118 あとは信じますからね?
「リクトール公爵が首謀者と知っていながら無罪にするなんて、あんたも役立た……巫女であるリディア様にもできないことがあるんですね〜」
役立たず……と言いかけて止めたわね。
私の後ろに立ってるライラの存在を思い出したのだと思うけど、先程の大泣きを見られているからもう遅いわ。
「ええ。私には何の力もないわ。
あなたがこのまま首謀者として断罪される事になっても、私には何もできないわね」
サラの顔色が真っ青に変わる。
「ちょっと待ってよ! 私じゃないって知ってるじゃない!」
「リクトール公爵が黒幕だということは知っていますが、元々サラも仲間だったのでしょう?
それなら同じ事じゃないかしら?」
「仲間じゃないわ!! リクトール公爵にも会ってないもの!!
私は彼らに裏切られた被害者よ!!」
一瞬で素のサラになるわね。
これ、本当に私がいないところではずっと気弱な令嬢を演じていたの?
ちょっと信じられないんだけど……。
「でもね、今あなたの発言を信じている人はいないわ。
言っている事に矛盾があるし、巫女である私の話とも食い違いがあるし。
このままでは本当に全ての黒幕として捕まってしまうわよ」
「…………!!」
「国の巫女を誘拐して、他国に売り飛ばそうとした。
この国に対しても裏切り行為になるし、その首謀者ともなれば相当罪は重いわよ」
サラは私を見つめたまま硬直し、そのあと力尽きたように椅子に座り込んだ。
どこを見ているのかわからない目は、一点を見つめて動かない。
きっと今、頭の中でグルグルと考え込んでいるのだろう。
「重罪……黒幕……まさか処刑……?
いえ、そんなはずない……私は主人公よ……?
こんな時はヒーローが助けに……でも婚約破棄……」
またブツブツ言い出したわ。
でも、かなり心が揺れてるみたい!! あと一押し!!
「サラが窃盗団と直接契約していないのは、リクトール公爵の発言があるから信じてあげるわ」
私の言葉を聞いて、サラの顔にぱぁっと希望の色が浮かんだ。
「……!! そうよ! 私は窃盗団とは会ってないわ!
そうみんなに証言してよ!!」
「いいわよ。でもその証言をするには条件があるわ。
あなたにもきちんと自分の罪を認めて欲しいの」
「私の……罪……?」
「そうよ。あなたが本当は私を消そうとしてたっていう罪よ。
今はこうして無事でいられているけど、もし……」
そう。もしジェイクが気づいてくれていなかったら。
みんなの助けが遅かったなら。
誘拐後すぐに船に乗せられていたなら。
私は今どうなっていたのか……考えるだけで恐ろしいわ。
きっと他国の巫女として、人目につかないようにずっと監禁されていたはず。
誰にも発見されることなく一生を檻の中で過ごしていたかもしれない。
私は震えそうになる自分の拳を、ギュッと握った。
その様子を見て、サラが複雑そうな顔をしている。
「あなたがウソを吐くことなく全て正直に話してくれるなら、私もあなたにかけられている誤解を解くのに協力するわ」
これは作戦でもなく私の本心よ。
サラの事は簡単には許せないけど、だからって処刑されてほしいなんて思っていない。
自分のやったことの責任くらいは、ちゃんとケジメをつけて欲しい。
「……そんなことしたら、エリック様との結婚が絶望的になるじゃない」
「……そこはもうすでに絶望的よ」
「……カイザ様やイクス卿との結婚の可能性もなくなるわ」
「……そこもすでに可能性はないわ」
イクスはサラのこと好きだったけど、今回の作戦を提案したのはイクスだから……もう好きではないのかもしれないし。
もしかしたらイクスは可能性あるかもなんて、言わない方がいいわよね。
サラはふざけているのか本気なのか、真面目な顔で話している。
サラの事だからおそらく本気で言ってるのだろう。
頭の中の花畑が枯れることはなさそうだ。
「……実は、大神官も誘拐には無関係だと言い張っているわ。
大神官の名前は契約書にはないし、彼が関係していると主張してるのはサラだけなの。
でもあなたの供述には矛盾点があるからあまり信用されてないわ」
「…………」
「あなたが嘘偽りのない証言をしてくれれば、あなたの発言には信憑性が出るの。
お願いだから、本当のことを全部話して欲しい」
「…………」
サラの顔は険しいままだ。
でも本気で考えてくれてるという事はわかる。
私の気持ちが少しでも伝わっていて欲しい。
私は静かに立ち上がった。
これ以上話すことはない。あとはサラを信じるしかない。
「……あなたの良心が少しでも反省してくれてると信じているわ」
それだけを言って、ライラと一緒に部屋を出た。
扉が閉じる瞬間、ずっと俯いていたサラが顔を上げて私を見たのを、目の端で感じた。
「…………ふぅ」
「リディア様! 大丈夫でしたか!?」
イクスがすぐにかけ寄って来てくれたが、私は口の前に人差し指を立てて「シーーッ」と囁いた。
まだサラの部屋の目の前だ。
話すのは、もっと部屋から離れてからの方がいい。
しばらく歩いたところで、私はイクスに言った。
「本性を出させて話す事には、わりと簡単に成功したわ。
でも今度の裁判でサラが本当の事を話すかどうかは……わからないわ」
「そうですか……。
ライラ、サラ令嬢の様子はどうだったんだ?」
「あのお姿が本性なのですか? ……凄かったですよ。
言っている内容も意味不明ですし、コロコロと態度が変わるし、突然大泣きされるし……かなり不安定な方でした」
ライラの言葉を聞いて、イクスが苦々しい顔をした。
通常業務に戻ってもらうためライラとはその場で別れ、イクスと2人で部屋へと戻る。
あっ! そういえば、一応あれ確認しておこうかしら!
「イクス。エリックお兄様とサラが婚約解消したら、イクスは今でもサラと結婚する気はあるの?」
「……今でも? いつ俺がサラ令嬢と結婚する気があったのか記憶にないですが、過去も現在も未来もサラ令嬢と結婚する気なんてないですよ」
別に隠さなくてもいいのに!
前に聞いた時は俺のものにするとか言ってたじゃない!
まぁ、さすがに気持ちは冷めたって事かしら。
ここまで小説の内容とは変わってきているんだもの……イクスの恋が冷めたって不思議じゃないわよね。
「……イクスも大人になったのね」
初めての恋が終わったことに対するお疲れ! 的な意味で言ったのだが、イクスが少し驚いたような顔をした。
「お、大人!?
……というか、なんでそんなに目をキラキラさせているんですか?」
「え? そう?」
そんな目を輝かせてた? 私?
イクスのサラへの気持ちが冷めたことが嬉しい……のかな?
「俺はまだまだ子どもですよ。
……それとも、リディア様が俺を大人にしてくれるんですか?」
イクスが少しだけ顔を近づけてきた。
首をかしげるようにしてジッと見つめてくる。
端正な顔の底知れぬ威力に、思わず一歩後ずさってしまった。
「ど、どういう意味?」
「……それは俺の方が聞きたいんですけど」
急に冷めた顔になったイクスは、パッと離れてまたスタスタ歩き出した。
短髪なので、赤くなっている耳が丸見えだ。
なんだか少し気まずい雰囲気のまま、私達は部屋へと向かった。