107 危険な作戦
イクスと2人きりが少し気まずくなり、私は先程の契約書の話を切り出した。
何か真面目な話をしていないと、耳元に残ったイクスの囁きを思い出してしまいそうだから。
「……という訳で、今ある証拠は全てサラと窃盗団のみが犯人であるという証拠ばかりなの。
このままだと、リクトール公爵や大神官を裁く事ができないわ」
「なるほど。リクトール公爵は、想像以上に用意周到な人物なのですね」
「でも、ジェイクは持ってるのよね?
リクトール公爵がかかわっていたという証拠!
それさえあれば、逃げきれないわ!」
嬉しそうに言う私を見て、イクスが少し困った顔をした。
「……あの。実は、ジェイクの情報は証拠にはならないんです」
「えっ!?」
証拠にならない!?
リクトール公爵が私を誘拐するという情報を持っていたジェイク。
そのおかげで今回助かったというのに、それが証拠にならないってどういう事!?
「どうして証拠にならないの!?」
「ジェイクが持っている証拠は、ハッキリと名前が書かれた契約書とか取引の紙とかではないんです。
リクトール公爵の行動を監視して得た情報……つまり、証言のみなんです」
「証言……」
「証言だけであれば、もちろんリクトール公爵は否定するでしょう。
事実無根だ、とね。
あとは公爵と平民のどちらの証言を信じるか……という話になるわけです」
イクスの目にかすかな怒りの色が灯る。
ジェイクが「リクトール公爵が誘拐を企てていました!窃盗団と会ってました!」と証言しても、リクトール公爵が「そんな事はしていない」と言えば、公爵の意見が優先される……ってこと?
その時、リクトール公爵が言っていた事を思い出した。
『公爵家の裁判では16歳以下の子どもの意見は通らない』
それと同じなのね。
平民というだけで、最初から信じてもらえないなんて……。
「それじゃ……リクトール公爵を断罪する証拠がないってことじゃない。
このまま無罪放免なんて、許せない!」
せっかくルイード皇子の機転で、公爵を王宮まで連れて来ることに成功したのに!
このままじゃ調書を書き終えたら帰ってしまうわ!
あーーーーもうっ!!
どうすればいいの!?
頭をかかえて悩んでいると、同じように何か考えこんでいたイクスが口を開いた。
「リクトール公爵を無罪にさせない方法……あるかもしれないです」
「えっ!?」
リクトール公爵を無罪にさせない方法!?
何よ!そんなのあるなら早く言ってよ……って、何で難しい顔をしてるの?
なにか危険な内容なの!?
イクスは顔に冷や汗をかいていて、何か大きな決断を迫られているかのような表情をしている。
その無罪にさせない方法というのは、かなり厳しい事なのだろうか。
「な、何でそんな顔してるの?危険な内容なの?」
「はい……。俺とリディア様にとってはかなり危険な手段です。
特に俺は……命に関わるかもしれない……」
「そんな……!!」
私とイクスに危険な手段ってなに!?
命に関わるほど危険なら、やめておいた方がいいんじゃ……。
でも、一応内容だけは聞いてみよう。
決断するのは、それからよね!!
私の少しの犠牲でリクトール公爵が捕まるなら……。
険しい顔をしたまま悩んでいるイクスに、私は問いかけた。
「……その、危険な手段とはなんなの?」
「巫女の誘拐の件ではなく、闇市場の件で捕まえるのです」
…………ん?
「ご存知の通り、闇市場は違法です。
リクトール公爵が闇市場の運営側だという事を証明できれば、捕らえる事ができます。
巫女の誘拐の証拠を探すよりも、闇市場についての証拠を見つける方が簡単だと思うんです!
必ず取引などに使用した書類などが……」
「ちょ、ちょっと待って!!!
それ、すごくいい考えなんだけど……それのどこが命の危険なの?」
私がふと感じた疑問をぶつけると、イクスがピタリと話すのをやめて私を見つめた。
どこか切なげな表情だ。
な、何!?
そしてフッと流すように目をそらし、ボソッと呟いた。
「ルイード皇子もカイザ様も、闇市場についてはまだ何も知らない状態です。
ドグラス子爵の密輸の件も、エリック様にしか話していませんので」
「…………」
「この件を話すと言うことは…………俺達が夜中にこっそり闇市場へ行った事を、2人に話さなくてはいけないということなんです!!」
「…………!!!」
そ、そうかぁぁぁーーーー!!!
闇市場でリクトール公爵を見た!と報告したら、同時に自分達も闇市場に行ったという暴露になるんだわっ!!
「闇市場に行った理由としては、ドグラス子爵の密輸の件を確かめる為に行ったのだと言えばいいんです。
ただ……問題は……」
「カイザお兄様と……ルイード様ね……」
「はい……」
闇市場に行かなきゃいけなかった理由があったとしても、そんなの関係ない。
私が内緒で闇市場に行ったことが問題なのよ!
夜中に部屋を抜け出して、闇市場に行ったことが知られたら……。
ゾッ
烈火の如く怒るカイザと、笑顔のまま青筋立てて怒るルイード皇子の姿が浮かんだ。
…………うん。なるほど。それはたしかに危険だわ。
黙っていたイクスの立場も危ういわね。
怒り狂ったカイザに何されるかわからないわ。
……だから命の危険……ね。
「……でもすぐになんとかしないと、リクトール公爵は家に帰ってしまうわよね?」
「……そうですね」
「……そうしたら、残ってるかもしれない数少ない証拠とかも全部処分されちゃうわよね?」
「……そうですね」
「……じゃあなんとしてもリクトール公爵を帰らせるわけにはいかないのよね?」
「……そうですね」
「……そのためには、何か別の嫌疑をかけなきゃいけないのよね?」
「……そうですね」
「……となると、もうその方法しかないわよね?」
「……そうですね」
「……やるしかないわよね?」
「……そうですね」
私とイクスは真剣な表情で見つめ合った。
気分は戦場へ向かう兵士のようだ。
カイザと皇子に闇市場へ行った事を報告するのは怖いけど仕方ない!!
どっちにしろエリックにはバレてるんだし!
それに、実際こうして無事でいる訳だし!?
闇市場に行って怪我とかもしてないし!
大丈夫!大丈夫!そんなに怒られないはず!!
……大丈夫……よね?




