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職業? 悪役令嬢です♪

今日の悪役令嬢 ~3~

作者: 美袋和仁

 なんとなく指がわきわきして書きました。うん。


「君の人生は幾らで買える?」


 何時ものガゼボで紅茶を嗜んでいたスカーレットの前には必死の形相な伯爵令息。

 メイドに出された御茶にも手をつけず、落ち着かさなげで、しきりに両手の指先を絡めていた。


「いったい、どうなさいましたの?」


 おっとりと首を傾げるスカーレットに、キャスバルは焦燥感を漂わせて、淡々と説明する。


 話は先月。王宮からローゼンタール伯爵家に縁談が申し込まれたのだ。

 御相手は第二王女殿下。御年二十歳になられるお方で、少々性格に難があり他国に嫁がせる訳にはいかないとの評判な姫君である。

 結果、国内で結婚相手を探そうにも高飛車で癇癪持ちと評判の姫君の噂は国内でこそ有名だ。名乗りを上げる者はおろか、打診にすら難色を示され、王女殿下の婚姻は窮を極めた。


 王族とて二番目三番目ともなれば、いくらか教育が疎かになる。ましてや蝶よ花よと育てられたお姫様だ。その増長も手伝い、手のつけられない暴れん坊との噂はスカーレットも耳にしていた。

 というか、スカーレットは第二王女と面識がほぼ無い。年齢が五つも離れているし、彼女が失態を犯すのを恐れ、王宮側が社交にも出さないからだ。

 なので正直、噂でしか知らない王女殿下を語る口は持ち合わせていないのである。


「父上が陞爵につられて婚約の打診を受け入れてしまったんだ..... 王女殿下が降嫁なさるなら、当然我が家の家格もあがる。そこで、国王陛下が侯爵を飛ばして公爵を授けると仰ったらしく.....」


