26 入浴中のドア開けようとするな
『レクイム公爵家は他国と麻薬を密輸…』
『反対派閥の貴族の娘を誘拐のち人身売買…』
頭の中にまたたくさんの情報が入ってくる。
小説の中で、第1皇子が王位継承される際…レクイム公爵を失脚させた時の話に書いてあった。
こんなにひどい事をしていたレクイム公爵。
失脚、処刑となった時には胸がスッとしたな…。
「んん…」
目を開けると、眩しい光と共に天蓋ベッドの天井が見えた。
朝だ。私、昨日いつの間に寝たんだろう…。
夢で、レクイム公爵の悪事情報をたっぷり仕入れていたからか…目覚めが悪い。
「おはようございます。お嬢様」
メイがにこやかに挨拶してくる。
朝はノックなしに入っても良いと、メイには許可を出していた。
私の目が覚めたタイミングでカーテンを開けてくれる。
笑顔のメイと、晴れやかな空を見ていると…昨夜の出来事がまるでウソだったみたい。
少し暗くなっていた気持ちが明るくなった気がした。
朝からお風呂に入り、メイが身体を丁寧に洗ってくれる。
湯船に浮かべたバラの花びらがとてもいい香り。
昨夜なにがあったのか…暗殺者の事は、メイは知らないはずだ。
それでも何かを察しているのか、いつも以上に私を労ってくれている気がした。
「ありがとう。メイ…」
「とんでもございません!当たり前の事ですよ」
2人で顔を合わせ、ふふっと笑い合った。
その時。突然部屋の方からカイザの叫び声が聞こえた。
「リディア!!どこだ!?
リディアーー!?」
!?
どうやら私を探しているらしい。
昨日の今日だから、心配して来てくれたのかな?
それはとてもありがたいのだけど…
バタンバタン、色々な扉を開けている音がする。
時々バキ!と何かが壊れた音まで聞こえてくる。
力の強いカイザが、勢いあまって扉などを壊してしまったに違いない。
え。なんなのあいつ。殴ってきていいかな。
「カ、カイザ様ですよね…?」
「そうみたいね」
メイは今私の腕をマッサージしているところだった。
濡れないように、服を少しまくり上げていてとても男性の前に出られる姿ではない。
真っ裸で湯船に浸かっている私だって同じだ。
「リディア!?どこだ!?イクス!?」
私が入浴している間、イクスは食堂に行っているはずだ。
代わりの護衛が部屋の外にいるはずだが、きっとカイザの迫力が怖くて声をかけられないのだろう。
私とイクスが不在なので、余計に心配しているのかもしれない。
でもまさか…浴室のドアをいきなり開けたりはしないわよね…?
そこまで脳筋ではないわよね…?
ここにいる!と声を出して知らせればいいのだろうが、部屋でバタバタしているカイザにきちんと声が届くのか微妙だ。
下手に小さな声だけ聞こてしまったら、何事かとこのドアを開けられてしまうかもしれない。
静かにドアを見つめる私とメイ。
メイは念の為大きなタオルを持ち、私を隠そうとしてくれていた。その時…
ガチャ!
ドアノブに、手がかけられた音がした!
ウソでしょ!?
思わず身体を隠すと
「カイザ様!!ダメです!
リディア様が今入浴中です!」
ドアの向こう側でイクスが叫んでいるのが聞こえた。
もしかしたら、部屋の外にいた護衛が呼んできてくれたのかもしれない。
一瞬開けられそうになったドアが、またバタンと閉まった。
セーーーーフ!!!
「は?入浴?今、朝だぞ」
カイザが脳筋丸出しのバカ発言をしている。
朝だって風呂入ることもあるだろうが!!
アホか!!
イクスがなんとかカイザを部屋から出してくれたみたいなので、メイとほっと一息ついてまたお風呂タイムを楽しむ事にした。
お風呂から上がり、支度を整える。
今度はきちんとノックをされ、カイザの声がした。
「リディア。入るぞ」
ガチャ。
おい。
そこは「入るぞ」じゃなくて「入っていいか?」でしょ!?
返事聞く前に開けたら意味ないし!!バカ!!
まぁ…そこはこの際許してやろう。
でもさっきの事はしっかり注意しておかないと。
「カイザお兄様。
心配してくださるのは嬉しいですが、まさか浴室に勝手に入ってこようとするなんて…さすがにあり得ないですよ?」
私は顔面に聖母のような笑みを浮かべ、落ち着いたトーンの声で言ったはずなのだが…なぜかカイザは少し怯えた様子で小さく「ごめんなさい…」と言った。
あれ?
せっかく笑顔を作ったつもりだったのに…ドス黒いオーラが出ちゃってたかな?
でも悪気があった訳ではないし、私を心配しての事だったのだから…許すしかないけどね!
昨夜もカイザには助けられたし。
「まぁ、いいです。
次からは気をつけてくださいね?」
「わかった!
ところでお前…足の怪我はもういいのか?」
そういえば。少し痛みを感じるが、歩くのには特に問題はなさそうだ。
足の怪我も覚えていてくれたのか…。
「大丈夫です」
「そうか。なら、今日も王宮へ行くぞ」
はい?
本当にこの人は、会話の流れとかないのだろうか。
いつも直球ばかりだ。
それにしても王宮へ行くという事は…昨日の暗殺者の件でなにかわかったのかな?
それともルイード皇子の毒の検査が終わった?
聞きたいところだが、メイや他のメイドが同じ室内にいて朝食の準備をしているため聞く事はできない。
なぜか今日は自室で食べるようにとカイザに言われていた。
「準備ができたらイクス以外は部屋から出てくれ」
カイザの命令に従い、メイド達が部屋から出て行く。
朝食はちゃっかりカイザの分まで用意させている。
私は朝食を食べながら、昨日の暗殺者から得た情報を聞いた。
これ…食事中にする話じゃなくない?
それにしても、まさか暗殺者からいきなりレクイム公爵の名前が出るとは思わなかった。
かなり頭の良い公爵のはずだから、そんな失態はしないだろう、と。
それだけ私の暗殺は簡単だと舐められてたのね!
第2皇子の婚約者とはいえ、ほぼ会う事もなく大事にもされていない。
兄達、召使い達からも嫌われていた馬鹿でワガママな令嬢など簡単に殺せると。
まさか戦争の英雄にもなったカイザが身を挺して私を守るなんて、想像もしていなかったのね。
私ですら驚いたのだから当然か。
でも、それで良かった!舐めててくれて助かった!
レクイム公爵の名前が出た事はかなりナイスよ!
「相手は公爵家だ。
だが…俺は絶対に許さないし、どんな手を使ってもぶっ潰してやる!」
カイザが物騒な事を言ってきたが、私だって同じ意見だ。
小説を読んでた時から大嫌いだったレクイム公爵を、失脚させてやる!
小説より少し早いタイミングになっちゃうけど、これも人助けになるわ!
「私、今日も神様の声を聞いたの。
全部レクイム公爵の悪い話だった。
…カイザお兄様、詳しく調べてくれる?」
ニヤリと笑った私に、さらに悪役顔で意地の悪い笑みを見せてきたカイザ。
ふふ。私達、実はお似合い兄妹なのかもね。
私達の様子をずっと見ていたイクスは、小さい声で「そっくりだな…」と呟いていた。




