【書籍発売記念番外編】サラの大暴走! リディアの家にお泊まり編③
酔ったサラが小説や転生の話をしないよう、食事は私の部屋で2人きりで済ませ、お風呂もすばやく終わらせた。
メイド達は心配してたけど、私はサラが1人でもお風呂に入れるとわかってるので、なんとか強行突破して1人で入らせた。──もちろん今日は私も。
酔ってるからか、文句も言わず入ってくれたのはいいけど……。
「これ、あなたのパジャマなの〜? なかなか可愛いじゃない〜」
「……それはどうも」
サラは上機嫌でワンピースのスカート部分を広げ、部屋の真ん中でくるくる回っている。
全く酔いは覚めていないらしい。
なんでよ!? お風呂まで入ったら、少しは酔い覚めない!? ほんの少量のお酒でどうしてここまで酔っちゃうのよ……!
サラの酔いが覚めたなら、別の部屋を用意しようと思っていた。
しかし、このままでは予定通りサラと並んで寝なくてはならなそうだ。
はあ……仕方ないか。
サラってば時々小説の内容を話し出しちゃうし、部屋を追い出すわけにはいかないもの。もう、こうなったら早く寝てもらおう!
「サラ様。もう寝ましょう!」
2人きりなんだし、本当は酔っ払い相手に敬語はやめて普通に話したいところ。でも、サラがもし酔っていた時の記憶が残るタイプなら危険だ。
私はあくまでもリディアを演じ続けなくては。
「はい。枕も用意してもらったし、ここに寝ていいですよ」
新品の枕をポンポンと軽く叩きながらベッドに呼ぶと、サラがキョトンとした顔で問いかけてきた。
「え? 私はエリック様と一緒に寝るわ。今からエリック様のお部屋に行かなくちゃ」
「え……って、ちょっと待って!!」
私はベッドから飛び降りて、フラフラと部屋の扉に向かって歩きだしたサラの腕をつかんだ。
今日だけで一体何度この腕をつかんだことか。
「エリックお兄様の部屋で寝るなんてダメです!」
「どうして? 私達は婚約者なのよ?」
「まだ結婚してないからです!」
「あなた……やっぱり私とエリック様の邪魔をするのね。悪役令嬢のリディア……」
「!」
サラの言葉を聞いて、一瞬力が緩んでしまった。
確かに、今の私はエリックに近づこうとしてるサラの邪魔をしている状況……! まさに小説の中のリディアの行動そのものだ。
たたたたしかに!!! これ……これも虐めてることになったりなんか……しないわよね!?
処刑エンドの言葉が脳裏に浮かび、少し怯んでしまう。
大丈夫! 大丈夫!
まだ2人は結婚してないし、エリックもサラに恋してないはずだもの!
それより、今のサラを止めないと既成事実を作られて結婚を早められそうだわ! 絶対に阻止しないと!
「悪役令嬢だなんてひどいですわ、サラ様〜。ほら、今日はもう色々あって疲れましたし、もう寝ましょう? ね?」
「う……ん。そう……そうね。今夜はもう寝ましょうか……」
優しく穏やかに声をかけたおかげか、素直に応じてくれる。
サラは眠そうにまぶたをこすると、コロンと私のベッドに横になった。
よし! 酔ってるからか、すごく眠そう! このまま朝まで寝てもらいましょう!
部屋を暗くし、サラに毛布をかけてあげる。
横になってまだほんのわずかな時間。それでも静かな部屋の中で「スースー」と寝息が聞こえてきた。
はやっ!! 寝るのはやっ!!
でも……よかったぁぁーーーー。
自分の任務を終えたような気分で、ホッと一安心してしまう。ポテッと私もベッドに倒れ込んだ。
転生の話を誰にも聞かれることなく、サラのセクハラ被害もなく、無事にサラを寝かしつけられたわ〜! ああーー……疲れた……。
ドッとやってきた疲れと眠気。
隣から聞こえてくるサラの寝息が、眠気をどんどん誘ってくる。
気づけば私はそのまま眠ってしまっていた。
「……はっ!」
パチッと突然目が覚める。
何か物音がしたとか、誰かに蹴られたとかではない。なんとなく、悪い予感のようなものを無意識に感じたからだと思う。
……あれ。私、いつの間に寝ちゃって……ん!?
チラリと横で眠っているはずのサラを見る。
しかしそこには誰もいない。よく見ると、部屋の扉が少しだけ開いているのがわかった。
サラはどこ!? ま、まさか、エリックの部屋に行ったんじゃないわよね!? ややややばい!!!
あの2人に何かあっては、ドグラス子爵の件をどうにかしても結婚を止めることができなくなってしまう。
それはつまりサラの溺愛ハーレムの始まりであり、私も処刑エンドに近づいてしまう!
「サラ様!!」
私はベッドから飛び降りて、走ってエリックの部屋を目指す。
夜中ということもあり、屋敷の中は静まり返っていた。本当にサラはエリックの部屋に向かったのかしら──と不安と軽蔑の気持ちが押し寄せてくる。
お願い! そんなドン引き行動を起こしていませんように!
そんな願いも虚しく、エリックの部屋に入っていく人影を見てしまった。
茶色のふわふわな髪の女性。その後ろ姿を──。
ああっ! 本当にいた! でも、サラも今来たばかりみたい! よかった!
サラが部屋を出たのと、自分の目覚めはほんのわずかの差だったらしい。なんとか彼女を止められそうな事実にホッと安心しつつ、私は足を速めた。
急いで……でもできるだけ音を立てないように扉を開けると、忍び足でエリックの寝ているベッドに近づいているサラを発見した。
こわっ!! ストーカーみたいになってんじゃん!
