モブは村を抜け出そうとする
今日と明日は3話更新予定です。
俺の名前はアーディ。
クロバール王国の端っこにあるスミク村で生まれ育った、どこにでも居る平凡な十四歳の少年……のはずだった。
「さてと、今日も一日頑張りますか」
村中の人々が寝静まった夜中。
俺はベッドからゆっくりと床に降りると、隣りのベッドの両親が目を覚ましていないことを確認して静かに家を出た。
「ふぅ……まずは第一関門突破だな」
音がしないように慎重に扉を閉めた俺は一つ大きく息をする。
耳に聞こえてくるのは風の音と木々のざわめき。
そして遠くから時折伝わってくる獣の鳴き声だけで、村の中は静まりかえっている。
「よし。バッチリ明るいな」
俺は夜空を見上げた。
そこには煌々と輝く満月の姿があり、雲一つ無い空から周囲を明るく照らしてくれていた。
俺は足音を建てないように村を囲む壁に向かう。
村の端にある畑の物置小屋の裏に回り込むと、地面の土を足で払いのける。
すると土の下から五十センチ四方ほどの木の板が現れた。
「よっと」
その木の板を退けると出て来たのは子供一人が通れるほどの穴だった。
俺はいつもこの穴をつかって村をこっそり出入りしている。
「毎回毎回これが面倒なんだよな……服も汚れるし」
俺はうんざりしながら目の前の壁を見上げる。
高さは大体六メートルほど。
丸太を並べ板を打ち付けて作られたその壁は、村をぐるっと囲んでいる。
さらに空を飛んで侵入されないように空中には生き物だけを弾く魔結界も張られている。
この壁と結界のおかげで村の外から害獣や魔物が入り込んでくるのを防ぐことが出来ていた。
もちろん強い魔物が相手であれば両方とも簡単に突破されるだろうが、このあたりにはそんな強い魔物は住んでいない。
せいぜい大人の猟師が数人居れば倒せるマウンテンボアがごく希に現れる程度である。
だがこの結界のせいで俺は毎回村を出る度に服を汚さざるをえない。
なんせ人間であろうとも結界は弾いてしまうので、壁を飛び越えて外へ出るわけにもいかないからだ。
「今だったら普通に飛び越えられるのに」
ブツブツ文句を口にしながら小屋の後ろに隠してあった袋から服を取り出す。
かなり薄汚れたその服を月の光にかざした俺は顔をしかめる。
「随分汚れてきたからそろそろ洗わなきゃな。ちょっと臭くなってきたし」
「何が臭いの?」
「この服がに決まってんだろ――って! うわぁぁっ」
服の臭いを嗅いでるとき、突然後ろから掛けられた声に俺は思わず叫んでしまった。
「なっ……リベラぁ?」
「ねぇねぇアーディ。何してるの。それ何?」
声の主の名前はリベラ。
俺より二歳年下で、今年十二歳になる女の子だ。
そんな子供がこんな夜中に起きて、しかも俺の後をつけて来るなんて予想出来るはずも無い。
「えっと……昼間、ちょっと服を汚しちゃってさ」
「ふーん」
俺はなんとか誤魔化そうと早口に言葉を続ける。
「それで、ここで着替えた後すっかり持って帰るのを忘れてたから取りに来たんだよ」
「こんな夜中に? それに村でアーディがそんな変な服を着てるの見たこと無いよ」
そりゃそうだ。
この服は村の外に出るためにこっそりと村中から古くなった服を集めてつぎはぎして作ったもので、村の中で着るようなものではない。
もし着て村を歩けば、余りに前衛的なデザインセンスに村人の注目を一身に浴びること請け合いだ。
「いや、えっと、それはだな」
「あとこの穴はなんなの?」
「……」
「教えてくれないなら今からアーディの家に行っておじさん呼んでくるからね」
「それは止めてくれ」
「だったら教えて。アーディは夜中にいつもなにをしてるの? わたし知ってるんだからね。時々アーディがこっそり夜中にどこかに行ってるの」
いったいいつ見られていたのだろう。
最初の頃こそ常に警戒して動いていたが、慣れてしまったせいで最近は警戒が薄れてしまっていたかもしれない。
俺はがっくりと肩を落とすと、俺が明るい夜にいつも何をしていたのかをリベラに話すことにした。
「はぁ……教えてやるけど絶対に誰にも喋るんじゃ無いぞ」
「うん」
「絶対に絶対だぞ」
「わかったから早く教えてよ。あまり遅いとおじちゃん呼びに行っちゃうんだから」
目が本気だ。
俺は万が一にもリベラが父さんを呼びに行かないように両肩をがっしり掴み――
「実は俺は村の外にある秘密の場所で特訓をしているんだ」
大人達に止められるのを恐れてずっと秘密にしていたことを口にしたのだった。
書き溜めは現在5万文字あります。
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