87 エリック目線〜いなくなった巫女〜
祭祀は無事に終わった。
まぁ正確に言うと、巫女のお披露目会だった訳だが。
ただ巫女の姿を見せるだけの予定だったのに、異国親子の参入で予定が狂ってしまった。
見せる予定ではなかった巫女の力を、大勢の前で披露してしまったのだ。
巫女という存在に半信半疑だった者達も、今では巫女を称える言葉しか発していない。
「巫女様の力は本物だった!!」
「素晴らしい力だ!!ぜひ我が国にも来ていただきたい」
「私も巫女様に聞きたい事がある!!」
「巫女様への謁見を何度でも申し込もう!!」
「ぜひ我が国の皇子と結婚してもらいたいものだ!」
王宮への書状は、減るどころか増えそうだ。
なんの為にお披露目をしたと思ってる……。
巫女には直接会わせられないから、一目見るだけで満足してくれ。という理由だったのに。
巫女の力を見たせいで、謁見を申し込む数が増えてしまうなんて本末転倒だ。
周りの声を聞いているだけで、頭が痛くなりそうだった。
隣にいるルイード皇子も複雑そうな顔をしている。
一刻も早く家に帰りたい。
リディアの支度が済んだらすぐに帰ろう。
「ルイード様。お疲れでしょう。
先に王宮の馬車に戻りましょうか」
「あ、ああ。そうだな……」
本殿にいると異国民が話しかけてくるから、ゆっくりできないだろう。
それに、リディアは準備が整い次第、王宮の馬車まで連れて来てもらえるはずだ。
すぐに出発できるように、そちらで待機していよう。
馬車を停めている所に到着すると、カイザが仁王立ちして待っていた。
「何をしているんだ?
お前は神殿の正門警備担当じゃないのか?」
「もうリディアが戻ってくるんだろう?
正門は他のヤツに任せて、俺がここに来た。
リディア本人を狙ってくる馬鹿がいるかもしれないからな!」
すでに正門から出て行った異国民や貴族達の話でも聞いたのだろうか。
たしかに今の巫女の人気を考えると、無理にでも会おうとしてくる者がいるかもしれない。
それを心配してきたのか……。
元々この場を担当している王宮第一騎士団の連中は、カイザがいる事に不満そうな顔をしている。
第一騎士団の力を信用していないと言っているようなものだからな。
だがそんな微妙な空気も、カイザは何も気にしていないらしい。
その態度が余計に騎士達をイラつかせているのだろうが。
……英雄騎士として尊敬されているかと思っていたが、エリート集団の第一騎士団からカイザは嫌われているようだ。
*
「……いくらなんでも遅すぎねぇか?」
カイザがイライラした様子で神殿を睨みつけている。
リディアが退場してからもう1時間は経過しているが、まだリディアは姿を現さない。
神官すら現れないので、リディアの様子を聞く事もできない。
おかしい。
何故こんなに時間がかかっているんだ?
神官が誰もいないのも気になる。
「おい!!もう中に入って探してこようぜ!!」
カイザは我慢の限界らしい。
しかし、神殿の内部には神官以外の男性は入れない。
侯爵家以上の令嬢しか入れないきまりなのだ。
その規則を破る訳にはいかない。
王宮の立場を少しでも悪くしてはいけない。
「ダメだ!!神官を探して中の様子を……」
「ルイード殿下!!た、大変でございます!!」
若い、新人のような神官が慌てふためきながら走ってきた。
顔が真っ青になってガタガタと震えている。
その様子を見た瞬間、背中が凍りついたのがわかった。
なんだ……?すごく嫌な予感がする……。
まさか……。
「み、巫女様がいなくなりました!!」
その言葉を聞いた瞬間、カイザが若い神官の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
神官は「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げた。
「……なんだと?」
「カイザ!!おろせ!!
それでは話ができないだろう!!」
冷静を装っているが、バクバクと鼓動が早くなっている。
冷や汗が止まらない。
顔面蒼白なルイード皇子が叫んだ。
「いないとはどういう事だ!?」
カイザにポイっと投げ捨てるように振り払われた神官は、身体を震わせながら答えた。
「へ、部屋にいらっしゃらないのです。
他の部屋も探しましたが、どこにも……。
巫女様のお部屋にある小さい窓が開いていたので、もしかするとそこから……」
「侍女は何と言っている!?
侍女はリディアの居場所を知らないのか!?」
落ち着け!冷静になれ!……と思っているが、思わず強い口調で問いただしてしまった。
「そ、それが……侍女の方もどこにも……」
「!!」
サラ様もいないだと!?
まさか2人とも誘拐されたのか!?
だが、神殿の周りは王宮の騎士達が配置されているはずだ。
怪しい人物は、神殿の中に入る事も出る事もできないはず。
その時、第一騎士団のルビウッド団長が声を荒げた。
「神殿の周りで警備している騎士団の確認を急げ!!
特に裏門だ!!」
「はっ!!」
馬車付近に待機していた騎士達が走り出した。
カイザも一緒に走り出すかと思ったが、その目は神官を睨みつけたままだ。
怯えている神官に向かい、低い声で言った。
「リディアの部屋まで案内しろ」
普段怒鳴ることの多いカイザが、こんなに静かに威嚇するのを初めて見た気がする。
それだけ本気で憤りを感じているのだろう。
「だ、男性は……神殿内部には入れません……。
巫女様のお、お部屋の外……でしたら……」
若い神官は、こんな状況だというのにまだ神殿の規則を守ろうとしている。
だが余程カイザが怖いのだろう。
腰が抜けて、その場に尻もちをついてしまっていた。
「……何を馬鹿なことを言っている?
リディアと神殿の規則と、どちらが大切かなど一目瞭然だ。
グリモール神殿ごと潰しても構わないのだぞ」
俺はそう言いながら一歩神官へと近づいた。
神官は座り込んでいるため、上から見下ろすような状態だ。
冷静でいようと努力したが、もう無理だ。
こんなふざけた神官は俺の領地から追い出してやる。
すると、左隣にいたルイード皇子も神官に近づき口を開いた。
普段の温厚な皇子の姿はどこにもない。
冷めきった大きな瞳で、神官を見下ろしている。
「我々は頼んでいるのではない。命令しているのだ。
今すぐに彼女のいなくなった部屋へ案内しろ」
右隣にいたカイザも俺とルイード皇子と同じ位置まで神官に近づき、悪魔のような笑みを見せた。
「大神官に叱られるのが怖いのか?
でも、よーーーーく考えろよ?
大神官と、俺らのどちらが本当に怖いのか……」
地面に座りこんでいた神官は、俺ら3人を見上げて小鹿のように震えていた。
その時、遠くから走ってくる騎士の叫び声が聞こえた。
「団長!!
裏門で警備していた騎士達が気絶させられていました!!
門の外には馬車の走った形跡も残っております!!」
「!!」
騎士の言葉を聞いた途端、カイザが真っ先に裏門の方角へと走り出した。
俺とルイード皇子がそれに続く。
ルビウッド団長は、ルイード皇子の警護のため皇子のすぐ近くをついて来ている。
リディア!!!
裏門には、4人の騎士が横になっていた。
争った形跡はなく、4人の首には細い針のようなものが刺さっていた。
薬で気絶させたらしい。
間違いなく計画的な犯行だ。
「馬車の跡がまだ少し残ってる!
すぐに馬を用意しろ!!追うぞ!!」
門の外にある道を調べていたカイザが、大きな声で叫んだ。
本当に……リディアは誘拐されてしまったのか?
底知れない不安が襲いかかってくる。
頼む……!!無事でいてくれ……!!




