38 主人公よりも悪役令嬢のところへ来てくれるの?
何もしていないのに、勝手に自分から倒れた主人公。
なぜか私が突き飛ばしたと言って泣いている主人公。
うん。これはアレだ!
よく少女漫画で見るアレだよね!
腹黒ライバル女が、わざとヒロインを陥れようと被害者ぶるアレ!!
まさかこの主人公がこんな手を使ってくるとは…。
イクスは困ったような顔をしながら私達の様子を見ている。
まずはイクスの誤解を解きたい。
きっと今、本当に私がサラを突き飛ばしたのか気になっているはず。
「あの、イクス。私はやってな…」
「あぁっ!!いったぁーーーーい!」
私の言葉を遮り、サラが大きな声を出した。
地面に座ったまま、右足首を押さえている。
「足が痛くて起き上がれないわ…。
申し訳ありませんが、イクス卿。
起き上がらせてもらってもいいですか?」
ぶわっ。
主人公パワーの花が舞い(空想)、男を虜にさせるオーラが再度イクスに降りかかった。
漫画でもないのに、不思議と私には主人公を取り囲む花やキラキラオーラが見える気がするのだから本当にすごい。
イクスは相変わらず夜の自販機に集まる虫を見るような目をしているが、内心ではときめいているのだろうか?
イクスの恋する瞳はどこかおかしい気がする。
「リディア様。サラ様を屋敷にお連れした方がよろしいでしょうか?」
突然イクスがこちらを見たので、驚いた。
小説のイクスなら、私の意見なんて聞かずに慌ててサラを運んでいるだろうから。
あっ!!でもこれはチャンスじゃない?
私の無実を訴えるチャンスだわ!!
ナイス!!イクス!!
「そうね!お屋敷で手当てを受けていただかなくては!
1人で転んで驚きましたが、怪我をしてしまったなら大変!
イクス!サラ様を運んで!」
「かしこまりました」
イクスは少しにやっと笑い、サラに近づいた。
サラは一瞬私の事を睨んだように見えたけど、イクスに抱き上げられた途端に顔が輝いた。
目をキラキラさせながらイクスを見つめている。
口元は手で隠しているらしいが、私の位置からはニヤニヤしているのが丸見えだ。
……あれ?こんなシーン、どこかで…。
…………あっ!!
小説の中の、主人公とイクスの出会いだわ!!
確か、リディアに突き飛ばされて怪我した主人公を……イクスがお姫様抱っこして運ぶのよね。
…ってまんまじゃん!!
その出会い、そのままじゃん!!
だからサラは私に突き飛ばされたフリをして、さらに怪我したフリまでしたのね。
まぁ怪我は本当か嘘かわからないけど。
かなりの確率で嘘だと思っちゃうのは…女の勘ってやつかしら。
小説ではここで、イクスがリディアに向かって「最低ですね」って暴言を吐くんだけど…。
うん。さすがに今のイクスは私にそんな事言わないわね。
普通に屋敷に向かって行ったわ。
サラが私とイクスをチラチラ見ては不満そうな顔をしているから、きっとイクスの暴言を期待していたに違いない。
2人が屋敷に入り、姿が見えなくなった。
「はぁぁーーーー…」
大きなため息と共に、しゃがみ込む。
主人公……いや。サラの事を考えると、ため息しか出てこない。
小説の中の主人公そのままであれば、私が虐めない限り関係が悪化する事はないだろうと思っていた。
だって主人公は優しくて心の広い女性だから。
好き好んで義理の妹を追放させたりなんかしない。
でも、あのサラは小説通りに話を進めようとしてる。
エリックとの結婚だけでなく、他のキャラからの愛情もしっかり受け取る気満々なのだ。
しかも2年も早く!!
小説通りになったら、リディアが処刑エンドだって知ってるくせに!!
それなのにその選択をするなんて!!
鬼だわ!サラは鬼よ!!
えーーーーん。どうすればいいのよ。
思わず本気で泣きそうになる。
すると、走ってくる足音が聞こえた。
「リディア様!大丈夫ですか!?」
え?
顔を上げると、イクスがこちらに向かって走ってきているのが見えた。
私のすぐ目の前で止まり、片膝をついて腰を下ろす。
しゃがみ込んでいる私に合わせてくれたのだ。
「体調でも悪いんですか!?」
こんな所でリディアがしゃがみ込んでいたから、心配してるんだわ…。
汗までかいちゃって。
どんだけ全力でここまで走ってきたのよ。
ていうか、何でいるの?
サラを屋敷に連れて行って、側についててあげてるんじゃないの?
一目惚れしたんじゃないの?
私よりサラの近くにいたいんでしょ?
何で戻ってきたの?
……心配してるイクスに大丈夫だよって言わなきゃいけないのに、なにも言えない。
今口を開いたら泣いちゃいそう。
「…………」
「…………」
やだーー。もう!私、こんな事で泣くような年齢じゃないのに!
いや。この年齢だからか!?
だからこんなに涙もろいのか!?
でも泣いたら恥ずかしいから我慢だ!我慢!
必死に目と口をギュッと閉じている私に、イクスがボソッと言った。
「……失礼しますよ」
え?……えっ!!ええっ!?
お、お姫様抱っこ!?
なぜか突然イクスに抱き上げられたんですけど!
「イクス!?なにを…」
「具合が悪いのかと思いまして。
お部屋に参りましょう」
「だ、大丈夫よ!それより、サラ様はどうしたの?」
「メイド達に任せてきましたよ。
俺はリディア様の護衛騎士ですから、リディア様の側にいます。
……泣いてもいいですよ?」
「泣かないよ!」
少し意地悪そうに笑ったイクスを見て、なぜか安心してしまったのは秘密だ。
まだまだ信頼関係が築けていないと思っていたけど……そんな事ないのかな?
「自分で歩けるから…」
「……いえ。このまま行きます。
腕の感触を塗り替えたいので」
は?
イクスは意味のわからない理由を言い、そのまま部屋まで向かった。