 絶望的な顔で俯くキャスバル。


 なるほど。それなら飛び付く貴族もあるわよね。


 得心顔のスカーレット。


 これはいよいよ王宮も焦っているのだなあと納得する。

 王国貴族でも学園卒業前には婚約し、二十歳前後で結婚するものだ。

 なので大抵の学生には婚約者がおり、いまさらキャスバルの割り込める隙はない。長くナーシャに片恋していた彼は誠実で、その間、女の影は微塵も感じさせなかった。

 それが禍し、今回の事態にいたったのだろう。婚約者もなく、年回りも悪くない貴族男性。今期卒業のキャスバルに王宮が眼をつけたのも当然だ。

 これを成功させるため破格の陞爵を餌にして周りから取り込み、本人をがんじがらめにするつもりなのだろう。


 ある意味、正攻法ですわね。


 憔悴気味なキャスバルを静かに見つめ、スカーレットは物憂げに呟いた。


「第二王女殿下には良い噂を聞きません。でも、耳に入るのは噂のみです。キャスバル様御自身は殿下に逢われた事がありまして?」


「.....いや。逢いたくもないが」


 身も蓋もない。


 嫌そうな顔を隠しもしないキャスバルに、スカーレットは軽く嘆息してから口元の扇をたたむ。


「ならば、一度御逢いしてみてはいかがでしょう? 王女殿下の人となりを理解してからでも遅くはないのではなくて?」


 噂話ばかりが駆け巡り、王女殿下そのものを知らない者が多い。そんな曖昧なモノに踊らされているキャスバルが、スカーレットの眼には微笑ましい。


「殿方は、こういった事に疎くておられますものね。噂は真実とは限りませんのよ? 悪意が込められれば、正当な要求も我が儘三昧という表現にすりかわりますの」


 少し遠い目で空を見上げるスカーレット。


 憧憬の浮かぶその眼差しに、キャスバルは微かな胸のざわめきを感じた。


「君にも、そんな覚えが?」


「どうでしょう? 昔の事は忘れましたわ」


 ふくりと眼に弧を描き、スカーレットはキャスバルを置いてガゼボをあとにする。

 それを見送りつつ、キャスバルはスカーレットの提案を思案した。

 言われてみればその通りである。噂話ばかりで、王女殿下の人となりを決めつけていた気がする。


 実際に御目にかかってみようか。


 気が乗らないが、彼女の言うように確かめてからでも遅くはない。


 胡乱げな眼差しでガゼボをあとにしたキャスバルは、数日もたたぬうちに再びスカーレットの前に現れた。




「.....お疲れのようで」


「ああ、疲れたな。相談した手前、結果報告だ。.....噂の遥か上をゆく御仁だったよ」


 はあっと溜め息をつき、キャスバルは恨めしげにスカーレットを見上げた。


 あらぁ。まあ、そういうお方という事ですのね。


 てふてふのように眼を泳がせ、スカーレットはメイドに甘い物を用意させる。


「疲れには糖分ですわ。わたくしの奢りです」


 彼女が守銭奴で銭ゲバな事を知るキャスバルは、その言い回しに好感を持った。自腹を切る程度には良心の呵責を感じているのだなと。


「これは私の問題なのでな。.....だから、あらためて問おう。君の人生は幾らで買える?」


「.....御話は読めておりますが。元王太子様の婚約者でしてよ? 世間では傷物令嬢と呼ばれております。外聞が悪いのではなくて?」


「それを軽く凌駕する才覚で、未だに求婚者が引く手あまたとも聞く。それ相応な報酬は約束しよう。君以外では父を納得させられない」


 確かに。


 スカーレットは胡乱げな眼差しで空を見る。


 キャスバルの言うとおり、金策や投資に明け暮れるスカーレットを、世間様では稀代の才女と呼んでいた。

 女だてらに金儲けなど恥知らずだと宣う者も少なくはないが、それに困窮している貴族らの間では垂涎の的ともなっている。

 領地経営や投資などは当主の仕事だ。それも下に人を置いてやらせるもので、直接関わるのは下品とされる貴族達。

 如何に才能ある者を見つけ出して配下とするか。その技量が貴族の本領であり、その家を盛りたてる唯一の方法。

 あくせく走り回って働くなど、あってはならない。貴人は優美におっとりと指示を出すだけ。

 それを正しく確実に行うのは下々がやるべきで、出来なければ、その下々の者が悪い。

 そういった前時代的な風習の抜けない、この世界。


 それでも時代は動く。人様の揉め事に絡み、何かにつけ問題の渦中にいるスカーレットは、口さがない者から悪役令嬢と呼ばれていた。上手いことを言うと、スカーレット自身も思う。


 だが、それらで稼いだ金子で手広く行う彼女の事業。


 傾きかけた店を買い取り復活させ、浮浪者や孤児を雇い入れ、スカーレット本人が経営する店舗は王都でも有名だった。

 他の土地にも同系列の店を作り、そちらも繁盛している。

 一部の貴族らに煙たがられていても、多くの民衆から支持を受ける不思議な御令嬢。

 スカーレット自身の金子でやっているため、侯爵家も口を出せないらしい。いや、夫人は口喧しく色々御説教するのだが、暖簾に腕押し、糠に釘。むしろ真っ向からの正論で言い負かされる始末なのだとか。


