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第二十九話 分からないところは?

「場所なんて、自宅でいいだろ」


 解を導き出したことを示す線を引いたペン先が、シャッと音を立てて止まった。秋月くんの顔が私の方を向く。今日はモヒカンが立ってないので、新鮮な印象を受けた。


「自宅って」

「悠里の家。お前、自分の部屋あるんだろ? そこでいいじゃん。鍵もかけられるって話だよな」

「え、うち?」


 目を丸くした私の前で、チュンチュンと雀が(さえず)る。


(ああ、確かに。どうして今まで思い浮かばなかったのでしょう。悠里ちゃんのお部屋なら、ちょうどいいですね。ちゃんと片付ければ、器具を広げるスペースもありますし)

「散らかってるのか?」

(色々床に散乱していますよね。机の上にもお菓子とか漫画とかたくさん。プルプル星人とアブダクションする時も、まず一通りのお片付けから始めましたもん。終わってから原状回復のために散らかし直すのは、結構骨の折れる作業でした)

「ちょ、ちょ、ちょっ!」


 話がおかしな方向へ向かいそうになって、私は慌てて腕を振って八幡ちゃんの言葉を遮った。雀がパタパタと羽ばたき、私の頭の上にとまる。

 秋月くんは声を抑えて笑っていた。肩の震え方から察するに、相当ツボっているのが分かった。 


「秋月隊長の部屋は⁉」

「俺、自室持ってねーから」

「えっ」

「今朝話したろ。七人も兄弟いたら、全員個室は無理なんだよ。俺の家にプライベート空間なんてない」


 な、なるほど……。納得した私を見て、隊長は話を締めくくりにかかった。


「決まりな。今日俺バイトないから、学校終わったら早速視察にいくか」

「視察? え。あのう、片付けの猶予は……?」

「夕方、家族は家にいるのか?」


 恐る恐る時間の猶予を打診した私の言葉は、聞こえなかったのだろうか。秋月くんの質問がとんできた。


「うん、学校が終わる頃にはお母さんも帰ってきてるし、お父さんも今日はテレワークだからいるけど……」

「突然俺みたいのが娘の一人部屋に上がり込もうとしたら、印象最悪だろ。今日は挨拶するだけ。そこから何回かは、俺が悠里に勉強教える名目で通う。家族から目の届くところで、ただ真面目に勉強してる姿を見せて警戒を解く。もし夕飯にでも呼んでもらえたら、親睦を深めるチャンスだな。リビングは? 二人で勉強できるスペース借りられんの?」

「うん、平気だけど。え、通う?」

「バイトがない日にな。今までみたいに授業の空きコマに時間錠作ることは出来なくなるから、その時間は勉強につぎ込むぞ……一応俺ら、受験生でもあるんだから。悠里の部屋に堂々と籠もれるようになったら、貯めた時間球を一気に精製する」

(なるほど。無駄のない計画ですね!)


「よし。これでいこう。俺が部屋に上がれるようになる前に、ちゃんと片付けておけよ。猶予はそれで十分だろ」


 私が目をぱちくりさせている間に、今後の予定についての話が綺麗にまとまっていた。口をはさむ隙もなかったが、不満はない。


「悠里、分からないところは?」

「ないですっ」


 返事をした私に、秋月くんが「ほんとかよ」と笑う。トントンという音に目線を下げると、彼の指先は私のノートを指していた。紙の上では、途中でぐちゃぐちゃになってしまった数式が踊っている。


「ちゃんと解けたの? 解説欲しいところは?」

「あっ、そっちか。ちょっと待って。あるある。ありまくり!」


 頭を数学モードに切り替えるために、私は問題集に顔をくっつけるよう近づけた。頭上からチュンチュンと、平和な小鳥の鳴き声が聞こえてきた。

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