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第三十四話 秋月家

 秋月くんの家は七人の子供達全員に個室がないとはいえ、結構広そうだった。昔ながらの日本家屋の母屋には増築を繰り返した形跡があって、廊下の途中で何度か段差があった。そこを超える度に家の中の温度が上下して、足裏から伝わる床の感触も変化する。

 同居する叔父さんが兼業農家として野菜や果物を育てているそうで、窓から作業場や農具小屋が見えた。


――迷路みたい


 誰かの家でこんな感想を持ったのは、初めてだった。何度か廊下を曲がったのは覚えているが、今すぐ玄関まで戻れと言われたら、私は間違いなく迷うだろう。


「お客さんだよ!」


 ある部屋の前まできて、ユカちゃんが勢いよく襖を開いた。そこでやっと、私は秋月家のリビングにたどり着いたことに気づいたのだった。

 ワッ! という大勢の声を耳が捉えてびっくりして、その後しばらく放心状態に陥ったのだと思う。


「おい! おい! 悠里!」

「はっ!」


 マルチタスクは苦手だ。というか、できない。一度に二人以上から同時に何かを捲し立てられると、私の頭は情報を処理しきれなくなって、あっさりショートしてしまう。


「大丈夫か。今完全に意識がブッ飛んでただろ」


 本気で心配そうな顔の秋月くんを見た。そんな表情、初めてだ。少し嬉しい発見をした私は、ようやく自分を取り戻してきたのだった。


「あっはは。ごめんね、うるさくてびっくりしたでしょう」


 ユカちゃんは朗らかに笑ったかと思うと、次の瞬間、その可憐な外見から出てくるとは到底予想できないドスの効いた声で、


「うるさいッ! こらッ! 黙りなッ! 静かにッ!」


 と、怒鳴り散らしたのだった。ラノベで表現されがちな、『喉がヒュッと鳴る』という身体反応を、私はこの時初めて体験した。


「……まあ、とりあえず座れよ」


 シーンと静まった畳の間には、こたつが一つ。その四方はすでににぎゅうぎゅう詰めになっていた。どこに腰を下ろしたものか思案している私に、沢山の視線が突き立てられる。あ、冷や汗が……。


 秋月くんに肩を押されながら座らされたのは、たった今まで男の子が腰を下ろしていた場所だった。彼が後ろに退いて、場所を空けてくれたのだ。長い前髪の奥から、切れ長の目が覗いている。秋月くんの弟くんの一人だろう。


「ごめんね。失礼します……」

「大丈夫です。どうぞ。兄ちゃんも座ったら。真麻(まあさ)唯兄(ゆいにい)の膝の上においで」


 彼は隣に腰を下ろしていた小さな女の子を自分の足の上に抱き上げると、もう一人分の空間を作ってくれた。秋月くんには狭そうだけど、どうにか私の隣に座ることができる。すっごく密着しているけど、仕方ない。全体的に皆密着しているのだから。私の反対側の隣には、ポニーテールの小学生くらいの女の子がぎゅっと密着して正座していた。大きな瞳でこちらを凝視している。あ、また冷や汗が……。


「よし。みんな座ったね。じゃあとりあえず、まずは自己紹介といこうか。悠里ちゃん、ハイ。これメモと鉛筆」

「えっ」


 ユカちゃんからテーブル越しに渡されたのは、まさにメモと鉛筆だった。


「何しろ六人もいるからね。メモでも取らないと覚えられないでしょ?」

「ああ、なるほど……」


 頷く私の手から、秋月くんが鉛筆をすっと抜き取った。


「貸せ……名簿作ってやる」

「ありがとう」

「うおお! 一兄(かずにい)が優しい! 映画のジャイアンみたいだ! すっげーっ‼」


 私の隣の隣に座っている少年が、目をまんまるにして興奮気味の大声を上げている。


晴太(はるた)うるせえ。さっさと始めろ」

「じゃあ上から順番でいいよね。俺からいくよ」


 私に場所を譲ってくれた、長い前髪の男の子が先陣を切った。

 秋月家六人きょうだいの、自己紹介が始まったのだった。

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