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105 J目線〜騎士くんとJ君はオトモダチ〜


「ただいま〜」



数日ぶりに帰ってきた自分の店。

オープン前の静かな店内では、マリが1人で開店準備をしていた。



「あら。おかえりなさい。お疲れのようね」


「そりゃあグリモールは遠いからね!

馬車に乗り続けて身体がボロボロさ!」



腰を押さえてわざとらしくヨボヨボ歩くと、マリがクスクス笑いながら水を出してくれた。



「それで?巫女様は無事に救出できたの?」


「ああ。兄や騎士達に助けられたのを見届けてから帰ってきたよ」


「そう。良かったわね」



マリは僕のために、鍋に入ったスープを温め直している。

本当に気の利いた女だ。



「ところで、キミに1つ聞きたい事があるんだけど」


「あら。何かしら?」



何?と聞いているにもかかわらず、マリはすでに何を聞かれるのかわかっている。

ニコリと微笑むその顔は、子どもをからかう母親のようだ。



「マーデルの正体がリクトール公爵だと、何故黙っていたんだい?」


「……」


「屋敷の周りにいた騎士達の話を聞いて驚いたよ。

まさか彼が公爵家の人間だったなんてね!

…………キミはもちろん知っていたんだろう?」



マリはニコニコ笑いながら僕の話を聞いている。

正直、何を考えているのかさっぱりわからない。

女心は難しいというが、マリの心を読める男なんていないんじゃないか?



「おもしろそうだったからよ」


「おもしろそう……だって?」



意外な答えに一瞬ギョッとした後、はははっと笑い出してしまった。



「なるほどね!女の気まぐれってやつかい?

でもさぁ、もちろんこの分の穴埋めは用意されているんだろうね?」


「穴埋め?」



マリはわざとらしくとぼけたフリをして、僕の目の前に温まったスープを出した。

マリの作るオニオンと卵のスープは絶品だ。

それを口にしながら、僕は話を続ける。



「僕が今まで集めていた証拠は、何の意味ももたなくなってしまった。

相手が公爵となれば、僕みたいな平民の主張なんて裁判では無視されるだけさ。

そうだろ?」


「そうね」


「キミはそれを知っていて、僕に言わなかった。

相手が公爵と知っていたなら、別の切り口で他の証拠や情報を集めなくちゃいけなかったというのに」


「……」


「でもキミは悪ふざけはしても、本気で僕の足を引っ張ったりなんかしない。

こんなギリギリまで黙っていたという事は、実はもう用意してあるんじゃないのかい?

公爵家が相手でもなんとかなる……そんな情報が」



口を閉じたまま微笑んでいたマリの肩が、プルプルと震え出す。

そして我慢の限界がきたかのように豪快に笑い出した。



「あはははっ!ピンポーーン!!大正解っ!

Jのそのやられた〜って顔が見たかったのよ〜」


「はぁ……。まったくいい趣味してるよね。

その為だけに、公爵の情報を1人で集めたワケ?」


「そうよ〜!

普段余裕な顔してるJを、少しでも焦らせてみたいじゃない?」



女って本当に謎すぎるなぁ……。

そんなの見て何が楽しいんだか……。



マリに呆れながらも残りのスープを飲んでいると、突然店の扉が開いた音がした。

まだ開店時間ではないはずだが。


扉の方に振り返ると、そこには見知った人物が立っていた。



「騎士くん!!」


「はぁ……はぁ……。やっぱりここにいたか」



リディの護衛騎士であるイクス卿だ。


随分と疲れている様子で、ヨロヨロと歩きながらカウンターに座っている僕の隣に来た。

マリが水とスープを差し出している。



「どうぞ」


「あ……ありがとうございます」



騎士くんは水を一気に飲み干した。

空のコップをコン!とカウンターに置くと、憎しみのこもった目でジロッと睨まれた。



「なんっっで勝手に帰ってるんだ!?お前は一応情報提供者だろ!?

来い!!すぐに王宮へ行くぞ!!」



グイッと腕を掴まれたので、慌ててそれを振りほどく。



「ちょ、ちょっと待って待って!!