「サラ様!」
「!」
小声でそう呼びかけ、サラの腕をガシッと両腕でつかまえる。
サラはまだ酔いが覚めきっていないのか、まだどこかトロンとした顔をしていた。
「何やってるんですか! 私の部屋に戻りますよ!」
「嫌よ! せっかく泊まれるんだもの。エリック様の隣で寝たいわ」
「ダメですって! ほら、戻りますよ……!」
「嫌だって……ば!!」
「!?」
サラは私を引き剥がそうと、力いっぱい腕を振り回してきた。
予想外の力に、思わずそのまま身体をふき飛ばされ──寝ているエリックの上に倒れ込んでしまう。
ぼふっ
「……う……」
「!!」
少し苦しそうなエリックの声が、耳のすぐ近くで聞こえる。
急いで起きあがろうとした時には、すでにエリックに二の腕のあたりをつかまれていた。
「……リディア?」
「あ、あ、あの……」
うっすらと目を開けた、色気ある麗しいエリックの顔が目の前にある。
ぎゃあああああ!!
何この寝起きの色気MAXイケメンはあああ!!
やば!! 神!! ……って、そんなこと考えてる場合じゃないっ! 今の状況、私が寝起きのエリックを襲った変態になってる!
「あの、あの、違うんです! 私は……」
「……怖い夢でも見たのか?」
そう優しく囁きながら、エリックは私の頭にぽん、と手を置いた。
エ、エ、エリック……寝ぼけてる!?
ベッドの上で軽く抱きしめられているような状態での、このセリフと優しい表情。
私の頭がパニックになりかけた時、サラが金切り声をあげた。
「エリック様のベッドに横になっていいのは私だけよーーっ!!」
「!?」
さすがにエリックもパチッと目が覚めたのか、上半身を起き上がらせて私とサラを交互に見た。
私はエリックの上に乗っているような状態だし、ベッドの脇にはサラが立っているし、きっと相当驚いたことでしょう……あまり顔には出てないけど。
「……リディア!? サラ嬢!? なんでここに……」
「あの、えっと……」
「すぐにエリック様から離れてぇーーっ」
「きゃっ!」
サラが私の背面の服を引っ張ったので、後ろに倒れそうになる。ベッドから引きずり下ろされるとは、まさにこんな状態なんだろう。すごい力で引っ張られているのがわかる。
落ちるっ!!
そう恐怖に襲われた瞬間、伸ばした私の手をエリックがつかんだ。
そしてサラ以上に強い力で引き寄せられ、今度は前のめりになってエリックの胸に倒れ込む。ビリッと服が少しだけ破れる音が聞こえたから、お互いすごい力だったんだろう。
どさっ! ゴツッ!
背後からは何やら危険な音が聞こえた。
どう考えても、サラが倒れて頭かどこかを打ったような音だ。
しーーーーん……
やばい。何も音がしなくなった。これ、サラ気絶してません?
恐る恐るサラの立っていた場所を見てみると、仰向けになって倒れているサラが目に入る。動いていないところを見る限り、やはり気絶しているようだ。
「……サラ様?」
声をかけてみたけど返事はない。
完全に意識を失っている。腹部がかすかに動いているので、ちゃんと呼吸しているのがわかってホッと胸を撫で下ろした。
よかった……このまま朝まで寝てほしいわ……。
「サラ嬢は大丈夫か?」
「はい。気絶しているだけみたいです」
「そうか。使用人を呼んで、リディアの部屋に運ばせよう」
夜這いをされかけたというのに、冷静に対応しているエリック。
そんな兄に呆れつつ、私は1つだけ訂正させてもらった。
「あ。私の部屋ではなく、どこか客室にお願いします。さすがにもう朝まで起きないと思いますので」
もう寝ちゃってるんだし、別の部屋で寝れるなら別の部屋がいい!
そんな私のいきなりのワガママにも、エリックは面倒臭そうな顔など一切せずにすぐ納得してくれた。
まぁ、ただ無表情なだけかもしれないけど。
「そうか。ではそう伝えておこう」
「はぁ……私ももう部屋に戻りますね」
「ああ。……あ、リディア」
ベッドから降りて歩き出した時、エリックに呼び止められた。
エリックはベッドの上で片足だけ立てて座っている。寝巻きのシャツは少しはだけていて、色気がすごい。
その破壊力満点の姿を直視できずに目を細めると、薄暗い部屋の中でエリックが冷笑を浮かべたのがわかった。
「今回は相手が俺だったから許すが──どんな理由があろうとも、リディアだけで夜中に男の部屋に入らないように。次からは必ず誰か他の使用人などを呼べ。わかったか?」
「……はい」
一応笑顔らしきものを浮かべ、優しく諭してくれているつもりらしいけど──恐ろしすぎる。
ゾッと背筋が凍りつく感覚に耐えながら、私もがんばって笑顔を作る。
「……では、失礼します」
バタン
廊下に出て扉を閉めた瞬間、思わず深いため息が出てしまった。
肉体的にも精神的にも、今日は体力を使いすぎた気がする。
はぁ……早く部屋に戻って寝よう。
それにしても、エリックやカイザ以外の部屋を夜中に訪ねることなんてないでしょ。全くエリックってば心配性なんだから。
頭の中で軽く反抗しながら、私はトボトボと歩き出した。
まさかその数週間後に、ホテルでルイード皇子の部屋を訪ねてしまうことになるとは知る由もなく──。
書籍発売記念番外編を、最後までお読みくださりありがとうございました。
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菜々




