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第二十五話 ラッシュ

 駅に近づくにつれて、道端に落ちている時間球の数が増えてくる。私はそれらを何気ないふりを装いながら拾い上げ、ポーチの中に入れていった。周囲から不審に思われずに時間球を集める所作を、すっかり身につけている。


――慣れたもんだなぁ


 慣れてくると、気づくこともある。


 やはり皆、焦っているのだ。


「時間がない」

「もうこんな時間」

「早くしなきゃ」


 こんな声が、そこかしこから聞こえてくるようだ。駆け足で駅に向かう人。階段を慣れた足取りで駆け上がる人。お互いに目配せしたわけでもないのに、大勢の人が同じペースで構内を流れていく。朝は概ね皆、余裕がない。


 そしてもう一点、気づいたこと。


――あ


 視界の片隅に見慣れた光を認めて、そちらに足を向ける。私がその時間球めがけて、手を伸ばそうとした時だった。 


 手と手がぶつかった。私ともう一人が同時に、「すみません」と言った。


「そちらがお先でしたね。どうぞどうぞ」

「あ、いえ。どうぞどうぞ」


 一粒の時間球を私と譲り合うのは、見知らぬOL風の女性だ。きりっとした顔立ちの美人のお姉さんだった。


「本当にいいんですよ。私、今日はもう結構拾えましたから」


 お姉さんはにっこりと笑いながら、ブランドロゴのついたバッグの中から、パンパンに膨らんだファスナーポーチを取り出してみせた。


「だからこの一粒は、可愛い地球人のお嬢さんに」


 赤いリップで綺麗に色づいた唇が弧を描いている。時間球をこちらに差し出してくる彼女の手には、革の手袋がはめられていた。


「ありがとうございます」


 私のポーチの中に、お姉さんの指から光る小石が落ちていく。


「地球人が時間球集めなんて、珍しいね」

「あ、ハイ」

「沢山集まるといいですね。それじゃ、良い一日を」


 手を振ったお姉さんは、颯爽と人の波の中へと消えていった。


――あのお姉さんは、何星人だったんだろう


 気づいたこと。それは、時間球を拾い集める異星人たちは、驚くほど身近に沢山存在しているという事実だ。皆擬態している。八幡ちゃんと同じように。


 私が時間球集めの中で遭遇した異星人は、あのお姉さんが初めてではない。今のように直接会話を交わすこともあったし、遠目から時間球を拾い上げる様子を目撃することもあった。


 人間に擬態している以上に驚いたのは、ショッピングモールの中でお掃除ロボットが時間球めがけて移動している光景だった。八幡ちゃんによると、あれも異星人の擬態なのだという。


『一昔前より、地球に時間球収集にやってくる異星人は増えていますね。やはり排出量が増えたからでしょう』


 八幡ちゃんは言った。


『皆口々に言ってますよ。“時間ラッシュ”だって』


 時間ラッシュ。奇妙な言葉だ。そんな言葉の中に、私も身を投じている一人なのだ。不思議な感じがした。


 時計を見る。乗るつもりの電車はまだ先だ。もう少しこの辺りで時間球を拾おう。そう決めたそばから、数粒の時間球が転がってくるのが見えた。前方を早足で歩いていった一団の誰かから排出されたのだろう。


 拾い上げる。

 また誰かがこぼした一粒が見える。

 拾う。

 また目に入る。

 拾う。

 また落ちてる。

 拾う。

 またこぼれた。

 拾う。

 また転がってる。

 拾う。

 また落ちた。

 拾う。

 また落ちた。

 拾う。

 また――――


「みんな、早いよ」


 私の呟き声に気づく人など、誰もいない。皆朝は概ね急いでいる。皆時間がないのだから。


 私は急いでいない。焦っていない。時間はある。ちゃんとある。時間は逃げない。乗るつもりの電車はまだだし、その一本を逃したとしても問題はない。


 けれど私が改札に向かって進みだしたのは、無意味な時間の節約のためではない。大勢の早足の人の中で、ちょっとだけ寂しさを感じたからだ。


――会いたいな


 無性にあのオレンジ色を見たくなった。時間と同じように、彼だって別に逃げたりしない。今日もいつもと同じように、降りた先の駅で落ち合うはずだ。


 ふと足を止めて、振り返った。

大丈夫。時間球は落としていない。何故だろう。ちょっと焦ったような気もしたんだけど。まあいいや。とにかく今は、早い電車に乗っちゃおう。


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