 .....噂か。


 ふっとキャスバルの口元が綻んだ。


 彼もスカーレットの噂を聞きつけ、依頼した一人だからだ。

 人の不幸につけこみ、愉しんでいる御令嬢がいると。

 何て悪辣なと思いつつ、自分もそれに乗り、愛する女性の不幸につけこもうとした。

 そして悪役令嬢と呼ばれていた彼女の本質を知る。


 非常に合理的で冷静沈着で、物事を何でも金子に換算する商魂逞しいだけの御令嬢だと。


 いや、これもどうかとは思うが。仮にも四大侯爵家の娘の枕詞にすべき単語ではない。


 だが、そういった複数の側面を持つスカーレットは、毛嫌いされるか敬愛されるかの両極端な人々に囲まれていた。

 跡継ぎの伴侶として申し分ないと打診される縁談は星の数。身分の高い者ほどスカーレットの価値を理解している。

 スカーレット自身も侯爵令嬢だ。下手な相手では侯爵から鼻にもかけてもらえない。


 そんな彼女の人生の御値段は幾らだろうか。


 思慮深げな視線を流し、スカーレットは蠱惑的な笑みをはいた。


「わたくしの値段は天にも届くほどの金貨ですわね。到底、伯爵家では賄えませんことよ?」


「そうだろうな.....」


 断られる事も想定内。国王陛下の申し出を辞退するにはスカーレットを婚約者にするしかなかったのだが。

 彼女は身分的にも、その経営手腕にも遜色がなく、さらには先の王太子との婚約解消で、王家に貸しを持っているという強みがある。

 国王陛下のゴリ押しを唯一退けられる人物だった。彼女であれば父も納得せざるをえまいに。


「.....残念だ」


「ただし、レンタルなら無料で宜しくてよ?」


 弾かれるように上がったキャスバルの顔。その瞳に映るのは、満面の笑みを浮かべる大輪の薔薇。


「このまま見捨てては寝覚めが悪いですし。五年レンタルで契約いたしましょう?」


「五年.....?」


「そうですわ。わたくし、ぶっちゃけますと結婚願望がございませんの」


 ふぅ.....と小さな嘆息を零し、スカーレットは誰にも話した事のない過去を語る。


 その話にキャスバルは瞠目した。


 聞けばスカーレットが侯爵家に引き取られたのは三歳の時。彼女は侯爵が片手間に手をつけたメイドの子供だった。

 侯爵夫人の悋気に触れて追い出されたスカーレットの母親は、爪に火を灯すような暮らしの中でスカーレットを産み、大切に育ててくれたらしい。

 だが彼女が侯爵の血を色濃くひいていた事が裏目に出て、金髪碧眼なスカーレットを訝る人々から噂が立ち上った。

 金髪碧眼は王家の色だ。この小さな子供は王家の落とし胤ではないのか? と。

 結果、王家の調査が入り、父親が侯爵なのだと判明して、侯爵家は王命によりスカーレットを引き取らされたのである。


 夫の不義の証を押し付けられ、当然夫人は怒り狂った。だが王命だ。逆らう事も出来ない。夫人はスカーレットを虐待する事で、その怒りを発散するしかなかったのである。

 侯爵もそれを黙認し、彼女は広大な屋敷の中で浮浪児のように暮らさねばならなかった。


「御飯ももらえず、着た切り雀。お腹が空いたというと、意地汚い平民がっ、とか怒鳴られるので、常に息を潜めてゴミ箱を漁って育ちましたわ。まあ侯爵夫人の気持ちも分かりますし、恨んではおりません。ひもじかっただけで」


 それが好転したのは七歳の洗礼の時。


 さすがに多くの貴族が集う王宮へ着た切り雀なボロで連れていく訳にもいかず、侯爵夫人はそこそこな古着を着せて洗礼に赴いたらしい。

 夫人は見慣れていたので気づかなかったが、スカーレットの姿を見た他の貴族達が、あからさまに顔を歪めたのだそうだ。

 

 ガリガリな子供の哀れな姿に。


 髪は櫛を入れてもボサボサ、飛び出すような眼球に、ひび割れた唇。

 思わず悲鳴をあげた子供らの様子を見て、ようやく侯爵夫人もスカーレットの状態が異常な事に気がついた。

 健常な子供と見比べて、初めて自分の行ってきた虐待を自覚したのだ。


 そこから侯爵夫人とスカーレットは離された。妻の精神状態が限界な事を知った侯爵は、スカーレットを別邸に移し使用人に世話を任せる。

 ただ、ここでもスカーレットは運がなかった。


「侍従とメイドの質が悪くて。わたくしに当てられた生活費を着服して豪遊しておりましたの。侯爵夫人と暮らしていたころと変わらない生活でしたわね。違いと言えば暴力を振るわれない事ぐらいだったかしら」


 キャスバルは言葉を失う。


 しかしそれも一年程で発覚した。


 侯爵夫人の容態が落ち着いたため、侯爵が別邸を訪れるようになったからだ。

 だがやってきてみれば娘はガリガリボロボロなまま。見かけや服はそれなりだが、良いモノとは言えない。

 不審を抱いた侯爵が調べさせ、ここで侍従らの横領が発覚した。

 

