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第十一話 秘密

 秋月くんは黒のボストンバッグの中から、新たにもう一つガラス瓶を取り出した。コルク栓のついた透明な円筒形で、その中には時間球と同じ形の、微妙に色味が違う小石が詰まっている。


「俺が作った時間錠のストックだ」

「これが、時間錠……」

「綺麗だろ」

「うん」


 よく見ると、一粒ずつ微妙に色が違っていた。どれもオーロラのような輝きをまとい、内側から薄く発光している。浮世離れした美しさだった。


「ほら、手を出せ」


 私の手のひらに、一粒の時間錠が載せられた。同様に秋月くんも自分の手の上に一粒を載せた。


「時刻を確認しろ」

「えっと」


 秋月くんが表示させたスマホの時計は、『11:45』を示していた。


「何分欲しい?」

「え」

「一粒で手に入る時間は、多分そんなに長くない。俺の検証では五、六分だったけど、お前の今朝の体験だと十分はいけそうだな」

「希望が通るの?」

「書いてあっただろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」


 疑心暗鬼のまま、私は「じゃあ、五分くらい……?」と呟く。秋月くんが「よし」と頷いた。


「……本当にすぐに無くならないね」


 手に乗せた重さも、時間球よりずっしりしているような。


「命じるんだ」

「え?」

「『溶けろ』って。時間錠に。心の中で唱えるだけでいい」

「え、そんな、呪文的な?」

「呪文。ああ、そうかもな」

「本気で言ってる?」

「やってみろよ。声に出してもいい。ほら、二人一緒にやってみるか。俺たち二人の時間を五分伸ばせ、溶けろって」


 彼と同じ言葉を呟いた瞬間、私は不思議な小石ではなく、秋月くんの顔を見ていた。奇抜なオレンジ色の頭の下で、彼の方も私を見ていた。


 視線が絡み合ったまま、手の上の重さは消えていた。


「……時刻は?」


 二人同時に、表示されたままのスマホの画面に視線を移す。


「戻ってる⁉」


 『11:45』だったはずの表示は、『11:39』に変わっていた。


「一分おまけだな」


 秋月くんは可笑しそうに笑っているが、私は画面をガン見したまま固まってしまった。


「ますます混乱させるかもしれないけど、これも言っておくぞ。時間錠を使って時間を増やした時、今みたいに時間が戻るだけじゃなくて、一秒がゆっくりになることもあるんだ。秒針が止まって見えるくらいに、ゆっくり動く。ぐにゃぐにゃ揺れるように景色が見えて、結構面白いんだ。止まっている風景の中で、自分一人だけ動いている感じになることもある。すごいんだ」


 彼の口調は、とても楽しげで軽やかだった。はしゃぐような口ぶりは私に対して向けられたもので、ちょっとだけ嬉しいと思ってしまった。頭の中はクエスチョンマークでパンク寸前なのにも関わらず。


「認めろよ。このとんでもない不可思議は、現実なんだってこと。そして分かってると思うけど、これは俺たちだけの秘密だ……いいな?」


 午前最後の授業終了のベルがようやく聞こえた頃。

オレンジ色のモヒカンの隣で、私は攪拌棒をかき回していたのだった。

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