13 エリック目線
妹のリディアとは幼い頃は仲が良かった。
リディアは天使のように可愛く、一緒にいるだけで癒されていた。
ある年になると、コーディアス侯爵家の跡取りとしての厳しい躾が始まった。
現在父親は侯爵としての仕事を全て俺に放棄し、領地で遊び暮らしている。
早く俺に仕事を覚えさせるため、朝から晩まで勉強漬けの毎日だった。
他の貴族から舐められないためのポーカーフェイスや礼儀もしっかりと叩き込まれ、気づいた時にはほぼ笑う事もなく能面のような顔になっていた。
自分とは違い、自由に過ごしている弟や妹に対しても不満が募っていく。
その頃からリディアは濃い化粧を始め、だんだんと昔のような可愛さもなくなり性格も酷くなっていった。
そんな妹にも、自由奔放な弟にも、興味はなくなっていた。
いつものように謹慎をしているリディアの周りで違和感があった。
叫ぶような怒鳴り声も聞こえないし、なにか暴れているような音もしない。
めずらしく反省でもしているのだろうか。
たまたまリディアの部屋の前を歩いていると、メイド達が家具を運んでいるのが目に入った。
なにをしているんだ?
またなにか面倒な事でもしているんじゃないだろうな?
リディアの部屋の入り口に立ち、声をかけた。
「一体なにをしている?」
すぐに執事のアースがやって来て、部屋の模様替えをしているのだと言ってきた。
どうやら派手で趣味の悪い家具を取り替えているようだ。
「あの!エリックお兄様。
私がお願いしたのです」
声の聞こえる方を見て、一瞬身体が固まった気がした。
「お前……リディア……?」
そこに立っていたのは、昔の頃と同じく可愛い妹リディアの姿だった。
いや。正確には昔とは違う。
昔よりももっと美しくなっている。
懐かしいような、不思議な感覚が身体中に巡ってくる。
昔可愛がっていた、俺の妹……。
天使のような明るい妹リディア。
その姿からすぐに目を離せない。
だがふと気づくと、後ろの派手なバラ柄の壁紙が目に入ってきた。
美しいリディアとは合わない。
なんだこの部屋は。
俺はアースに壁紙をすぐに替えるよう伝えてから部屋を出た。
それから何度か共に食事をするようになった。
会話はほぼなかったが、リディアと一緒にいるだけで心が安まるような不思議な気持ちにさせられる。
あんなに嫌悪を感じていたはずなのに……。
幼い頃のリディアがチラついては、とても嫌悪なんて感情は出てこない。
そんな時だった。
服を買いに行かせた日の夜、イクスが街であった事を報告してきた。
どうやらどこかの貴族風情がリディアに声をかけてきたらしい。
チッ
心の中で舌打ちをしてしまう。
なぜそれだけでこんなにもイライラしてしまうのか。
あれだけ美しいのだ。
声をかけられるのは当たり前ではないか。
「本日は服屋にしか行っておりませんので、それだけで済みましたが。
店から馬車までのほんの短い間ですら、リディアお嬢様が歩いている間は周りのみんなが注目しておられました。
少しでも長く街を歩いていたら、きっとすぐに男性に囲まれていた事でしょう」
イクスの目には心配と怒りのオーラが出ていた。
相手がただのガラの悪い平民であれば、イクスだけで対処ができるだろう。
だがもしも相手が高位貴族であれば……。
イクスが無理に止める事もできなくなる。
所詮は騎士。高位貴族に逆らう事は難しいのだ。
「……今後は街への外出は禁止とする。
必要な物があれば、屋敷に商団を呼ぶようにしろ」
「かしこまりました」
イクスはまるでその言葉を待っていたかのようだった。
この男も数日前まではリディアの事を嫌っていたはずだが……。
リディアが頭を強く打った日から、人が変わったかのようだ……という事だが、リディアが変わりこの男の中からも憎しみという感情が消えてきたのだろうか。
美しいリディアの前で憎しみという感情が消えた後は、一体どんな新しい感情が生まれるのか……。
エリックは考えるだけでまた気分が悪くなりそうだったので、深く考えないようにした。




