん、ピザ全種類食べられた?」

「ハイ。一馬くんがボクの分もちゃんと取り分けてくださったので、ばっちりです。とっても美味しかったです。特にパイナップルがトッピングされたやつ、好きですねー! ごちそうさまでした!」


 私達以外から姿を消しながらも、八幡ちゃんは何食わぬ顔で秋月くんの背後から料理に手を伸ばしていた。他の人からは、ピザだけ宙に浮いているように見えるのだろうか? まさかね。八幡ちゃんが触れた時、そのピザも目に見えなくなるのだろうか。意外と皆、気付かないものだ。



◇◇◇



「俺を産んだ時、母親は十六だったんだ」


 ピザと八幡ちゃんの不思議について考察していた私は、唐突に聞こえてきた秋月くんの言葉に足を止めた。


「もう少しだけ、大丈夫か?」


 少し先に、小さな公園が見えてきた。秋月くんの視線は、小さなベンチを指していた。


「寒い?」

「ううん。平気だよ」

「……これ、使うか」


 公園の時計を仰ぎ見た秋月くんは、ズボンのポケットから巾着袋を取り出した。いつも彼が持ち歩いている、回収袋――中には拾い集めた時間球が入っている。


「もう遅いから。もっと遅くなったら、さすがに悠里の家族も心配する」


 ほら、と促され、手を出した。私の手の上に、光る小石が数粒転がってきた。

 

 消えかけた外灯が一つしかないその公園は、ほぼ暗闇に沈みきっていた。そんな中で時間球の輝きはいつもよりも眩しく感じたが、やがてその光は、私の中に吸収されるように、すーっと消えていったのだった。

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