第三十六話 一馬くん
秋月くん曰く、『一番良識のある、最もマトモな大人』であるというジロパパは、端正な顔立ちの中年男性だった。
「はじめまして。君が悠里ちゃんか。お会いできて良かった。佐々木英次郎です」
切れ長の目が唯斗くんそっくりで、親子なのだと一目で分かる。健康そうな身体つきに清潔感のあるワイシャツ、艶のあるスラックス生地はチェック柄で、なんだか洒落た雰囲気を醸し出している。塾の先生と言われると、ああなるほどと納得できた。
「はじめまして。あの、一馬くんには、いつも勉強教えてもらったりお世話になってて。すごく助かってるんです。おかげでここのところ模試の結果が、べらぼうに良くって!」
「ははは。そっか。べらぼうに良いのか。それは良かった」
ジロパパはあっはっは! と大きく笑った。声も顔も全然違うのに、その笑い方は秋月くんの笑い顔を見た時と同様に、私の緊張をほぐしていく。
「一馬はうちの塾を手伝ってくれてるからね。教え慣れてるから」
「え? そうなの?」
「……ああ」
驚き顔の私に、秋月くんは頷いた。もしかしてバイトって、塾の手伝いのことだったのだろうか。何のバイトをしているのか訊ねたことがあったが、『この髪型でも差し支えない仕事』としか教えてもらえなかった。
「授業を持ってるわけじゃないけど、テストの採点や質問しにきた生徒への対応を手伝ってくれるんだよ」
「へえ」
「時給良いからな」
「モヒカン先生って呼ばれてるよねー。特に小学生からの人気が高いよね」
ふふふ、とユカちゃんが笑った。
「ああ、なんだか分かります。秋月くん、子供から懐かれそう」
顔は怖いけど、チラ見えする優しさとのギャップには、惹かれるものがある。顔は怖いけど、怖がらせるようなことは絶対にしない。顔は怖いけど、教え方はとても丁寧で分かりやすい。オモシロくて信頼できる人に、子供は懐きやすいものだと思う。
「あれ? 悠里ちゃん、一馬のこと普段は秋月くん呼びなの? やだなぁ、一馬くんって呼んであげてよ。そっちのほうが嬉しいだろうからさ」
ユカちゃんの言葉に、ジロパパはくすくす笑ったが、秋月くんは「やめろ」と短い言葉で制した。どんな表情してるんだろうと見上げたが、彼は顔を逸らしていたので分からなかった。
「呼ぼうか? 一馬くんって」
「いい。別にいい。今のままで」
「そう?」
私としては秋月くんでも一馬くんでも、どちらでも構わないのだ。向こうは私のことを名前で呼び捨てなのだし。そもそも最初に秋月くんと呼び始めたので、何となくいつも秋月くんと呼んでいただけなのだから。
しかしなぜか秋月くんは頑なに、「名字呼びでいいから」と言うので、私は頷いた。
「本当に不思議なものです。呼び名一つでも、地球人の皆さんは特別な感情を抱きますよねー」
傍らに立つ八幡ちゃんが、興味深そうに呟いた。




