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第二十二話 悠長と悠久

 コンビニで買ったサンドイッチを、モソモソと頬張った。

 私達はビジネス街の喧騒から外れた、小さな神社で昼食を食べている。


「要するに俺が思いの外優秀だったことを知って、引け目を感じたと」

「思いの外っていうか……本当はなんとなく分かってたけどさ」

「コンプレックスを刺激されすぎて、無意味に奮起しちまったってわけだ」

「む、無意味って酷くない?」


 八幡ちゃんを真ん中にして、私達は三人並んで小さなベンチに腰掛けている。串団子のようにぎゅっと寄ってしまっているが、境内にはこれしか座れる場所がないのだから仕方ない。


「結果無駄に時間球こぼしてんだから、無意味だろうよ」

「……くっ」


 ああ、言い返せない。

 確かにそうだ。唯一の私の取り柄であるのんびり属性の証すら、捨ててしまったことになったのだから。すぐにちゃんと拾ったけども。


「なぜ一馬くんが優秀だと、悠里ちゃんが引け目を感じるんですか?」


 梅おにぎりに夢中で、しばらくの間無言だった八幡ちゃんが、不思議そうに見上げてくる。はあ、なんて可愛いキョトン顔なの。荒んだ心が慰められる。


「……勝手に同類だと思ってたの。時の結晶集めやってる人間なんて、そういないだろうし……。それなのに秋月くんはめちゃくちゃ頭の良い人で、要領も良くてさあ……授業サボりまくりなのに。私とは真逆すぎるじゃん。そう思ったら、なんだか、取り残された気持ちになって……いや、そもそも同じラインにすら立ってなかったんだけど。とにかく焦ってきちゃって。私だってやろうと思えば、もうちょっとテキパキ動けるはずだって思って……」


 結果、やろうと思っても出来なかったのだが。

あーあ。なんで私はこんなにのろまなんだろう。


()長の()里だしさ。名前までのんびりしすぎだよ、呪いかよ全くっ」

 

 締め括りのこの悪態は、完全に独り言だ。のろまをからかわれる材料にされがちなのだ、この『悠里』という名前は。


「何がダメなんだ?」

「え?」


 やや固い声をした秋月くんが、こっちを見ていた。八幡ちゃんが間に座っているとはいえ、結構な至近距離だ。色素の薄い虹彩までくっきり見える。


「悠里の悠は、『果てしなく長く続くこと』って意味だろう。悠久の悠だ。こんなに幸先の良い名前、他にあるかよ」


 びっくりした私は、咄嗟に言葉が出なかった。


「確かに‼ 時間球を探し求める者にとって、これ以上ない程に縁起の良いお名前ですね! まぁパカパカ星人からすれば、何故名前に使われてる文字一つでそんなにクヨクヨしてしまうのか、不思議なところですけど」


 八幡ちゃんはケタケタと笑った。そういえばパカパカ星人は、決まった個人名は持たないんだっけ。確かにそんなエイリアンからしたら、名前に(こだわ)る地球人は滑稽だろうな。


 いじけて尖った私の口は、元に戻っていった。それを見たからか、いくらか柔らかくなった声で秋月くんは続けた。


「それからお前、八幡に会った日、自分のこと『人一倍要領が悪く生まれちゃった』とか言ってたけど、それだって今の俺達には都合がいいかも知れないんだぞ」

「……どういうこと?」


 秋月くん、あの日のそんな言葉、覚えてたんだ。私だって忘れてたのに。


「立ち回り方をすぐに把握できてばかりじゃ、脇道に落ちてる時間球を見過ごすかもしれねえだろ。要領良くやる癖がついちまった人間ってのはな、無意識に近道を選んじまうんだよ。本当は自分にとって価値のあるものが脇道にあったとしても、それに気づきもしねえ。勿体ない生き方してるってことだ」


 ……どうしたんだろう。私を励ましてくれているのだろうけど、途中から自嘲してるみたいに聞こえた。


「お前はそんな生き方をしなくて済むんだ。悠里って名前も、最高だろ。誇りに思えよ。それに少なくとも俺たちは、時間球やエイリアンの秘密を知ってるって括りでは同類だ。それで十分じゃないのか」

「秋月くん……」


 普段からもっと笑えばいいのにな。秋月くんのこの優しい顔、かなり良いと思うのだ。言葉を超えて、私の心を鼓舞してくれる。


「ありがとう」

「良いこと言いますねえ、一馬くん。悠里ちゃん、良かったですね‼」

「うん」


 荒んだ気持ちは、すっかりどこかへ霧散していた。

 空腹も満たされ、心も満たされ、私はほぼ完璧な状態だった。ちょっとだけ、さっきの秋月くんの自嘲的な喋り方が気になったけど。


「よし。探しに行くか」


 気になったということだけ、今は覚えておこう。きっと秋月くんと一緒に過ごす時間は、もっと長いのだろうから。


 私達は人気のない神社を後にして、再び忙しない人々で溢れる街へと繰り出したのだった。 



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