8 長男エリック
この小説の準主人公であるエリック。
美しい見た目とは裏腹に、冷酷で愛のない男。
昔のエリックは優しかった。
幼い頃に母を亡くし、寂しがっていたリディアの側にいつもいてくれた。
毎日遊んでくれて、病気や怪我をしたら心配してくれて、とても大事にしてくれていた。
だからこそリディアはエリックが大好きだったのだ。
カッコよくて優しい自分だけの兄。
エリックはリディアにとって、兄であり母であり父でもあった。
いつしか冷たくなってしまったけれど、それでもリディアはエリックの事が大好きだった。
エリックが冷たくなってしまった原因は、小説を読んだ私は知っている……。
そしてそんなエリックの氷の心を溶かしたのが主人公だった。
エリックは主人公にだけ昔のような優しさを見せるようになり、それを許せなかったリディアは主人公を陰湿にいじめるようになる。
どんどんリディアはエリックから嫌われていき……最終的には追放、のち処刑にまで追い込まれてしまう。
今は、エリックはまだ主人公とは婚約すらしていない時期。
冷酷な侯爵として、リディアとも距離を置いている最中だ。
それでもリディアは気にせずいつもエリックを追いかけていた……と、小説のどこかに書いてあったっけ。
うん。リディアって本当にすごいわ。
こんな冷たい視線に晒されているだけで、怖くて怖くて逃げ出したいもの。
頼まれたって、近づきたくなんかない。
「エリック様。
リディアお嬢様のお部屋の家具を替えておりました」
執事のアースがお辞儀をしながら答えると、エリックの眉がピクリと少し動いた。
無表情ではあるが、なんとなく不穏な空気が流れた気がして慌てて口を挟んだ。
「あの!!エリックお兄様。私がお願いしたのです」
震える右手を左手で包み込む。
エリックの冷たい瞳が、私の方を見た。
「お前……リディア……?」
エリックは、私の姿を見て驚いていた。
もうこの驚いた顔を見るのは今日で何人目だろう。
それにしても、まさかエリックは私がリディアだって事に気づいていなかったの?
「お騒がせして申し訳ありません。
もう少しで終わりますので」
私は深くお辞儀をした。
見えないけれど、周りにいる人達が動揺しているのがわかった。
リディアが謝罪するのがそんなに珍しいのかしら?
エリックはしばらく黙り、部屋を見回した。
そしてアースを呼び何かを伝えると、私を見る事もないまま部屋から出て行った。
はぁぁーーーーー。
エリックが近くにいるだけで、寿命が数年縮みそう!!
それにしても、アースに何を言ったのかしら?
まさか私の文句!?
アースの方を見ると、ニコニコしながら寄ってきた。
「お嬢様。エリック様が、特別に壁紙の業者を呼んでも良いと言ってくださりました!!
早速明日お呼びしましょう!」
「えぇっ!?」
エリックが!?
なんでそんな親切な事をしてくれるんだろう。
小説の内容を知っている私は、エリックが急に冷たくなったのはリディアを嫌いになったからではない事を知っている。
それでも長年のリディアの自己中心的な性格や愛する主人公への過度な嫌がらせが原因で、最後には本気で嫌われてしまったのだけれど……。
もしかして今現在はまだそこまで嫌われてはいないのかしら?
心に少し希望の光が見えた気がした。
エリックからの愛を少しでも受けれるようになれば、最悪の未来を回避できる可能性は高くなるわ!!
家出をしても、咎められたりはしないかも。
とことん避けて過ごそうかと思っていたけど……私が変わった事、害がない事を少しずつでもアピールしていこうかしら。