54 この皇子様が私の婚約者ですよ、サラさん
パーティーが始まったらしい。
会場からは明るくテンポの良い生演奏が聴こえてきた。
人の話し声も聞こえてくるが、何を言っているのかまでは分からない。
主役である第1皇子とターナ様、陛下は最後に入場するため、私とルイード皇子が先に会場へ行く事になった。
ロイド皇子も陛下と同じタイミングで入るそうだ。
ずっと病弱だったルイード皇子は、あまり人前に出た事がない。
パーティーなどに参加してもいつも短時間しかいれなかったため、話をした事のある人は少ないそうだ。
そんな幻の皇子様が婚約者と共に入場なんてしたら貴族の方々の注目の的になるだろう。
第2皇子の婚約者が侯爵令嬢なんて……と批判する声もあるでしょうね。
私は婚約解消するつもりなので安心してください!なんて、さすがに言えないしなぁ。
上の貴族達の批判は黙って聞いてるしかないかな。
ルイード皇子も、改めて私では皇子に相応しくないという事実を実感されるでしょう。
まぁ今日はルイード皇子のためにも、しっかりと婚約者役を演じるけどね!
私のせいで皇子の株を下げる訳にはいかないわ。
皇子が今はとても元気である事も、しっかり社交界にアピールしなきゃね!
「リディア嬢。行きますか」
ルイード皇子が手を差し出してくる。
銀の入った薄いブルーの髪の毛はサラサラで、毛先まで整っている。
小さな顔には大きなネイビーの瞳に綺麗な形の鼻と口…。
こんなにも美しく可愛く、そして格好良い顔はなかなかお目にかかれるものじゃない。
エリックも物語の王子様そのものの見た目をしているが、やはり本物の皇子様はまた違う。
優しさの中にも芯の強さがある、王家独特のオーラは一般人の私には眩しすぎるくらいだ。
皇子パワーすごいな!!
皇子様に憧れて目がハートになる女性達の気持ちがわかるわ!
『皇子』ってすごい!!
今日このルイード皇子が貴族女性の前に現れたら…どれだけの淑女が恋に落ちてしまうのだろうか。
でも、それよりも……。
「ルイード様、敬語に戻っていますよ?」
「あっ…」
年も上であり皇子であるルイード様に敬語を使われると、リディアの立場が悪くなる。
そのため敬語を禁止にしていたはずなのだが。
しばらく会わないうちに、また敬語に戻っていた。
「私の事はリディアと呼び捨てにしてくださいませ。
はい。練習です。どうぞ」
ずいっとルイード皇子に近づいて威圧する。
ルイード皇子は少し慌てた様子で一歩後ろに下がった。
「リ、リディア。ごめん。久しぶりだから…つい」
照れているルイード皇子が可愛くて、思わず表情が緩んでしまう。
照れ屋のルイード皇子に意地悪しちゃうのは、もうクセね。
だって可愛いんだもの。
まさか自分にこんなSッ気があったとは…。
にっこりと微笑んで、ルイード皇子の腕に手を回す。
さあ!!貴族の方々……そしてサラの前に登場するとしますか!!
私とルイード皇子が会場に入った途端、それまで賑やかだった話し声がピタリと止んだ。
今聞こえているのはプロの音楽家による生演奏だけだ。
会場中の人々の視線を感じる。
静かすぎる反応に不安を感じたその時、会場中が黄色い歓声に包まれた。
私にはわあぁ…という声がどっと聞こえたような気がしたが、よくよく聞いていると口々にみんなが私達を褒め称えてくれていた。
「あのお方が第2皇子様!?なんて素敵な方なのでしょう」
「麗しいお姿のルイード皇子様…」
「婚約者のお方もとてもお綺麗なお嬢様だわ」
「なんてお美しいお二人なのかしら。お似合いだわ」
ふふふ。そうでしょう?
今日のリディアは普段の倍は美しくなってますからね!
ルイード皇子はさすがと言うべきだろうか。
いつもの照れ屋はどこへやら。
こんなに黄色い歓声を浴びているというのに、顔色一つ変えずに堂々とした態度のままだ。
時折にこっと爽やかに笑うものだから、女性達の悲鳴が所々で起こっていた。
まるでアイドルのコンサートね。
ファンサービスがしっかり出来ているわ。
ルイード皇子のうちわを作ったら売れるかしら?
会場を歩いて貴族の方々への挨拶をして回っていると、ふと見慣れた2人が目に入った。
エリックとサラだ。
エリックは普段通りの無表情のまま、誰か男性と会話をしていた。
その隣に立っていたサラは、私とルイード皇子の事を見つめている。
まるで信じられない物を見ているかのように、サラは放心状態だった。
目で見ている事と頭の中の情報が一致せず、混乱しているのだろう。
わかる。わかるわ、サラ。
私だって、初めて婚約者は第2皇子だと聞かされた時にはすごく驚いたもの。
え?サイロン?
知らないのよ。そんな人。
この世界ではまだ会ってもいないわ。
サラに一目惚れして、婚約者であるリディアに冷たく当たったロクデナシ男になんか、会いたくもないけどね。
私の顔から私の考えている事がわかったのか、サラは一気に顔を赤くして睨みつけてきた。
腕がプルプル震えている。
だいぶ怒ってしまったみたいね。
でも私にそんな顔を向けられても困るわ。
勝手に勘違いしたのはあなたでしょ!……ん?
いつの間に会場に入って来ていたのか、第3皇子のロイド様がサラに近づいていた。
王家の紋章の付いたジャケットを着ていなかったため、周りの貴族達はロイド皇子に気づいていない。
みんなルイード皇子に夢中だったから…というのもあるが。
ロイド皇子!?サラに何を……!?
ロイド皇子はサラの近くに行き、こちらを指差した。
「あの人がリディア嬢の婚約者だけど?
お姉さんの事を好きになったっていうのは、あの皇子様で間違いないの?ねぇ?」
なにやら憎たらしいような顔つきでサラに何か言っている。
サラは先程よりもさらに顔を真っ赤にして、スタスタと会場から出て行った。
一応婚約者という立場であるエリックは、出て行くサラをチラッと横目で見ただけでまるで関心を示していなかった。
何事もなかったかのように、男性との会話を再開している。
……聞こえなかったけど、ロイド皇子はサラに何て言ったのかしら?
よく分からないが、サラがいなくなった後にべーーと舌を出していたロイド皇子。
これは見なかった事にしておこうか。