「彼等は、あたくしが我が儘で食事をひっくり返して食べないのだとか、癇癪を起こしてドレスを次々に破いてしまうのだとか触れ回っていて。しばらくキチガイ令嬢とも呼ばれてましたわね」


 クスクス笑うスカーレット。


 笑い事じゃないだろう。


 愕然とするキャスバルから憐憫を感じ取り、スカーレットは、すっと背筋を伸ばした。

 凛々しく美しい侯爵令嬢。彼女の半生を聞いた今では、この姿になるまで血の滲むような努力があったのだろうと察してしまう。


「端から見れば不幸だったのでしょうね。でも、わたくしには母がいましたから」


 無理やり子供を奪われたスカーレットの母親は、侯爵家の目を盗み何度もスカーレットに逢いに来てくれた。

 痩せ細りアザだらけなスカーレットを抱き締めて食べ物を渡す母親。

 こんなめに遇わせるために産んだんじゃない。逃げようと泣きじゃくる母親と逃げ出したスカーレットだが、すぐに侯爵家の追っ手に捕まり、母親が鞭打ちの処罰を受けた。

 スカーレットが逃げたために、大切な母親が罰せられる。


 これ以来、何度母親がやってこようともスカーレットは逢わなくなった。頑なに拒絶する娘に逢うことを諦めたのか、母親も危ない橋を渡らずやってこなくなり、幼心にも安堵するスカーレット。


 逢わなくても母親がスカーレットを愛してくれているのは知っている。だから大丈夫。


 たった一人でも自分を想ってくれている人がいる。それだけでスカーレットは生きてゆけるのだ。


 母に恥じないよう、立派に生きて見せよう。




「そうしてまともな暮らしを手に入れて学園に入学しましたの。こんな暮らしで結婚に夢は抱けませんわ。ビジネスなら宜しくてよ」


 然もありなん。


 微笑むスカーレットに、キャスバルは頷くしかない。


「では契約で。期間は五年。その間にキャスバル様が好いたお方を見つけられれば何時でも解消いたしますわ。世間体を保つ程度の社交も約束いたします。それ以外は御互いに不干渉である事。期間終了時には、すぱっと別れましょうね。わたくしが原因を作りますので、派手に婚約破棄を御願いいたします」


 スラスラと宣うスカーレットに、慌ててキャスバルが口を挟む。


「いやっ、円満解消で良いだろう? 何故に破棄なんて.....」


「申し上げましたわよね? わたくし、結婚願望がないのです。派手な婚約破棄が二回も続けば、未だに縁談の打診を寄越す方々も諦めてくださいましょう。それが、わたくしへの見返りですわ」


 ニヤリと口角を上げてほくそ笑むスカーレット。こんな悪巧み顔も美麗とか。質が悪すぎる。


 二度も婚約破棄され、悪名名高い御令嬢が嫁げる訳はない。侯爵も彼女を見捨てるだろう。貴族にとって手駒にもならない子供など、ただの厄介者だ。

 そうして侯爵家と縁を切り、市井に住む母親と暮らすのがスカーレットの夢なのだという。


 そこまで聞いて、キャスバルの脳裏に嫌な予感が駆け抜けた。


「これって、君の機密事項だよね? 生い立ちから、この先の野望まで。それって侯爵に知られたら不味いんじゃないのかい?」


 長い睫毛を携えた眼が、ゆうるりと弧を描く。キャスバルは己の嫌な予感が的中したと額に手を当てた。


「そうですわ。御互いに一蓮托生、計画が成就するまで、宜しく御願いいたしますね、婚約者様♪」


 両者、意に沿わぬ婚姻を避けるために共謀する。毒を食らわば皿までだ、とキャスバルも腹を括った。


 こうして頼りになる共犯者を得たスカーレット。彼女は今日も謀の渦中で踊り狂う♪


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[一言] 何で こう…ワニ様の描く御令嬢は魅力的なのか…。 生命力に溢れ、触れる者の心をモキュッと鷲掴みする(^_^) 惚れてまうやろ〜と叫びたくなりますね。 楽しい時間を過ごせた事に感謝します。
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