57 サラとルイード皇子
サラからの攻撃は知らんぷりで流すつもりだったけど、あまりにも自分勝手な発言をしてくるサラに私も怒りが出てしまった。
ガタンッ
私もソファから立ち上がり、腕を組んでサラと向き合う。
サラは一瞬ビクッと反応したが、すぐに臨戦態勢に入ったようだ。
負けじと両手を腰に当てて、あごを上げて挑発するような姿勢になった。
…………ちょっと待て。なんだこの状況。
昔の漫画にある、ライバル同士の戦い場面かよ。
やばい。
冷静になると、このポーズで向き合ってるのが恥ずかしくなってきたわ。
……早いところ終わりにしてしまおう。
自分達のあまりにも間抜けな姿を客観的に見てしまい、盛り上がっていた怒りボルテージがグンと下がってしまった。
けれど一応リディアっぽく対応しなければ。
「サラ様!お言葉が過ぎますわよ!
突然悪魔呼ばわりされるなんて、失礼すぎますわ!」
「なによ!そんな言い方しちゃって!
いい加減認めなさいよ!転生者なんでしょ!?」
「だからなんの事だかわからないと言っているじゃないですか!」
サラはピシッと私を指差してまさに悪役のポーズを取る。
一体どっちが悪役令嬢なんだか。
「言っておきますけどね!
私はまだ諦めていないんだからねっ!
絶対にあなたからイケメン達を奪ってみせるから!」
わーーーー。
ハッキリ言いましたよ〜。
イケメンを奪うって。
やっぱりただ顔の良い男に溺愛ハーレムされたかっただけじゃないのよ!!
そんな邪な願望で処刑エンドを迎えさせられたら、たまったもんじゃないわ!!
「いい加減に……」
そう言いかけた時、部屋の扉がノックされた。
コンコン。
「……リディア?」
「!!…ルイード皇子!?」
カチャ…とゆっくり扉が開き、ルイード皇子が恐る恐る顔を出した。
「なにか言い争っている声が聞こえたけど、大丈夫?」
ルイード皇子はチラッとサラを横目で見て、私の元へ歩いてきた。
サラを見るとすでに猫を3匹は被ったらしく、腰に当てていた手は可愛らしく自分の口元に添えられていた。
上目遣いにルイード皇子を見つめている。
早っ!!
……なんという変わり身の早さなの。
先程まで怒鳴り散らしていた令嬢の面影は、もうそこにはなかった。
儚げでか弱い令嬢が立っているだけだ。
サラはすぐにルイード皇子へ令嬢としての挨拶をした。
その辺の礼儀はしっかり身につけているらしい。
「はじめまして。ルイード皇子様。
私サラ・ヴィクトルと申します」
サラは得意の主人公パワーを使い、周りに華やかなオーラを出していた。
誰?と聞きたくなるほどの豹変ぶりだわ。
まるで別人ね。
ルイード皇子は、サラの華やかオーラが効いていないらしく至極冷静にサラを見ている。
悲惨な事件を伝えているニュース番組を観ているような、なんとも言えない表情だ。
そういえば、ルイード皇子はサラの事をどう思うのかしら?
この顔からして一目惚れ……はしていない感じだけど、イクスの例もあるしよく分からないわ。
ルイード皇子もサイロンみたく、私よりも主人公サラの事を好きになってしまうのかしら。
小説には出てこなかった人物と主人公の関係がどうなるのかは、私にもサラにも分からない。
ただ先程のサラの発言を聞いてしまったからには、こんな可愛いルイード皇子をサラ溺愛ハーレムの中には入れたくないわ……。
そんな事を考えていると、ルイード皇子が口を開いた。
「はじめまして。サラ嬢」
サラへ軽く挨拶を返した後、すぐに私に話しかけた。
「リディア。お知り合いですか?」
「え?ああ…えっと、エリックお兄様の婚約者なんです」
「ああ。そうだったのですね」
ルイード皇子は途端に笑顔になり、サラにも「よろしく」と満面の笑みで挨拶をした。
主人公のサラ以上に華やかなオーラが溢れ出ている。
さすが皇子!!!