何で王宮に行かなきゃいけないのさ!」


「お前はリクトール公爵がリディア様の誘拐を企てたのを知っていた。

何か証拠を持っているんだろ!?それを出せ!」


「無理だよ!

僕が出したところで、証拠品として扱ってはもらえないよ」


「は?何でだよ」


「僕が平民だからさ!

貴族……しかも公爵家の裁判では、平民の主張なんて何の証拠にもならないのは知ってるだろう?」


「……!」



騎士くんは何かを思い出したかのように、ハッとした。


公爵家の関わる裁判の場合、貴族であっても16歳以下の子どもの意見は通らない。

それくらい厳しいのだから、平民の意見が通るわけがない。



マリの持っている情報によっては、何か突破口になるかもしれないけど……僕はまだそれを確認していないし、今は黙っているか。



「まぁまぁ。とりあえず、スープを飲みなよ。

キミ、ほぼ飲まず食わずで移動して来たんだろ?

顔が疲れきってるよ!」



立っていた騎士くんを、僕の隣に座らせた。

お腹をすかせている同士、食べながら話そうじゃないか。



「……証拠についてはまた後で考える。

とりあえず、お前が知っている情報は教えて欲しい。

王宮で調書を取らせてくれ」


「さっきから王宮王宮言ってるけどさ、僕は平民だよ?

そんな簡単に王宮へは行けないんですけど……」



スープを飲みながら会話している僕らを、カウンター越しにマリがニコニコしながら見守っている。



「それについては問題ない。

ルイード皇子の許可をいただいているからな」


「皇子の許可だって!?

僕の存在を知っているってことかい!?」


「ああ。リディア様と俺の友人という事になっている。

頼むよJ君」


「ぶふぉっ!!」



騎士くんからのJ君呼びに、思わずスープを吐き出してしまった。

腕にはもれなく鳥肌がバッチリと立っている。



「きったねーな!!何やってんだよJ君!」


「……そのJ君呼びやめてくれないかな?」


「あ?クソ兎呼びに文句言ってただろ?

ちゃんと丁寧に呼んでやってんじゃねーか」


「クソ兎のがまだマシだよ……」



カウンターの奥でマリが爆笑していた。

こんなに笑っている姿は初めて見たかもしれない。


ひとしきり笑った後、マリが大きな封筒を差し出してきた。

まだ肩が少し震えている。



「ふふ…ふっ……こ、これ……例のやつよ……ふふふ……」



マリは僕の困った顔を見るのがツボらしい。

楽しいならなによりだが、少し複雑でもある。


とりあえず笑いの止まらないマリは放っておいて、渡された封筒の中身を確認することにした。



「…………!!」


「ふふっ……その情報なら、平民だろうと関係ないでしょ?」


「ああ。ありがとう」



たしかにこの情報なら、平民でも問題ないかもしれない。

王宮側の人間が僕のことを信用してくれればの話だけど。



僕とマリのやり取りを見ていた騎士くんが、期待を込めた目で訴えてくる。



「……それはリクトール公爵を潰せる証拠か?」


「これだけじゃまだ証拠にはならないけど、なんとかなるかもしれないよ」



騎士くんが安心したようにホッと一息ついた。


どうやらリクトール公爵を追いつめられるだけの証拠を、王宮側は持ってはいないらしい。

王宮に呼ぶほど僕の証言を求めているなんて、状況はかなり厳しいのだろう。



まぁ僕としても、ここでリクトール公爵に逃げられては意味がない。

確実に捕まえてもらわないとね!

リディのためにも、もう一肌脱ぐとしますか!



「仕方ないから王宮へ出向きますか〜」


「俺のトモダチJ君としてな」


「……だからJ君はやめて」



腕にプツプツできた鳥肌をさすりながら、僕達は立ち上がった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白くて毎回コメントせずにいられません…w あんなに大根だったのにJ君呼びが早くも板につき始めてるw いつもJ君の方が口達者なのにあのイクスにやられっぱなしなのは新鮮で面白いです(^▽^)…
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