間近でルイード皇子のアイドルスマイルを見たサラは、目を輝かせて頬を赤く染めている。
普段より何オクターブも高い声で「はいっ」と元気良く返事をしていた。
「ルイード皇子様も休憩なのですか?
もしよろしければ、こちらで私達と一緒にお茶でもどうですか?」
サラが気の利いた女のフリをして、皇子を誘っている。
私達ってなに!?
いつの間に仲良し設定!?
さっき、あなた私の事悪魔呼ばわりしてましたよね!?
……恐ろしい子…!!!
ルイード皇子はサラの提案を笑顔で爽やかに断った。
「残念だけど、これから行くところがあるんだ。
リディアも一緒に。
失礼させていただくよ」
え?私も?
そう思った時には、ルイード皇子に手を引かれて部屋の入り口へと歩き出していた。
えっ!ルイード皇子がこんな強引な行動に出るなんてめずらしい……。
何かあったのかしら?
廊下へ出る直前、振り返ってサラの顔を見たが、すごく恨めしそうな目で私を見つめていた。
あ……。なんだか優越感?
少しスッキリした気持ちを抱えて、私はサラから目を離し扉を閉めた。
「ふぅ…」
控え室から出てしばらく歩いた後、ルイード皇子がため息をついた。
「ルイード様?」
「リディア……大丈夫?」
なにやら悲しそうな切なそうな……そんな顔で私を見つめてくる。
ん??大丈夫って、なにが??体調?
控え室で休んでいたから、体調が悪いのかと心配させちゃったのかしら?
「えーーーと、大丈夫です」
「そうか…。僕はこんなに怖い令嬢に会うのは初めてだから、まだ驚いているよ」
「え?」
……怖い令嬢??
「実は、君達の話し声が…部屋の外にまで響いていたんだよ。
内容まではよく聞こえなかったが、とにかく叫んでいる声が凄くて、近くにいたメイド達もみんな怯えていたんだ。
リディアではなく、サラ嬢の声が……」
えっ!?外にまで聞こえていたの!?
それもそうか。
サラってば、結構大声出していたから……。
「それでリディアが心配になって慌てて中に入ったんだけど……外で聞いていた人物とはまるで別人のようになっていたから、本当に驚いたよ。
……同一人物だよね?」
「そうですね」
あらら。ルイード皇子もあのサラの変わり身の早さに気づいていたのね。
せっかく猫を3匹も被ったのに無駄だったわね、サラ。
残念ですこと。
「女の子っていうのは、あんなにもコロっと顔を変えられるのだと思ったら……怖くて、思わず逃げてしまったよ」
ルイード皇子は先程のサラを思い出しているようだった。
顔は真っ青になっている。
病弱であまり社交界にも出ていなかったルイード皇子は、貴族令嬢達の表と裏の顔の違いなど何も知らないんだわ。
あれくらいは当たり前の世界だというのに。
ピュアすぎる!!ピュア皇子!!
先程はがんばってサラの前で笑顔を作っていたのね。
あれ?貴族令嬢といえば……皇子、先程囲まれていなかったっけ?
もう全員とダンスを踊り終えたのかしら?
何故ここにいるのだろう。
「……ルイード様、そういえば何故私のところへいらしたのですか?」
私の質問に、ルイード皇子の青かった顔はすぐに赤くなった。
少し照れながらも、皇子は繋いでいた私の手をぎゅっと強く握った。
「たくさんの令嬢達と話していたら……その、無性にリディアに会いたくなったから……探しに来たんだ」
ポツリとそう呟くルイード皇子。
なにそれっ!?!?
可愛いかよ!!
このピュア皇子、可愛すぎかよ!!!
私までつられて照れてしまい、そのまま私達は無言のまま会場へと戻った。
……あ。休憩するの忘れた。




